ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Veronica ( No.49 )
- 日時: 2010/12/13 22:07
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 7Qg9ad9R)
- 参照: Veronica,Where are you now?
* * *
瓦礫の中で、僅かに息があった。
突然、眼の前の暗闇に一筋の光が差し込んだ。
『あれ?まだ生きていたんですか』
優しげな翡翠の瞳を向けた青年が、そっと銀髪のカーネリア種の少年の頬を撫でた。後ろで一本の三つ編みにまとめられた長髪を揺らし、少年と目線を同じにした。男の頬には乾いた赤黒い液体とまだ乾いていない液体とがこびり付いている。
『———キミは、如何(どう)されたいですか?』
少年の小さな体を瓦礫の中から取り出して、背負う。そしてすぐ後ろの光景を見せつけた。
———!!!
風景が赤々と燃えている。破壊(こわ)された建物、人形のように倒れこむ人々———少年にとってそれは地獄絵図以外なんでもなかった。
『永雪戦争———ですっけ?此処の人たちは、捨て駒みたいですね』
にこやかに微笑んでいたが、少年にはその顔は恐怖だった。青年の笑顔は笑顔では無い。概念として間違っている。全くの別物である。
『お兄さん、誰……?』
少年の問いかけに、青年はふっと笑った。暖色の髪———橙色混じりの金髪———と顔は焔(ほのお)に照らされ、紅くなっている。
『僕———?訊く必要なんて無いですよ』
通りすがりのジェイド種、と青年は付け足す。優しい表情、優しい声色の青年だったが、狂気の様な何かを纏っているようだった。
『ネージュのスノウィンと一番近いんですよね、此処(ココ)。だから、エターナルの方で、住民全員が戦闘員として、スノウィン勢と激しい戦いをしている』
———母さんは、『お前は此処にいなさい』って言って、僕を地下室に一人残していった。
少年は、母子家庭であった。父親はほかに女を作って家族を捨てた非常な奴である。自分さえよければ、それでいいのだ。
『君は、お母さんやみんなと一緒に逝きたいですか?』
青年が突然少年に問いかけた。
『いき………たい?』
何だかよくわからなかった。母さんが如何したのだろうか———。
『たまに考えるんです。
みんなで一緒に死んだ方が苦しいのか、
それとも、唯(ただ)一人残されて生きる方が苦しいのか』
ふっ、と優しく笑いかけた青年は少年の小さな体躯をそっと降ろしてやった。降ろされた少年は周囲を見回し、ハッとした。———誰一人として生きているものが見当たらない。自分とこの眼の前の男を除いては。
『君に教えてあげましょう』
ぞくり、と背筋が寒くなるような青年の声が少年に向けられた。
『この村は、帝国の———世界の地図から消えました』
少年を見下ろしながら笑いを浮かべる青年の唇が紡いだ言葉が、少年の胸に突き刺さった。それは鋭利な刃物のように。
『——————僕が、消しました』
文末にハートマークが付いているような言い方だった。
『お前っ———!』
少年の顔が、瞳が、憎しみに蝕まれてゆく。———侵食汚染。少年の躰全体が激しい憎悪で染まりあがった。何も考えず、無我夢中に男に向かって走り、拳で殴りつけようとするが軽々と男は避けてしまう。蹴り上げようとしても、何をしても全て避けられる。相手には、ドッジボールで球を避けているという遊びと何ら変わり無いのだろう。
『君は、殺しません。唯一人、残っていた方が——————苦痛は大きいでしょうし』
小さな躰を持ちあげ、地面にたたきつけて言い放った。そして、男はそのまま振り向かずに歩いて行き———消え去った。
『——————あい………ッつ……!!!』
掌がちょうどついている地面の土を爪で掻き、握りしめる。堕ちた躰をゆっくりと起こし上げた。
男の姿形、声は決して忘れない。
少年は、怒り狂う獣のように、子供が出すはずもない叫び声をあげた。
その咆哮は、燃え盛る火をも掻き消し、悲しく響き渡っていた———。
* * *
刹那的な記憶がジェームズの中に蘇った。ヘッドフォンを外した、フリッグの姿を見た瞬間に。その姿は、忘れもしない———あの男にそっくりだったのだ。
———やはり、同一人物か。我輩の忘れもしない、あの男と。
ジェームズには、全て同じに見えたのだ。通りすがりのジェイド種と名乗った男と。
フリッグの耳が、膨大な音を捉え始めた。これで、一撃必殺である"鎮魂歌<Requiem>"が放てればこの男を倒すことが出来る。———そう思った矢先だった。
人々の叫び声が、金属の刃物の突き刺さる音が、壊される音が、燃え盛る焔の音が!全てフリッグの頭の中に入りこんだ。周囲には、ジェームズと自分しかいない。燃え盛るような物も、何もない———。その膨大な、意味不明な音に頭が割れる感覚に襲われた。
———何だ!?
「頭が割れる痛い苦しい何だこの感覚は覚えなどない意味不明だ消え去れ蝕むな僕を侵食していくな———ッ!!!!!」
単語だけが、単語だけが彼の口から溢れ出た。悶え苦しみ始め、彼の躰は立つ状態を保てなくなり、倒れこんだ。その光景にジェームズは唖然としている。
フリッグの脳内に、一人の男の姿が再生された。自分と似た姿の、だが大人の男だ。長い金髪を後ろで三つ編みにしてまとめ、ローブの様なものを纏った緑の眼の男———見覚えなどない。
頭に流れ込む、膨大な物についていけず意識が飛びそうになった。
そんなフリッグを冷徹に見下した男が、彼を殺すべくとナイフを持ち、少年に歩み寄った。
「何が起死回生だ」
先程の自身はどうしたのだ、と吐き捨てた唾(つば)と共に少年にかけてやった。
「"起死回生"とは、死んでいたものを甦らせることだ。貴様が言うべきだったのは、"形勢逆転"だろう。違うか?」
フリッグの意識は完全に消えていた。それを知ってか知らずか、ジェームズは語りかけている。
「まあ、戯言も此処までにしよう———死ね」
男の言葉と同時に、ナイフが真っ直ぐ下に振り下ろされた!が、胸がナイフに刺さるギリギリのところで、何かにナイフが吹き飛ばされた。
「これでいいのか、メリッサ?」
大剣を振った男がすぐ後ろの少女に訊ねかけた。少女———メリッサはこくりと頷く。
「倒すべく、はこのジェームズって奴だけど……」
フリッグの姿を確認し、彼のもとへ走っていき躰を持ちあげたメリッサはノルネンをジェームズに振った。ジェームズは避けるために一歩退いた。
「また貴様らか!」
怒りと殺意を込め、怒鳴ったジェームズだったがその声は猛々しい鳴き声に掻き消された。
ポチである。
獣とは違う、雄叫びのような咆哮でそこら中の大気を激しく揺さぶりながら現れた竜は、フリッグを抱えたメリッサとレイスを背中に乗せた。そのままジェームズを吹き飛ばし、天高く飛び去った———!
仰(の)け反ったジェームズは、空に消える巨大な影に舌打ちをした。そのまま、影は空の青に溶けていった。
* * *
「ソイツがもう一人の連れか?」
フリッグの額を撫でていたメリッサにレイスが訊く。メリッサはうん、と言って頷いた。
「巻き込んじゃったなぁ、コイツ———」
空を見上げ、自嘲染みた笑みを浮かべて少女は言った。その様子を、レイスはじっと見ている。
突然、ポチが大きく唸った。まるでそれを合図のように、ポチは背中に乗せた三人ごと墜落していく。
「何だ!?」
レイスはポチの右翼に大きな風穴が開けられていることに気付いた。そして、近くに同じ巨大な竜を見つける。額にトランプが刺さってることから、ジェームズが操っているものだ。
「ま、まずくないか、コレっ!」
フリッグの躰を抱きしめ、レイスとメリッサはポチの躰にしがみ付いた。
緑の巨体は、森の中へと堕ちて行った。枝の折れる音が鳴り響く。ドスン、という大きな音が周囲に轟いた。
* * *
「——————あれ?」
足首までの長い白髪をした、背の低い少女が何かを発見したようで、そこまでパタパタと走る。
三人ほどの人間と、小さな緑の竜が地面に横たわって居た。周囲には倒れた巨木や折れた枝が散乱している。
「ひ…、人?えと、えっと———……」
白のツーピースを土で少し汚しながら、少女はその場から駆けて行ってしまった。
周囲は、何も音のない、えらく静かな場所に変わっていた。
<Oz.3: GrandSlam-錫杖、両刃、骨牌の独り勝ち- Fin.>