ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 【Veronica】 *参照3000突破、有難うございます! ( No.337 )
- 日時: 2011/12/28 17:24
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: ikU9JQfk)
- 参照: 久しぶりの更新で申し訳ないです
* * *
「やっぱり排他的なものなのねえ、スノウィンって言うのは」
帰路の途中、隣のエイルが呆れた顔で呟いた。独り言のように見えて、何気なくウェスウィウスに投げかけていた言葉だったのだが、ウェスウィウスは何も返さなかった。無言で帝国首都の煉瓦道を歩んでいた。
帰り道の中でも、エイルは一度もスノウィンでウェスウィウスに言いかけた話を一度もしていなかった。此方から切り出すのも妙に遣り辛いので、ひたすらに彼女が切り出してくるもを待つだけだった。
ニーチェの評議員宿舎へ行き、フレイに帰ってきたと直接報告をしてから自分の宿へ帰ろうと思うと足が自然と早くなる。いつの間にか青年は早足になっており、エイルの先を歩いていた。焦った後方の彼女が、足並みをそろえようと早足になる。
「早く帰ったと連絡した方が良いものよね」
女は作り笑いで言った。ウェスが「ああ」と小さくうなずく。
「それにしても、アレぐらいの年頃の子供を見ると、実家の方を思い出すのよね」
ふと、空を見上げたエイルが小さく言葉を漏らした。
「弟でも居るのか?」
とウェスウィウスが咄嗟に訊ねる。すると彼女は、問いかけを思っていなかったようで、顔に焦燥を滲ませた。
「ええ。多分フリッグ君と同じくらいかな」エイルは指折り何かを数える仕草を始めた。「ええと、うん。今年で十三歳?ヴィーダルっていう小生意気な子と、もう一人一歳上の病弱なヘニールっていうお嬢さんの二人……かなあ」
「実家って言ったら、王家の方だろ」
「まーね…」女は紫水晶の瞳を曇らせる。「面識のある下の子供はそれくらい、上の人も二人くらいしか知らない」
遠くで聞いた話では、確かアースガルズ王家は後継ぎを大量に作っておかなければならなかった筈だった。兎に角家柄を気にせずに子をもうけろということなのだろうか——いや、そんなはずはないだろう。何せ隣の女は母親の地位によって継承権を認められていない。
そんなことを思いながら、エイルを見た。彼女が異常なくらい、孤独に見えた。雪国だったら、吹雪に掻き消されてしまいそうなくらい、脆弱に見えたのだ。都会の風に一吹きされれば、塵となって消えてしまいそう——そう見えたウェスウィウスは思わず彼女の手を取り、きつく握った。冷たい女の手の感触が、自身の掌に滲んだ。
急なことに驚いたエイルは紫の眼を見開いていた。唐突すぎる出来事に彼女の頬が鴾色の紅潮していく。
「バッ……!」
顔を真っ赤にしたエイルがウェスウィウスの手を振り払った。刹那に離れた手だったが、また直ぐ秒単位で繋がれる。今度は離れないように、きつく握っていた。
「な、に…急に」
「良いから」握った手を重心に、ウェスウィウスの顔がエイルの顔に急接近する。「黙ってこのままで居てくれ」
消えそうな彼女の姿が、小さい頃の自分の姿と同化し、ウェロニカの笑顔が重なって脳裏で弾けた。このまま離せば、彼女はきっとどこかに消えてしまう気がしたのだ。その感情が先走って、自然と彼女を強く抱きしめていた。
「ウェ…………」
彼の名前を呼ぼうとしたエイルだったが、唐突に止めた。そして彼女も彼の体躯に触れ、抱きしめる。今迄に感じた事の無い感情が心の底にあった。彼の事を考えると、胸のあたりが痛い。甘い毒の様に、神経を痺れさせる。それはエイルに限ったことでも無かった。ウェスも同じだったのだ。
夕日に映った二人の影が、大きく重なった。
* * *
耳元で呼び出し音が響く。長い騒音の後に、これで五度目の「ただいま電話に出ることができません」の言葉。いい加減嫌になった青年は受話器を投げ捨てた。しかし、流石に其処まで八つ当たりするのも大人げないと思ったので、仕方なく受話器を拾い、元あった場所に置き戻す。後ろの寝台の上で寝転がっていたエイルの方を向いて、眉を顰めた。
「駄目だ。あの変態野郎出そうにない」
「まあ、どうせ何処かの女とにゃんにゃんしてるんでしょ」
女性は布団から這い出ながら、呆れたように言い捨てた。
気付けば朝、結局あの後エイルをそのまま"お持ち帰り"した自分が、ウェスウィウスは妙に情けなく思えた。
「あら、女と一晩明かすって言うのがそんなに珍しいものに思えるわけ?」
微妙な表情のウェスをからかうように、エイルが悪戯に言った。
「そりゃあー、もう保健体育とかクリアしてるからどういうこととかはよくわかるけどな、なんていうか、まあ……微妙なもんなんだよ、色々と。恋人なら分かる——的な」
「それは私の様な人間は恋人にしたくないっていう意味?」
眉間に皺を深く刻んだエイルが力任せにウェスウィウスの脛に蹴りを入れる。痛いと端的に叫んでから、その打撃を受けた場所を抑えながら
「違えーよ!段階っていう物があるだろうって言いたかったんだよ!」
とがなった。
「言っておくけど、私の方が年上なんだからね」
「分かってるっつの」
疲れた表情の青年は、はいはいと言うようにその場だけの返事を作って言葉として吐きだした。
何だかんだ言って、彼女とは関係を深めていいのか分からないと言うのが今のウェスウィウスの正直な感想だ。
何処かひかれるものがあって、彼女に引き寄せられるように接していった。が、それで良いのか分からない。ウェロニカの件、彼女は何かしら隠しているように見えるからだ。——好きかと訊かれれば、好きなのかもしれない。いや、正直に好意を抱いている。もうこの段階では、彼女に他の男が寄ってくるだけでも虫唾が走るくらいになっていたのだ。同時に、下手なことを訊いて彼女から嫌われるかもしれないと言うことに不安を覚えていた。それで彼女から、あの時にごもった言葉を訊けずにいる。
「何だか何か訊きたそうな顔してる」
まるでそんなウェスの心を読んだかのように、エイルが不敵な笑みで彼に言葉を投げた。——ハッとする。自分が無意識に考えを表情に出していたのかもしれない、と。
「フレイが居て、一緒に教えた方が良いかもしれないけど面倒だからここで直接言うことにする」と、淡々と言葉を紡ぎ、彼女はウェスウィウスの双眸を離さないように見つめた。
「今、世界の見えないところで大変なことが起きかけているそうなのよ。——その計画に必要だったのが、ウェスの妹のウェロニカ」
「はあ?」
唐突の言葉に、ウェスウィウスは喧嘩腰で返していた。しかし女はそれに動じず、話を続ける。
「コッチだって詳しい話は知らない。兎に角、世界征服めいた事を考えている輩——"オジサン"っていうのが、貴方の妹を必要としてたのよ」
「何でだよ!」
怒鳴った彼に思い切り不快な表情をして静かにエイルは吐き捨てる。
「知らないっつってんじゃん」
訳のわからない話にウェスはついていけていない。混乱に陥らせたことに、罪の意識を感じたエイルは仕方なく彼を宥めるように言った。
「貴方を軍に入れたのも、その背景があったんでしょうね。
だとしても、見捨てる事は無い————妹さんの件は、私個人でも、軍でもどうにかしようって思っているから」
だが、そんな言葉で慰められるくらいにウェスウィウスは従順では無いのだ。頭の中で不満が募るが、言葉には出なかった。少なくともエイルは嘘を言っているように見えないのだから。
——怨むなら、世界なのだ。憎むなら、この残酷な世界なのだ————。
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