ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 【Veronica】 *参照3000突破、有難うございます! ( No.336 )
日時: 2011/12/10 12:07
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: WI4WGDJb)
参照: 一年経ちました。有難うございます^^

* * *

 ————遺体は無いとの話だった。そして正確には"死んでいない"とのこと。いつものように、二人遊びに出ていたらしいが、突然ウェロニカの背後が爆発。そのまま死んだと思ったそうだが、突如現れた謎の"オジサン"が彼女を生き返らせ、そのまま連れ去ったと言うのがフリッグが語った、彼のみた現実だそうだ。
 一転してフリッグやウェロニカの面倒を見ていたスノウィンの面子は揃って「ウェロニカは雪崩に遭って行方不明、フリッグはそのショックで記憶が曖昧になっている」等と謳っていた。その姿は異様で、ウェスにとって信ずるに値しなかった。きっと、面倒事に巻き込まれたくないからそんな適当な事を言っているのだろう。確かに、フリッグの話は非現実的過ぎて、ウェスも最初は村人の言い分を飲み込んだ。十三歳の子供が作った幻想に————大好きで大切な幼馴染みを失った現実を否定する非現実要素としか考えられない。それでもウェスウィウスが彼の言い分を信じたのは、やはり村人達の不可解過ぎる言動からだった。

 幼い頃から住んでいるので、比較的スノウィンは詳しい。更に、母と隠れるように住んでいたので、村人よりも詳しかった。雪崩が起こりうるような場所は無い。何せ、帝国との国境にあるのだ。生憎国境は平坦な場所に在る。子供が遊びに行くとしても、きっと少し郊外になったところの遺跡だろう。そう考えると、村人の言い分は信じがたい。仮に雪崩があったとしても、ネージュの情報網からすぐにわかる。雪国でそう言った事象が多く、よく犠牲も出るのでその辺りは他国よりしっかりとしているのだ。

 それでもまだフリッグの言葉は夢にしか思えないのも事実。だが、村人にウェロニカの遺体を回収する意図は見えない。だからといって、彼女が拐われる理由が解る筈でも無いのだが。取り合えず、唐突すぎて混乱しているのは事実だった。————兎に角突然だが、仕事を休んで一時帰郷せねば。フリッグに会わなければ。

『おにいちゃん』と耳の奥で彼女の声がこだました。

 途端に後悔が更に込み上げてきた。最早呼吸も困難になる程に肉体も事態の理解に追い付いていない。嘔吐しそうになるのを飲み込んだ。すると脳裏がすっと軽くなって、妹の笑顔が映った。また吐き気がくる。一旦帰郷しなくてはいけないから、上司に連絡を取らねばならないと電話に手を伸ばした。震える指で番号に触れていく。青ざめた顔のまま、相手が出るのを待った。幸いにも然程間が無いうちに回線が繋がった。「はい?」と若いエイルの洒落声。

が、言葉が出なかった。口は忙しく開口と閉口を交互に繰り返して労働しているにも関わらず————なのだ。
「どうしたの」
とエイルが声を曇らせた。だが少し落ち着け、と促しているようにも聞こえた。ウェスウィウスは二、三度深呼吸をした。先程よりはまだ楽になれた。
「か、ぞく……が亡くなりまして」
それでも、まだまだこの一言が精一杯だ。事前に家族構成について話していたためか、エイルにはどの人間が亡くなったかある程度分かったようで、
「妹さんか弟さん?」
と恐る恐る訊いてきた。妹です、と低いトーンで答える。職についてまだ一日程度というのに早速休みます、と付け足すと、エイルは私もついていくわと答えた。
「だって、心配だもの」
とつい昨日は脆くなっていた姿を忘れるくらいに気丈な言葉を放つ。今のウェスウィウスでは、どうにも一人ではいられないくらいに自分が保てなくなっていたので、頼みます。と返していた。

 それからすぐにエイルに会い、明日の予定を立てた。即急に決めたので、上司らには殆ど詳しくは伝えられなかった。
 翌日、二人は足早に朝一でネージュへ、スノウィンへと向かったのだった。




 * * *



 葬儀は実に簡素で、遺体の入っていない空の棺桶を前に皆が静かに黙とうする程度だった。村長が軽く何かしら言葉を述べただけで、その他は特に何も無かった。こんなにあっさりとしたものなのだろうか、とぼんやりとウェスウィウスは耽る。嘗ての、両親の葬儀時には何かしらあった筈だった。あの時は、葬儀に参列した者たちがこそこそと喋りこんでいたりした。それに比べて周囲は怖いくらいにひそひそとした話し声もせず、しんとした静寂を保っている。誰かの嗚咽も聞こえる事無かった。こんな調子で、思っていたよりも早く葬儀が済んだのだ。不幸か幸いか、分からなかったが兎に角早く終わったのだった。

 何故か喪主を務めていたのか、子供であるフリッグは一人淡々と葬儀をこなし終えていた。久しぶりに会った義理の弟は意外にも涙を見せていなかった。事情も実に端的に、無感情に説明終えている。同行していたエイルに対しても特に訊くことなど無く、名前を訊ねるだけと言う非常にドライな態度を取っていた。しかし、それも何処か自分を支える為に纏っている鎧にすぎない事を、ウェスウィウスは感じ取っていた。こういうときのフリッグは、下手に優しく接してはいけない。だからと言ってほったらかしにするのも駄目だ。適度に関係を取ることが良い。崩れやすいのを、ウェスはよく知っているのだから。


「非常にドライな弟さんね」
エイルは妙に背筋を伸ばしているフリッグの背中を見ながらウェスに言った。彼は苦笑ながら返す。
「そうしないと持たないみたいで」
「義理の兄弟でも、どこか似るんじゃなくて?」
「俺も似てる所あるのは、否定できないなあ」
いつの間にか二人で話しに盛り上がっているのに気付く。無意識にお互いを許し合っているような感じがした。焦って二人とも、妙にそそっかしくなる。エイルが話を振った。

「妹さんが亡くなったのに、泣きはしないの?」
その質問にウェスは眉を顰めた。確かに哀しいことに変わりは無いはずなのだ。だが、何故か涙は出なかった。——フリッグの言ったことを信じれば、ウェロニカは何処かにいると言うことなのだ。だが、それはウェスウィウスにしか話されていない事であり、恐らく家族だけの秘密になる。この秘密が成り立ったと同時に何処かへ連れさらわれたウェロニカはひそかに二人の手で助け出さねばならないと言う使命が二人に現れたのだ。それはきっと他人を巻き込むことが出来ない。なのでエイルにも「良くわからない死因で死んだ」としか告げていなかった。死んでいないのだろうと言うことが信じられるからこそ、涙は出ないみたいだ。両親の様にあからさまな死を見ていないせいもあるのだろう。
「哀しいけれど……なんだろう、何だか涙が枯れているみたいなんだ」
そうウェスウィウスは曖昧な返事をした。しかし、エイルは鋭い。彼の予想だにして居なかった言葉を切りだしたのだ。



「謎の゛オジサン゛という存在に連れさらわれたから————でしょう?」



「ッ——!!?」
彼女の切りだしにウェスウィウスは驚愕を隠せなかった。もしかしたらエイルが何処かでウェスウィウスとフリッグの会話をきいていたのかもしれない。だが、周囲に気を配っていた為にその可能性は低い——と考えるとエイルは何か知っているのかもしれない。その推測は同時に彼女に対する疑いを生み出した。動揺の所為で、ウェスは仄めかしつつ窺うという動作をすっかり忘れ、即刻に本題を訊くようになっていた。
「ウェルの……ウェロニカについて何か知っているのか!?」
半ば興奮状態のウェスウィウスを落ちつかせるようにエイルは「しぃ」と呼吸の様な声を立てながら立てた人差し指を口の前に持ってきた。そして彼に囁くような声で語りかける。
「——詳しくは国に戻ってから。まずは弟さんをどうするか、考えて頂戴。連れて帰るなら連れて帰るし、貴方が此処に居残るなら残る。それだけ決めて。そして帝国に戻ってくるなら、そう答えて。——真相は、帝国に戻ってからじゃないと告げられない」
「どうして」
ウェスは少し張り上がった声で訊ね返す。

「落ちついて」今度は彼の唇に指を当て、エイルは顔を急接近させた。「落ちつけないのは分かる、でも落ちついて。——ここじゃ聞かれては困る会話なの」
これ以上は聞けそうにない。そしてエイルに従うほか無いと分かったウェスウィウスは渋々頷いた。そして、歩き去っていくフリッグの背中を追うように、彼も歩き始めた。エイルはその場に居残ったままだ。

 これからフリッグについてどうにか決めなくてはならない。只一人、家族として残ったウェスウィウスが彼を引きとるのに違いない————そうフリッグとウェスウィウスは思っていた筈だった……。



* * *



「では、フリッグは村長バティストゥータの援助を受けながらスノウィンの村民で育ててゆくということにし————」

スノウィンの尊重であるバティストゥータは通った声で声明を発表していた。この件に関して当事者も彼の家族であるウェスウィウスは全く知らないままだった。何時決められたのかも分からないその件は、突如二人に突き付けられた。勿論これに二人とも反対した。まずウェスウィウスが反論する。
「村長、ハッキリ言って彼には俺と言う家族がまだ残ってます!俺は正直、フリッグを帝国に連れて行って一緒に暮らそうと思っています。その方が彼の為である、と」

その言い分にフリッグもわずかながらに頷いていた。彼の肩でとぐろを巻く竜も、小さくうなずいているようだった。だがバティストゥータは威圧感のある声で言う。
「貴様の様な為り損ないの忌子になどは任せられん。ウェロニカが死んだのも貴様と言う存在が居たからだ。——これ以上スノウィンの村民を減らすようなモノをここには要らん。貴様は即刻帝国に戻り、二度と戻ってくるな」
「そんちょ……!」
流石の言葉にフリッグも怒りをあらわにしていた。バティストゥータに向かって反論しようとしたが、近くにいた村民に阻まれる。
「フリッグ、いい。ウェスウィウスがウェロニカを殺したのだから」
「お前の様な良い子は死んではいけないよ。だからウェスウィウスとは離れなさい」
村人が口ぐちに言い、フリッグとウェスウィウスを離していく。遂に村人に囲まれ、お互い姿を視合うことが出来なくなったところで、バティストゥータがウェスの後頭部に銃口を当てた。彼が頬を釣り上げて嘲笑する。

「お前もここで死んでおいた方がよかろう」

 ウェスウィウスは両手を上げた。そして小さな声で言う。
「出て、もう、戻りませんよ」
それが聞けて嬉しいのか、バティストゥータや他の村民はにこやかな笑顔を浮かべていた。その言葉は勿論フリッグの耳にも入っていた。彼は裏切られたような顔つきで、ウェスウィウスの顔をじっと見た。言ったことは嘘だと、その言葉だけを求めているような小動物の眼をしていた。ウェスウィウスは心の中で彼に謝る。ここで殺されて、更なる悲劇をフリッグに味わいさせたくない。このままこの場を切り抜けて、フリッグを帝国に連れ帰るのも手であるが今の状態では出来そうにない。——少しの時間を空けて、警戒が解けた時にフリッグを帝国まで呼び寄せよう。そう決めた。そしてそれを目でフリッグに伝えた。幸い、そう言うことを察知するのに長けていたフリッグはウェスの思惑を全て理解してくれた。その証拠に、彼はこくりと頷く。

「フリッグの事、頼みます」
ウェスウィウスはそう言ってくるりと背中を向けた。「ついでに、仕送りぐらいはしますから。一応出稼ぎですし」と付け足す。
 村民たちはまるで奪われないようにするくらいフリッグを大事に囲っていた。去ってゆくウェスウィウスの背中を睨みつけながら。

「これでマーリンをこの場に置ける」
最後に漏らしたバティストゥータの呟きを、ウェスウィウスは決して逃さなかった。


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