ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 【Veronica】 *人気投票中。参加頼みます!! ( No.351 )
日時: 2012/01/15 16:59
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: ikU9JQfk)
参照: 投票して下さった方、有難うございます!!



* * *


 実の両親は、無実で捕らえられて死にました。

 義理の両親は、迫害によって死にました。


 これ以上、何を失うの?

 ならいっそ、独りになったほうがいい。

 私という存在が、人を殺すのなら。



* * *




「目は、醒めた?」

静寂が広がる坑内で、眼前の翡翠の少年は微笑しながら優しく訊ねた。いつの間にか寝ていたらしい。ハッとしたユールヒェンは、ぎこちなく頷く。
「寒いと思うよ」と彼は不器用に上着を彼女の白い両肩にかける。薄手の布だったが、まだ無いよりはマシだった。
「何で構ったの」
ユールヒェンは目をぎらつかせながら重く声を鳴らした。フリッグは深い溜め息を吐く。
「分からない」
体が勝手に動いたんだろうね、と彼は付け足した。苦笑するフリッグが不思議である。彼は地面に寝転がった。大の字に仰向けになりながら、少年は笑い声を立てる。
「周りの影響は凄いんだよ」
そんな彼の行動を、ユールヒェンは冷やかに目した。絶対零度の言葉を吐く。
「偽善者ね」

 その皮肉な言葉を耳に捉えた彼はぴょん、と跳ね起きた。不思議に、彼は笑顔だった。
「真か偽なんて、誰も分からないじゃないか」
フリッグの声に、少女はそっぽを向いた。途端、身体中を何かが徘回るようなおぞましい感触に襲われる。雪原での出来事が脳裏を駆けた。刹那の恐怖感が嘔吐感を催す。気色が悪い。それを断とうと、また皮肉を吐いた。
「随分調子が良いね」
「かくいうユールヒェンは気分が悪そうだけど」
「別に」彼女は冷たく言い放つ。「キミこそ、私なんていう死神に構ったことで気分が悪いんじゃないの」
まるでこだまのように、フリッグからは「別に」と返ってきた。

 会話が成り立ちそうに無かった。静かだった。その静寂が怖い。こんなことをしている暇があるならば、とっととザグレヴとアグラムを殺しに行きたい。どうせまた来るだろうから、その前に殺してしまえば良い。嗜虐な思想が蔓延はびこる。

 ユールヒェンが起き上がって、坑内を突き進む。
「キミは自分が何者なのか考えたことがないでしょ?」
その言葉にフリッグは眉をひそめる。最近だが、異様なくらい自身の正体に恐怖を感じているのだから。失せた記憶が蘇ったときに自分が自分では無くなるのでは無いかと不安で仕方ない。
「自分が何者か気付いた時のことを考える時ほど感じる恐怖は無いよ」フリッグは冷ややかに吐き捨てた。「アンタに言われたくない」
「私だって、キミに言われたくない!」突然ユールヒェンが怒鳴り声を立てた。「何がわかるの!?」
彼女は突き進む。乱暴に、突き進む。フリッグは焦って彼女の後を追った。白い儚い背中を。




* * *



 間も無くして抜け出た雪原の吹雪を浴びながら少女は灰空を仰いだ。年中晴れ間の無い、万年吹雪の吹き付ける大地だった。晴れ間の見えない世界は少女の吹き荒んだ心を具現化したぐらいに、相応の環境であった。

 ……まだ吐き気がする。気分が悪い。

 そう言えば手ぶらだと言うことに気付いた。手元には何もない。ついつい置いてきてしまったらしい。だからと言って、また戻る訳にもいかない。フリッグに会いたくなかった。

「————ッツう!?」

突然口元が何か巨大なものに覆われ、体が固定された。琥珀の目で不安に確認する。自分を捕える男はザグレヴ、隣にはアグラムの姿があった。
「一人か」
ザグレヴが笑う。卑しい笑みにぞぞ髪立った。声が出ない。彼等はフリッグが居ないと確信したと同時に、彼女の華奢な体を蹴り上げた。呻き声を出したユールヒェンの体が飛ぶ。
「武器が無ければ何も出来ないナァ」
イヒヒとザグレヴが笑った。その体が突如吹き飛ぶ。ユールヒェンの少し先に落ちた。焦るアグラムの目に少年が映る。フリッグに間違い無かった。

「何で来たのッ!?」

ユールヒェンが叫ぶ。そして続けた。
「私に構わないでよ!」
「関係無いよ」
彼は言い放った。同時にザグレヴの口元が歪む。一瞬吹雪が止んだ。晴れ間が周囲を照らす。見えたのは少年少女を取り囲む様に現れた多くの傭兵。大体がラピス種だった。

「賞金がかかってんだァ!殺せぇ!!」

アグラムが狂ったように鳴いた。それを合図に、一斉に傭兵がフリッグとユールヒェンに飛びかかった。少年は露になっている耳に手を当て、目を瞑る。途端に彼を中心に衝撃波、一気に一掃。ユールヒェンは目をぱちくりさせている。

 銃声。フリッグの右肩に穴が空いた。狙撃銃を構えた女が樹の影にいる。フリッグが手を向けた。壁が生まれ、女を弾く。血を流しながら彼はユールヒェンを守るように彼女の前に立った。
「血がッッ」
そう小さく声を上げてユールヒェンはフリッグの肩に手を当てた。そこが淡い緑に光る。回復呪文<アィエル>を唱えると彼の傷が塞がった。フリッグは礼を軽くして、また手を伸ばした。衝撃波が飛ぶ。

「キミは……?」
あんぐりとした少女が呟く。フリッグは攻撃を続けながら言い放った。
「僕だって、自分が何者か知らない。
古代に実在した大魔導師本人だって言われたって、記憶が無いから分からないし、
記憶が戻った時に僕が僕でいられるのか不安で怖いよ」
彼は背中を向けていた。鉄の弾が少年に降り注ぐ。それを衝撃波の膜づ防ぐが、幾つか貫通して彼に当たった。呻きながら、少年はユールヒェンを護るように走り、攻撃を放つ。
「自分が何者かなんて知らないし、知りたくもない!」
ユールヒェンがフリッグの背中を見つめる。少年は足を止め、ユールヒェンを護るように両手を広げて立ちはだかる。


「殺せえええええ」
と裏声のザグレヴの声。一斉射撃が雨のように降った。フリッグは口元を綻ばせ、ユールヒェンの方を振り向く。背中から無称光————……。

「だから、自分で作るんだよ!
自分自身ってヤツを!!」

 ユールヒェンの目から一筋の涙。
 フリッグは一斉に降り注いだ銃弾全てを、ドームの様に覆わせた<音>の壁で防いでいた。しかし、消耗が激しく、彼はその場でドサリと倒れる。ユールヒェンが駆け寄った。アグラムが嘲笑する。
「盾も消えたか」
「盾じゃない」
少女が、白い死神が鋭い琥珀の光を飛ばしながらゆっくりと立ち上がる。体が小刻みに震えていた。
「彼は盾じゃない!!」
ユールヒェンが叫んだ。圧倒され、一同は無意識に一歩退がる。やんでいた吹雪がまた吹き始めた。激しく吹き付ける氷雪の中に少女が立っている。目を閉じながら、フリッグは弱々しく言葉を紡ぐ。
「駄目だ、……キミは……」
「良い」彼女は言い切る。「今度は私が」




中々啼かせるじゃないか』




突如、若い女の声が不自然にこだました。外部からではなく、耳の中から響くのだ、全員に。
「まさかポ————」
フリッグは目を開いて起き上がった。同時に天から何かが降り立つ。銀白色の短い髪——しかしサイドのもみ上げは胸まで長い——に莱姆緑ライムグリーンの鋭い目、白い肌に黒い衣服の女性の姿が現れる。左頬には竜をあしらった刺青——竜紋——が刻まれている。見たことは無いが、何処か懐かしさを感じる女だ。

「——はっ。
その姿、ザマ無いな、フリッグ=サ・ガ=マーリンよ」

今度は外部からの声で言う。すらりとした長身に振袖、全体的にスッキリした雰囲気の女性は不敵な笑みをフリッグに向ける。——分からない。誰だか全く記憶にないが、あの名前で呼ぶと言うことはマーリンを知っていることに先ず間違いは無い。
「誰だかわからねえけど殺っちまえ!!」
一人が言う。バラバラに、女目掛けて射撃する。女は右手を前に出した。彼女に近付いた弾丸は速度を失い、ぱらぱらと雪に落ちる。

 続いて女は手を真上に上げた。片手それぞれ淡い光が灯る。
「ティアマットには世話になっていたな」
女がにやりと口を歪める。そして、両手を真上に交差させた。目映い光が射し込む。彼女を中心に発光した。頭上から無数の白い羽が降り注ぐ。光が形を変えていく。————巨大な十字架のような白光が閃爍いていた。唖然とする傭兵らの真上から光の矢が降った。それらは彼等を貫き、倒していく。
「神器<貫穿雷かんせんらいブリューナク>——!?」ユールヒェンが、自分の記憶にあった単語を言う。ブリューナクは銀の指環型の神器で必ず命中する光の矢を放つが、一回の数は五本と少ない。昔見た文献が正しければこれは違う。じゃあ——……?

 彼女の脳裏を不吉な二字熟語が過った。いや、まさかと首を振る。しかし、眼前のこの光景——まるで裁きを下す雷の様に降り注ぐ無数の矢——は……
「〜〜じゃないっ、
神聖系呪文最高峰にして禁呪の<聖なる審判ホーリエスト・ジャッジメント>、だ!」
ユールヒェンの声と同時に爆発が起きた。フリッグ、ユールヒェン共に腕で顔を守る。閃光が焼き付くように強い。目映く光が発される。
「っうう!」
フリッグが呻く。徐々に吹雪の形が見えてきた。景色がはっきりする。女は背中を向けていた。何もかも消え去った地面に悠然と立っている。
「自己紹介が遅れたな。私は————」
白髪美女が振り向く。頬の竜紋が光った。




「四大竜王の一角、リヴァイアサンだ」





<Oz.20:Canossa-薄倖の少女、憂鬱の日々- -Fin->