ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 【Veronica】 *参照3000突破、有難うございます! ( No.339 )
日時: 2012/01/05 18:05
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: ikU9JQfk)
参照: 貯めていた分を一気に更新(おい)

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「劫焔者レーヴァテイン————"裏切りにみてる枝"、"傷つける魔の杖"、"害なす魔の杖"、"害をなす魔法の杖"と何れも不吉な名前を冠する業火の双杖……ロキ様の作った神器……」

赤々と燃ゆる双杖を構える【愚者】を見詰めながら、シギュンは譫言の様に言葉を放っていた。十二神将【愚者】のロキが、手にした二本一対の杖をくるくると廻す。すると、回転に従って火花が飛び散った。十字に組まれた杖は、蝋色の本体から火を放つ。熱風が、メリッサらに降り掛かった。
「『降り掛かる火の粉は払う』ってかあ?」
クラウドは掛かる火の粉を、眼前に腕を出して防ぐ。熱気はスノウィンの冷気で冷めることなく、逆に冷気さえも暖め始めてきている。
「やらなきゃ、でしょ」メリッサは目を細め、ノルネンを握る。「レーバなんちゃらとか、レバーなんちゃらとか言ってっけど、関係無いし」
「そう、だな」
クラウドも氷狐を握り直す。二人、ロキを睨み付け立っているので、フォルセティも少し遅れて書物を開き、少しだけ怖じ気付いた状態で二人に並んだ。
「俺の氷狐で凍らせてやる……!」
クラウドの蒼い眼光がギラリと光を放ち、十二神将を睨み付ける。

 直後、何故かその闘志に燃えていた(と思われる)クラウドにポチが噛み付いた。
「いてぇ!」
瞬間的な叫びを挙げたクラウドだが、ポチは全く無視している。そのまま、噛み付いた場所から離れない。クラウドは噛み付かれた肘を左右に激しく振り、振り落とそうとしたがポチは離れない。彼女の血の赤の眼光が、クラウドを捉えた。
『貴様らは阿呆か!』
「喋った !?」
耳孔内部に響いたポチのしゃがれた声に、三人同時に声を上げる。ポチの声など、今まで聞いたことなど無かったので、非常に驚いていた。
『脳に直接語り掛けてるだけだ』
ポチは涼しげな顔で宙を旋回している。絶対音感を持つフリッグなら、彼女の声など聞くも容易いのだが、普通の人間である彼等には通常のポチの声など届かない。今は彼女が故意に、三人の頭へ直接声を放っているので聞こえているのだ。
「流石、リヴァイアサンやアジ・ダハカという竜族の頂点に立つ竜と並ぶだけあるな」
会話を始めた三人(と一匹)ににやけた顔を向けながらロキはへらへらしていた。

 元は人間の女性であるポチことティアマットであるが、その力は一般の竜を凌駕する。他に古来から強力な竜として上げられる、水竜リヴァイアサンやアジ・ダハカ、アナンタと並ぶほどだ。ロキに賞賛されたポチは鼻で笑った。
『当たり前だ』しゃがれた女声が言葉を続ける。『だが、貴様ごときに誉められても嬉しくはないな』
「そりゃあ、ドーモ」
ロキは悔しいのか、少しだけ皮肉った喋り方で返した。メリッサは呆れながら彼等を交互に指す。
「まった、仲良く話すし……」
「旧友と言いますか、旧知の仲と言いますか……————仕方無いでしょう」
フォルセティも強張っていたのが解けたのか、落ち着いた様子でメリッサの独り言に相槌を打った。我ながら律儀だと思いながら。


 少し和んだ場の空気にハッと気が付いたロキは、急に焦燥に駆られた顔になり、殺気を纏わせた。その戻った威圧感にメリッサは押され、無意識に半歩下がる。ポチは平然と、メリッサに言った。
『レーヴァテインはかなり強い。氷狐などでは敵わないし、今の小娘のノルネンでも勝てん』
その言葉に、メリッサとクラウドは動揺。喧嘩腰で声を上げた。対照的に、フォルセティは涼しい顔をしている。年長者に比べ、名前が上がらなかったのは優等生な気がしたのだ。
そもそも氷狐は氷雪系の神器であろう?業火を纏う劫焔者レーヴァテインに勝てるでも思ったか?』
冷静沈着な老女の言葉に、青年は沈黙。
『小娘のは全神器の中でも強力なものに属する運命聖杖ノルネンだが、現時点では力が出し切れておらん』
続けてメリッサも沈黙。言い返す皮肉が見つからなかった。フォルセティは、恐る恐る自分を指差してみた。幸い今のところ、唯一ポチから厳しい指摘を受けていない。その中には、僅かに自分に対する自信があった。
『貴様は————』
ポチはまじまじと少年を見た。フォルセティはつい、背筋を伸ばす。何を言われても動揺しないようにと心に決めながら。
『分からんな……』
ポチの呟きに、期待外れで転びかけた。まあ、厳しい言葉を避けれたので、良しとする。誉められなかったのは少し残念だったが。

 そんな話し込む彼等の間に突如火柱が立った。眉睫に現れたその火柱を、目を見開いて少年は立ち尽くしていた。唐突すぎて、意識が追い付かないのだ。メリッサがひょい、と少年を担ぐ。そのまま俊敏な動きで退いた。
「ノルネン!」
少女の喉が反り、甲高く黄色い声が轟く。金の錫杖が光を籠めた。メリッサの唇が斜めに傾く。

「<スクルド>ォオッッ!!」
怒号に限り無く近い声と同時にロキの周囲に光の柱が立ち並んだ。それが秒速でロキを覆い尽くし、パンと軽音を立てて爆ぜた。よっし!とメリッサは小さくガッツポーズ。
『馬鹿、まだだ!』
察知した竜がメリッサに告げるよりも早く、【愚者】の指に光る環から一柱の柱が建ち、メリッサを貫いた。幸い脇腹に少々血が滲む程度で済んだが、顔は痛みで歪んでいる。
「おーおーおー」飄々とした声を鳴らし、ロキがポチを横目で見詰めた。「高貴なる竜サマが人間なんかと馴れ合って良いもんなんかねェ」
『元は人間の異端な存在だ』ポチは掃き捨てた。『他と一緒にするな』
「リヴァイアサンだったかは何年も前に人間の男との間に子供を産んで殺されたってハナシがあんだ。————竜も変わりつつあるねぇ」
『ふむ、それは初耳だ』
相変わらずに変に他愛ない会話にはなを咲かせる一人と一匹である。ロキの言葉にポチは少し笑顔を見せた。

————脳裏に羽の無い蛇のような白竜の姿が映る。透き通るような莱姆緑ライムグリーンの鋭い眼光を持ち、白銀の鱗に身を包んだ海に棲む海竜リヴァイアサン————ポチことティアマットには正直なところ、あまり親しくした記憶はないが、その少ない馴れ合いから感じとることには、彼女は自分よりも人間には厳しい奴だと言うことだった。眼前の奴が言うように、人間に敵意を燃やしていた筈の"彼女"でさえもそうならば、やはり竜の対人間関係が緩和されつつあるのだろう。何故か何処か嬉しくあった。


 再び放たれた火柱を軽やかな足取りでクラウドが避ける。刀が水晶の煌めきを魅せたが、一瞬で業火に融解される。彼の眉が微動した。やはり、自然の理には勝れない————どう足掻いても氷は炎に溶かされるのだ。
「そーゆー心構え的なのは良いねえ!」
背後から発された不吉な声と同時にクラウドの体が前方に跳ね飛ぶ。着地できず、体は暫く床の上を滑った。クラウド!とメリッサが悲鳴をあげる。

 フォルセティもじっとはしていられない。天命の書版を開き、仄かな光を宿らせながらじっとロキを窺った。
「貴方の相手は私が」
途端、冷徹な女性が耳に入る。——シギュンが金糸を顔につけながら、青白い唇に笑みを浮かべていた。
「そう言えば、居ましたね。まだ、一人」
少年の顔が青くなる。冷や汗が止まらない。絶対零度のシギュンの冷徹な声が彼の耳に入っていっていた。
「あの、二種族混血児の男が亡くなったことに対して、何か怒りでも?」
「————当たり前です!」
威圧と恐怖に圧倒され、臓器が収縮したような感覚で苦しみを感じているフォルセティは声を捻りだし、怒鳴るように叫んだ。「他人事のように感じてなんかいない」と続けて出したかったが、其処までは続かなかった。
その様子を見ていたのか、「威勢が宜しい様で」と遠くでロキが嘲った。そんな【愚者】をサイドから現れたメリッサがノルネンで殴りにかかる。打撃は彼の脇腹に上手く当たったのだが、不思議と男は微動だにもしなかった。まるで聳える岩山の様にずっしりとその場に居るのだ。不思議に思った彼女を思考が走るよりも早くにロキが指環から出現させた石柱で吹き飛ばす。飛んだ彼女の服をクラウドが乱暴に掴み、無理矢理停止させた。一部始終をロキは口笛を吹いて優雅に眺めていた。


「そういやあ、よお」
男の口が卑しく斜めに吊り上がる。
「昔のど偉ーくて、強くて頭の良い某大魔導師が言ってたねえ」
彼が哂ったと同時に、閃光。眩しい光に三人は目を閉じた。その光に覚えのあったティアマットが急いでロキ目掛けて飛翔する。————が、遅かったようだ。

 地面に巨大魔法陣が展開する。その陣を、一瞬だけ目を開いたフォルセティが捉えていた。同時に彼は頭の中にある記憶に、その魔法陣の見覚えがあったことに気付く。その魔法陣が繰り出す魔法を思い出したと同時に、体が石の様に硬くなった。身動きができなくなり、更に意識が遠のく。まるで突然電源を切った電化製品の様に、三人は動かなくなった。不幸中の幸いか、まだ意識の残っていた竜が血の瞳で男女を睨みながら低く唸る。
『————禁呪"好ましく無い者(ペルソナ・ノン・グラータ)"だ、と……!?
そんなもの、使用する人間などフリッグ以外に覚えは無いぞ!』
「バアサン、お前は考えが間にあって無い。なにせ、アンタが知っている歴史より、今は断然進んだ先にあるんだぜ?」
そうロキは身を翻す。そのまま前進、この場を去ろうとしていた。その後に忠実な女性が続く。背中を向けながら、【愚者】はつづけた。
「"好ましく無い者(ペルソナ・ノン・グラータ)"なんてふさわしい台詞だと思わねえ?
使用者が排除すべき人間だと思った奴らを一瞬でこの場から"退場"させられるんだから————つまり、あんた等はこの雪国という舞台では"好ましく無い者"ってことさ」

 そのまま歩いて行く彼らの後をポチは追うことが出来なかった。羽が徐々に石化していき、数秒足らずで全身が石と化したのだ。そのまま静かに墜落する。数体の石像だけが残された静かな空間で、最後にこだましたのはやはり【愚者】ロキの独り言だった。



「————"Qu'est-ce que c'est que moi(私とは何か)?"ってな」







<Oz.19:tragedy-哀しきさゞめごと③ もう送れぬ愛情表現- -Fin.->