ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Veronica ( No.58 )
日時: 2010/12/13 21:03
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 7Qg9ad9R)
参照: 錆びついた 時の中に "黄身の声"を 聞く

* * *
 マックールという、この村は実にのどかである。澄んだ空気!小鳥たちの囀(さえず)り!川のせせらぎ!———レイス・レイヴェントは内心物凄く感動していたが、全くの無表情で村のほぼ中心にある切り株の上に座ってた。膝にはポチがおり、その頭を撫でながら。

 このマックールという集落は、エンジェルオーラ族のみで構成されている。レイスには既知のことである。白髪を持ち、戦闘を好むものと好まないものの両極端に分かれるこの種族が知られたのは、ほんの百年ほど前である。古代書などにも、僅かながら存在が語られていた割には最近になって名称がついたものである。発見数も少ないことから、少数民族だと考えられている。
 このマックールという村は、ネージュのすぐ隣だ。先日ジェームズ・ノットマンと交戦した廃墟から数キロ離れているだけだが、危険な魔物と樹海に阻まれるためそうそう見つけることは出来ないようだ。エンジェルオーラ族の発見が最近なのに少し納得できる。

 遠くから、リュミエールが今にも転びそうな走り方で走ってきた。スピードを緩めるタイミングに失敗したらしく、急に止めたようで転びそうになる。その躰を立ち上がったレイスがそっと受け止めた。膝のポチは彼の服にしがみ付いている。
「どうした?」
「メルおねえちゃんが、暫くレイスおにいちゃんと遊んでなさいって。フリッグと話すって言ってたの」
息を切らせながら喋るリュミエールの黒いコートが乱れていたので、青年はそっと直してあげた。
「そうか」齢(よわい)僅か七歳の少女の、絹の様な白髪をそっと撫でおろし、彼女の小さい右手を握った。「暫くの間、周囲を案内してくれないか?」

「うん!」
満面の笑みで、少女は大きく頷き、青年の手を引っ張って行った。


* * *
「何か、カリカリしてるよね。やっぱ、アタシが巻き込んだことに怒ってるワケでしょ」
部屋に戻ってきたメリッサが、扉を閉めながら言った。

「———別に」
フリッグはそっぽを向いた。
「怒ってる———よなぁ……。死にかけたんだし」
「別に怒ってなんか」
メリッサに反論しようと、激しく躰を動かした瞬間、フリッグの頭に激痛が走った。激しい頭痛が、何の予兆もなくやってきたのだ。頭の中で、見たこともない映像が流れ始めたので、蜘蛛膜下出血では無いようだ。

———また?

 フリッグの脳裏に、またあの金髪の男が現れる。同じ様に微笑んでいる。

「誰だよ!!!?」
フリッグは男に叫んだつもりだったが、メリッサには誰に向けられたものか分からない。何も言葉が出ず、呆然と立ち尽くす。
「フリッグ——————どした?」
だがメリッサの声は、フリッグには聞こえていなかった。フリッグの意識は別次元にある様なのだ。

『フリッグ?それが、"今"の名前?』
男がフリッグに訊いてきた。
———"今"…の、名前………?
「な、何だよ!!
誰だよお前ッッッ!!!!!」
なんと表せば良いのだろう———怒りの籠った少年の声が、大きく響いた。だが、フリッグの問い掛けに答える前に男は消え、フリッグの意識は現実に戻った。

「———メル」
然り気無く逃げようとしていたメリッサのことを呼んだ。仕方なく、彼女はフリッグの前に進む。
「何?」
そっけない言い方だったが、フリッグの身を心配しているメリッサの表情は少し険しかった。自分がトラブルメーカーというのは十分自負している。———だから、今回その性格所以、少年を危険な目に遭わせてしまったという自責の念が込み上げて来ていた。笑顔を繕っても、笑顔に見えないだろう。

「———僕、何だかジェームズと戦ってからよくわからない。
会ったばっかりだけど、この気持ちは———多分、君ぐらいにしか吐き出せない。メル……頭の中に、僕そっくりの男が現れるんだよ。僕より年上だけど———多分僕。
記憶が、混乱してる。———どうすれば良い?」

 脆かった。

 今までメリッサが見た、フリッグの中で一番弱くて、脆く見えた瞬間だった。
 無愛想な面構えの少年の顔には、不安だけが募っているようだった。———誰にも吐き出せない、自分も如何すれば良いのか分からない。少年の存在自体が、悲鳴をあげ、助けを求めていた。

「———何か、関係……とか、心当たりでもあるの?」
少女の琥珀の瞳が、小刻みに震える少年を優しく包み込んだ。フリッグには、その瞳から放たれる光が陽だまりの様に思え、つい気を緩めてしまい、ため込んでいた涙が両目から少しずつ溢れ出た。
 少年の口が、震えながら言葉を紡いだ。
「———あの時、頭の中に流れた映像……。
僕によく似た人間が、———あの廃墟に立ってた。
状況からして、多分その人があそこを滅ぼしたんだと……思う」



  "貴様は何も覚えていないのか?"

 ジェームズ・ノットマンの台詞がフリッグの記憶から思い出された。


「僕には、幼馴染が居て———ウェロニカっていう、ラズリ種の女の子。孤児(みなしご)だった僕にも、隔てなく接してくれた、幼馴染の子。皆にも人気で、さ———"ウェル"って呼ばれてた。」
フリッグは、虚空を見ながら語り始めた。メリッサは静かに彼を見て聞いている。———彼は、昔話を彼女に全く話していなかったのだ。

「三年前にね、いつも通り遊んでたら……。
そのころは僕、体弱くて、体力なくてさ。走ってくウェルを必死に追いかけてた。ウェルは先で止まって、僕を笑顔で眺めながらずっと来るのを待ってる。それが日常だったんだよ。住んでたスノウィンの家のちょっと離れたところに、遺跡みたいなのがあって。そこまで遊びに行くのが日課だった。
でも、その日は違った。———ウェルが眼の前で死んだ」
「———それから、どうしたの」
メリッサの問いかけに、フリッグは苦笑いを浮かべながら答えた。
「見知らぬ"オジサン"がやって来て、ソイツがウェルに触れたらウェルが生き返って———それでどっか行っちゃったよ。
夢だって思ってた。ウェルの家族も、兄貴しか残ってなかったから、葬式みたいなのは挙げなかったし、そもそも家出人扱いで終わったから。
自責の念がありながらも、ただただ過ごしてたけど、ついこの間、その兄貴———帝国で働いてる奴から手紙が来て、帝国に行ったらウェルと再会して———。
でも、ウェルは敵みたいでさ……。まるで、僕には関わるなって感じで。
だから、ジェームズ・ノットマンも最初は刺客か何かだと思ってた。でも、アイツ、僕に『貴様は何も覚えていないのか?』って言ったところから、多分違う理由。過去に面識があったのかもしれない」
俯きながら少年は口だけを動かしていた。淡々と、淡々と———まるで無言で部品の組み立て作業でもしているように。

「十五年前までさ、永雪戦争が続いてたじゃん」
語り終わったフリッグに続き、メリッサは声を発した。彼女の言葉にフリッグは首を縦に振った。
「僕は、スノウィンに居たけど小さすぎて良く知らない。でも、ウェルの兄貴のウェス———ウェスウィウスって奴は覚えてるって」
少年の脳裏に、一瞬白金の青年の姿が現れる。そうそう、アイツにとっては故郷同士の戦争だったよな———。

「ジェームズ・ノットマンは、エターナルとネージュの国境———即ち、スノウィンのちょうど隣にあったセルジュ村出身にして、唯一の生き残り」
表情も変えずに、淡々と喋るメリッサの言葉に思わずフリッグは眼を丸くした。———唯一の生き残りという言葉に、特に驚きを隠せなかった。

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