ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Oz.1 Blast-竜と少年の協奏曲(コンチェルト)- ( No.6 )
- 日時: 2011/05/04 23:14
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: AWGr/BY9)
位置的に世界の中心とも言える中央の大国で起こった産業革命は、主に機械産業を発達させ、"魔法"という現象に頼らなくとも、離れた地にいるものと会話が出来たり、遠くへの移動が可能になった。但し、それが世界中に広まったかといえばそうでも無い。世にいう"先進国"にのみ———つまり、国力のある国には広がり発展したが、貧しい国は未だに発展せずに居た。
その産業革命をいち早く起こした大国———帝国エターナルは古来から世界的な覇者を目指すきらいにあった深紅の瞳のカーネリア種が多く暮らす巨大軍事国家に成り上がる。次いで産業革命が起きた西方のアイゼン共和国は主に軍事産業を発達させ世界の兵器産業の最先端を征き、その次に革命の起きたアースガルド王国の都市マシーン・エレメンツは鎖国下にありながらも技術を向上させ、世界一を誇る技術力を持った。最後に産業革命を起こし、革新的な技術の向上で発展途上国から北の大国へと短期間で成り上がったネージュ王国。この四国が主に今の世界を作っている。———凡そ、百年前からのことだ。
不思議なことに、この間全く四国は互いに協調することが無かった。寧ろ対立を深めるばかりだ。南のアースガルドは鎖国状態を強め、外交を拒み、国内で国力を高めるのに専念した。表面上で対立を極めたのは北と中心だった。大陸の覇者を目指すエターナルは先ずは邪魔と思われる北を潰すことを始めたのだ。ネージュはそれに対抗しつつ南下政策を始める。対立した二国の裏に隠れたのは西のアイゼン共和国だった。アイゼンは裏で二国に兵器等を売り、その金で国力を培う。
じきにエターナルとネージュは戦争を起こす。二度に渡る永雪戦争は互いに大きな損傷を与えた。とうとう十五年前に戦争は終結した。———これで世界は安定したかに思えたがそうでも無い。戦争終結から、二国は直接武力を交えていない状態——— 十五年前からずっと冷戦状態が続いているのだ。
学校でやった世界史の一部が頭の中で駆け巡った。今も続く冷戦下でも、不思議なことに二国を自由に行き来出来る。
「皮肉なことだね。ここの国でウェスは軍人として働いてるんだから」
帝国最大都市にして首都であるニーチェに降り立った少年は眼前に聳え立つ帝国軍の建物を見て皮肉に言った。技術革新によって豊かになった国の首都は自動車や、高層ビルが建て並ぶ。それと同化するのは古風を漂わせた建物だった。新古が同じ場所に溢れながらも不思議と一体化している。
少年は翡翠の双眸を後ろにやる。大理石で建てられた古風で厳かな駅を見ると、無意識に溜め息が出た。———ネージュの首都シュネーから帝国首都ニーチェまでの特急に乗り、約十六時間。長い、あまりにも長かった。航空便を使えばこれの半分、いや下手をしたら四分の一にまで所要時間は減るのに関わらず、わざわざ特急便に乗ったのはそこまで金がなかったからだった。
少年がわざわざ帝国まで来たのには理由があった。———三年前に殺され、そして誘拐された幼馴染の手掛かりを探すために来たのだ。幼馴染の兄が、帝国で軍人として働いていた。
彼から届いた一通の手紙が、少年をここに連れてきた理由だった。
『ウェロニカと思われる少女を見た』
それは、丁寧な筆記体で、飾りも何もないただ真っ白な便箋に書かれていた。
その手紙は、自分のリュックサックに大事に今しまってある。少年は、帝国で先ず最初に差出人であるその男に会わなければならなかった。
「迎えにくらい、来いよ」
不貞腐れた表情で少年は改札口を過ぎた。男は仕事が忙しいから、と言って迎えに来なかった。
だから、今から言うホテルに居てくれ、一週間以内には絶対に来る———とだけ言った。態々(わざわざ)電話まで掛けてきて。阿呆か、全く。少年は不愉快で仕方がなかった。
何故手紙に書いて出さなかったのか、または何故電話で手紙の内容を語らなかったのか。
———手間のかかることを。
少年の中にはそういった"不満"だけが募っていた。
<Oz.1 Blast-竜と少年の協奏曲->
少年の名はフリッグ。推定十六歳。翡翠のような瞳に橙色の混じった金髪の少年は常にヘッドフォンを着けている。十六年ほど昔、ネージュとエターナルの国境であるスノウィン付近に捨てられていたのをアリアスクロス夫妻が拾って育てた。そのため、彼はアリアスクロス夫妻の子供、ウェスウィウスと同い年ぐらいのウェロニカと一緒に育った。
三年前のある日、フリッグは幼馴染のウェロニカと二人でいつもの様に遊びに行っていた。いつものように、彼女の愛称「ウェル」を何度も連呼し、先に行く彼女のあとを必死で追っていた。いつも通りだった。
しかし、その日は"いつも通り"では無かった。
今でもフリッグは忘れない。突然の爆発で、死んだ彼女。そして直後に現れた謎の"オジサン"。そのオジサンによってまるで人形のように甦ったウェロニカ。———しかし、フリッグが彼女に触れるより先に二人は消えた。
『我ら翡翠の種が再び世界に君臨するのだ!』
オジサンの言った言葉が気になった。
厄介事をフリッグは嫌っていた為、自分とは関係ないと必死に思っていた。しかし、考えてみればその言葉は自分に向けられたものだと思う。
この世界に、[翡翠の様な瞳]を持つ種族は居ない。
数ある種族の中には、緑色の瞳を持つエメラルド種というものがあるが、彼らが澄んだ翠(みどり)の眼をしているのに対し、自分の眼の色は少し違う。———深く、底の見えない緑の沼のような色をしている。
———もしかしたら、ウェルが連れさらわれたのには僕が関係しているのかもしれない。
そう考えると、自分が彼女を巻き込んだという罪悪感に囚われた。あれから三年、その罪悪感は常に彼に付きまとい、足枷のようになっていた。
今現在進行形でホテルに向かう足取りも、まるで足枷についた鎖がジャラジャラと後をついてくる感じがして仕方ないくらい重かった。これが三年も続いている。いい加減慣れてくる気もしていた。
暫く淡々と人ごみの多い通りをすり抜け、漸く指示されたホテルの看板が見え始めた。そこそこの距離を歩いてきた気がしたが、それほど息は上がって居なかった。昔は全然駄目だった運動も最近では苦じゃない。あの出来事を機に、強くなろうと決心して鍛えた結果だと思う。
看板を過ぎ、やっとホテルが見えると思った。
しかし、どうもおかしい。看板に近づくたびに街中から外れ、看板を過ぎれば寂れた町並みが立ち並んでいる。
フリッグは華やかなホテルを、各国の客人を待遇するような豪華な物を想像してたのだが、どうもこの先そのような建物はありそうにない。
嫌な予感がしていた。間も無く、その指示されていた"ホテル"に到着した。
「——————民宿じゃん」
思わず、最高に皮肉を込めた言葉がフリッグの口元から零れおちた。
「何が、『ホテルの名前は"ベテルギウス"』だよ。ベテルギウスなんてこった名前してるくせに、古びた民宿じゃん」
眼前の、薄汚れたコンクリートの二階建ての建物に向かって言った。所々ひび割れ、[ベテルギウス]と書かれた看板の文字も眼を凝らさないと見れないぐらい色あせている。
なめとんのか!という言葉が、フリッグの脳裏によぎるウェスウィウスに向けられた。———ベテルギウス。巨人(オリオン)の肩を意味する言葉に全然相応しくない民宿だった。
叶うことならば、この名前を付けた人間とウェスウィウスに鼻フックとパイルドライバーを仕掛けてやりたい。(民宿名考案者には)失礼だが、二人に天罰が下りますように…と心の中で願った。
とりあえず、気は進まないが民宿へと入った。ベテルギウス。
やはり、その名前にあうことなど決してない内装だった。
ベテルギウスがx軸ならこの民宿はx軸に平行のグラフだろう。次元が変わらない限り、このふたつが違和感なく交わる可能性はフリッグの思う限り零に等しかった。
そんなことを思っていたからだろう。曇り硝子の自動ドアをしかめっ面で入った彼に、中に居た茶色のお下げの少女が申し訳なさそうに眉を八の字にし、軽くお辞儀をしたのは。
「フリッグ・アリアスクロスさん、ですよね?」
恐る恐る、その少女はフリッグに訊いた。
「表向きは。苗字はありませんから」
直後、彼女に対して無愛想に、妙に腹立たしい言い方をしたことに彼は少し反省した。こんなどうでもいい感情を他人に向けるものではない。子供な自分を恥じた。
「名前でしょ」茶髪の少女はくりっとした紅い眼を向けて言った。「名前に怒っているでしょ」
「———まあ、そうだね。誰がつけたのさ」
「父です」
父親か、居るならさりげなく足を踏んでやりたいと少女の答えに対し、思った。そこまで直接的な怒りは向けるべきでないのだろうけど。
「センス、無いでしょ。だから、お客さん来ないんだって。
———あ、おひとり様?」
恥ずかしそうに少女は笑っていた。
「一人」
フリッグが答えた直後、彼のリュックサックから小さな緑の竜が顔を出した。
まだ、威厳も何もない、子竜だ。彼の掌にも満たないくらいの顔と、細長い首、胴体、短い手足が出てきて、それはひらりと中を飛び、フリッグの頭に乗った。彼の頭の半分くらいしかないと思われた。
「ペットも人に含まれます。ごめんね」少女は申し訳なさそうにフリッグに頭を下げた。「可愛いね。名前は?」
「ポチ」
「……え?」
フリッグの答えに少女の表情は完全に凍りついていた。