ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Veronica ( No.57 )
- 日時: 2011/01/17 21:57
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 7Qg9ad9R)
- 参照: Veronica,Where are you now?
————誰の声だろう。聞いたことの無い、男の声だ。少し高めの、若い声……。
『———まだ、寝てるのかい?』
白く霞んでいて、景色がよく分からない。どうやら、男の言葉は僕に向けられているらしい。僅かに、翡翠のような硝子玉二つだけを僕の目は捉えた。
『君は、———だろう?———で、———の………』
言葉が掻き消されて、耳が全てを捉えられない。何だ……?
『早く、気付いて』
長い、黄金の流れが輝いた。靄が消え、だんだんと姿が———顔が見えてくる。
———————僕?
僕の体に、勢いよく風が吹き付けられ、そして何故か視界が暗闇に覆われた。
世界が反転する——————
暫くして、視界に僅かに光が差し込んできた。
「あ!気が付いたみたい!!」
白の長髪を靡かせ、黒曜石の瞳を輝かせた童顔が、目覚めたフリッグの眼前にあった。
<Oz.4: Obsession-戦意喪失->
「メルおねえちゃん、レイスおにいちゃん!
金髪のおにいちゃん起きたよ!!」
フリッグの目覚めを確認した、幼い少女が飛び回りながら部屋を出ていった。
フリッグは呆然とする。見覚えの無い部屋だ。古い木の板の床と壁の部屋に、動くと非常に軋む、白く安っぽいシーツと布団と枕のベッド、あと小さな木製の机だけが置かれた素朴な部屋だった。フリッグの真横に大きな窓が一つ、色褪せた桃色の下地に桜の模様が描かれたカーテンで隠されている。フリッグは起き上がり、カーテンを開けた。眩しい光が差し込む。
彼の耳にはヘッドフォンが無かったが、今までとは違って無くても平常で居られるくらいの静けさだった。
飛んできたポチが、そっとフリッグに耳当てを渡した。彼はそれを受け取り、耳に当てる。ヘッドフォンを付けていた音楽機器も恐らく置いてきたのだろう。暫くは何かで代用した方が良さそうだ。取り合えず、新しくヘッドフォンを買うまではこの耳当てで代用することにフリッグは決めた。
ドタドタと、複数の人間が走ってくる音がし、バンッと扉が乱暴に開けられた。
「フリッグ、起きたって!?」メリッサはフリッグに歩みよるやいなや、彼の首根っこをつかんで揺さぶった。「生きてたんだね————ーっ!!良かったぁあーー!」
号泣するくらいの勢いである。少年に喋る暇など与えなかった。
「フリッグ……と言った…な?」
「アンタ誰」
歩み寄ってきた黒髪のアンバー種に容赦ない言葉を浴びさせた。が、相手は表情を一切変えていない。
「俺はレイス・レイヴェント。メリッサに雇われた」
レイスはぺこりとお辞儀した。フリッグは不貞腐れた表情で、軽く舌打ちする。どうも、機嫌が悪い。
「そこのちっこいのは」
少年がレイスの後ろにいる、膝までの白髪の少女を指差した。
「リュ———リュミにはちっこいのじゃなくて、ちゃんとリュミエール・オプスキュリテって名前があるの……!」
ぱっつんの前髪を振い、黒曜石のような漆黒の瞳を涙で潤ませた、リュミエールと名乗った少女はフリッグに向かって走り寄り、拳骨にした拳でぽかぽかとフリッグの腹を殴った。力が無いため、全く痛くない。
「なんか、ウチらを助けてくれた子みたいなんだよね。なー、リュミ」
メリッサがリュミエールの頭にポンと手を乗せると、リュミエールは手を止め、メリッサの胸に顔をうずめた。躰が小刻みに揺れているのを見ると、どうやら泣いているらしい。
「———何があった?」
ぎらつかせた瞳を、三人に向けたフリッグの声はいつもよりはるかに暗く、低かった。リュミエールの背中をさすりながら、琥珀をしっかと向け、メリッサは答える。
「アンタが、ジェームズ・ノットマンに殺されかけてたのを、アタシとレイスが助けた……。
でも、逃げる途中でポチ…?が負傷して、森ん中に落っこちたってワケ。それで、倒れてたのを通りすがったリュミが助けてくれたの」
ポチが巨大化する理由等、訊きたい事は山ほどあったメリッサだが、流石にそれは抑えた。一番けがのひどかったフリッグは、数日間眠りについていたからである。やっと目覚めた躰に無理をさせ、悪化させてはいけない。安静にさせなければ。
「———負けたの?」
少年は、窓の外に広がる蒼い空を見た。三人とは、ま逆の方を向いている。それは、頬に伝って流れる涙を見せないためだった。
「アタシが、アンタを巻き込んだ……。本来なら、アタシが悪い———関係のない、アンタを無理矢理まきこんでさ……。もう少ししたら、送ってく」
必死に謝罪するメリッサ。だが、フリッグはその言葉に首を振った。
「確かに、メルに巻き込まれたっての分かってる。でも、さ———。
あの、ジェームズ・ノットマンって奴は明らかに僕を狙ってた」
———また、ウェロニカ絡みなのだろうか。
バジリスクを放ったウェロニカ。もしかしたら、今回もあの男を刺客として自分を狙わせた———ネージュ……いや、スノウィンに帰れということなのだろうか。
「貴方……何かあったの?」
眼をくりくりとさせたリュミエールが、フリッグの顔を覗き込んだ。涙に気付いた彼女は、まずいことをしたと思い、そっと少年から離れる。
「メル———…。多分、僕とアンタが出会い、行動を共にしたのは運命だったのかもしれない。
あの男———ジェームズ・ノットマンは、僕を探してた。僕を標的としてたのは確かだ。奴と僕が出会うのは決まってたのかもしれない。だから、メルは———そんなに悪くない」
"そんなに"だけを異様に強調した言い方をし、少し笑った顔で少年は振り向いた。それに安堵したようで、メリッサも笑い返す。
「———そういえば、耳あてをしてるな。何故?」
起きた瞬間に、耳あてをし始めたフリッグに疑問を感じたようで、レイスは問いかけた。だが、フリッグが喋る前に彼はポケットから音楽機器付きのイヤホンを取り出し、そっとフリッグの手に握らせた。
「何…これ」
「大体は、メリッサから聞いている。ジェイド種なのかもしれない———と。
俺も旅をしている中でジェイド種についての話はよく出てくるから、少しは知っている。暫く使っていてくれ」
確か、メリッサと森を進んでいるときに妙に詮索してくる彼女にフリッグは自分の"音"に対する能力について話をしていた。———同行する上で話しておく必要があったからである。ヘッドフォンを着用している理由も勿論(もちろん)話していた。恐らく、それをレイスにも話したのだろう。
「———有難う」
イヤホンを耳に着けたフリッグはレイスにお辞儀した。青年もお辞儀を返した。
* * *
体がまだ少し軋んでいる。所々痛かった。起き上がる気もさせない痛みだ。いつまでも寝ているわけにはいかないので、フリッグは取り合えず立ち上がった。
———何処なのだろう。
一応、まだ帝国領だと思われる。だが、カーネリア種らしき人間は見当たらない。
「エターナル辺境の村で、マックールて言うの」
窓硝子から外を眺めているフリッグのすぐ後ろで、熱いお茶を持ってきたリュミエールが言った。
「えと……、リュミエール?」
渡されたお茶を手に持ったフリッグは童女の瞳を眺めながら自信のない様子で名を呼んだ。リュミエールはうん、と大きく首を縦に振った。
「リュミは、えっと…七歳だから———ここで生まれて、七年ずっとマックールで暮らしてるの。
おにいちゃんは、エメラルド種?リュミはねぇ、エンジェルオーラ族っていうの」
「違う。ジェイド種(仮)。
エンジェルオーラ?何その長っったい名前」
フリッグの態度は冷たい。あうー、と声を漏らし、泣きそうな顔になるリュミエールだったが、今回は堪えたようだ。
「え、エンジェルオーラ族っていうのは……ね」キョロキョロと辺りを見ながら喋る少女の様子に、フリッグは少し苛立つ。何故か、無性に苛々していた。「白色の髪の毛で、戦い嫌い〜って人と戦い大好き!って人の二つに分かれてる種族。おにいちゃん、聞いたこと無いの?」
「おにいちゃんじゃなくて、僕はフリッグだから。えっと、言ってることが分からん。
———誰か、通訳呼んでください」
右手を挙げたフリッグは、扉に向かって大声を出した。リュミエールが泣いたのは言うまでもないだろう。
だが、予想以上にリュミエールは大泣き———泣き声というよりも喚き声といった感じだ———をしていた。それを聞いたメリッサが、大急ぎで部屋に入ってきた。乱暴に開けられた扉は、人の手を借りることなくバタンという音を立てて閉まった。メリッサは一直線にリュミエールに向かい、泣き喚く童女をそっと引き寄せ、頭をなでて宥(なだ)めた。
「リュミーぃ、どうしたー?あの情緒不安定思春期真っ盛りボーイが苛めた?」
うん、とリュミエールは頷いた。その応答にメリッサも頷きながら、泣く子供を胸に埋(うず)めた。そして、子供をあやすような甘い声とは全く逆の、軽い憎しみの籠った形相で少女は眼前の少年を睨みつけた。
「———言ってることが、分からなかっただけ」
ぷい、と少年はそっぽを向く。例えるなら———兄弟喧嘩をしていたところに母親がやって来て、理由もなく上の子を叱った時の、叱られた子供の態度である。"僕の所為じゃない、そいつが勝手に泣いただけ"というオーラ全開であった。
「フリッグが、フリッグが!何か……通訳呼んでくださいって!」
———呼び捨てかい。
さっきまでは"おにいちゃん"と呼んでいたくせに、何なんだろうかこの餓鬼は。フリッグは呆れる。どうも子供は嫌いのようだ。
「分かった。あのフリッグっつー思春期少年はメル様がキッツゥーく言っておくから。な、泣くな〜リュミ〜」
背中をぽんぽんと優しく叩き、そっと彼女を連れてメリッサは外に出て行った。
その様子を見届け、一人部屋に残されたフリッグは、思いっきり右の拳で壁を一回殴った。発散する場所のない感情が、拳を媒体にぶつけられた。
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