ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Veronica ( No.62 )
日時: 2010/12/18 17:47
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 7Qg9ad9R)
参照: 錆びついた 時の中に "黄身の声"を 聞く

「ジェームズ・ノットマンの故郷であり、歴史から消された村、セルジュ———アタシたちが、奴と交戦した場所だよ」
メリッサのいつもよりトーンの低い声にフリッグは自然と耳を傾けていた。そして、聞きながら頭の中で交戦時の廃墟を頭の中で再現する。

「歴史から、消され———た?」
フリッグの言葉に、メリッサは何も言わずにこくりと頷いた。表情は深刻である。

「第二次永雪戦争時、帝国領のセルジュは帝国の中でも小さく、ひっそりと存在してるだけの村だった。だから、今も昔も非常に認知度が低い。
スノウィンの隣にあった為、帝国はネージュの侵攻をそこで食い止める作戦だった。だから、セルジュの人間は総力戦で、女子供———年齢も性別も関係なく、"生きている人間"は全員戦闘に駆り出されたワケ。もとから小さな集落で、住民自体数十人しか居なかったからそんなもの殆ど全滅に近かった。幸い、生き残った奴らも何者かに襲われて、最終的には集落全員が命を落とした筈だった」
「でも、生き残りがいた」
フリッグの言葉の直後に、二人は同時に「ジェームズ・ノットマン」と名前を出す。そして同時にこくりと頷いた。

「帝国側にとっては、生き残ってるやつが何を言い出すか分からないから、適当に罪をなすりつけて手配する。勿論見つけたらすぐ殺害。
あたしらみたいな賞金稼ぎっつーか、アンバー種は基本的にそういうの嫌いだから、取り敢えずジェームズを見つけ次第にアースガルド王国かどこかで保護しようかって話が出てたんだよね。だから、取り敢えず和解出来ればって思ってたけど、無理だったね」
いつもの半分くらいの喋る速度だった。声も、いつもに比べれば暗い。やはり、明るい声ではきはきと話すものではないのだ。部屋の空気が沈む。


「———なんか、可哀そうだな」
ポツリ、と少年は呟いた。翡翠は暗く淀んでいる。メリッサは無言でその呟きに頷いていた。
 フリッグの脳裏に、ジェームズ・ノットマンの瞳が浮かんだ。深い憎悪と狂気と悲しみの秘められたあの瞳———そんな過去があるのならば、あの眼をしている訳が分かる気がする。

 彼には、圧倒的な力の差で敗北した。プライドの高いフリッグは、そう信じることを拒んでずっと言い訳を作っていたが、漸く受け入れた。踏んできた場数が全く違う。彼はいつも命を狙われ、全力で生きてきたのだ———。

 頭の中に蘇る、自分によく似た男の姿。ジェームズの発言からも、自分はなにか関係していることに間違いは無い。フリッグは拳を強く握りしめた。


「僕、さ——————………。
もっかい、ジェームズ・ノットマンに会う。
それで、奴から詳しく話が聞きたい」
真っ直ぐと前を見つめた少年の顔は凛としていた。———の点いた目だ。先程までとは、纏っているオーラが全く違った。


「メル、付き合ってくれるかい?」


 眼前の少女は、目を見開いたが直ぐに無言で承諾した。そして、お互いの手を叩きあう音が、部屋に響いたのだった———。

* * *

「付き合ってくれてありがとう、リュミエール」
レイスが、優しい琥珀の視線を白髪の童女に向けた。童女はにかりと笑う。右の頬に笑窪えくぼが出来ていた。
「ううん。だって当たり前だもの。
———レイスおにいちゃん、もう帰るの?」
寂しげな表情のリュミエールに、少しレイスは困った。それほどここに長居している訳にはいかないだろう。エンジェルオーラ族はある程度他種族と距離を置いているのだから、深く関わると何か問題が生まれる可能性があった。少数種族は、時として人身売買に利用されることがあるため、あまり集落を明確にしない方が良い。レイスとメリッサは、フリッグが目覚めて少し体力が戻れば出ていくつもりだったが、無垢なこの子供の顔を見てしまっては少しその決心が揺らぐ。レイスは悩み始めていた。

「フリッグが起きたから、行くかもしれない。
あと、リュミエール。俺のことは呼び捨てで良い。もう何日も知り合っているんだ」
青年の大きな手が、小さな頭を撫でた。リュミエールはうん!と大きく返事をし、またニコニコと笑みを浮かべた。
 ポチが飛んで来て、そっとリュミエールの肩に乗った。もうこの頃には、お互いに打ち解けていたので特に騒ぐこともなかった。
 直ぐ横が、雪国ネージュ領だからかこの村周辺は気温が低い。まだ雪は降っていないが、その寒さにポチは身震いした。寒いと思ったリュミエールが、そっと自分の黒コートの中にポチを入れる。竜は、暖かそうだった。

「さて。フリッグたちの所に行こうか」アンバー種の青年の手が、一回り———いやそれ以上小さな少女の手を握った。リュミエールは言いづらそうな顔で、レイスを見上げた。不思議に思った青年は優しげな声色で訊ねる。「どうした?」
おどおどしながら、ゆっくりとリュミエールは口を開いた。

「あの、ね——————」

* * *
 急な、用事が入った。

 もう決して戻ることなど無いと思っていた、故郷スノウィンから至急フリッグと共に帰ってこいという連絡が入ったのだ。
 取り合えず、民宿ベテルギウスに世話になってる筈なのは既知だったのでウェスウィウスはそこへ向かったが、フリッグは何処かに出掛けたまま戻っていないと聞いた。ここ数日、彼の足取りを追い、アンバー種の少女と共に帝国とネージュの国境付近まで列車で向かっていることが分かった。
 疲労のため、フリッグを追うのは明日からと決めたこの男は自室のベットに寝転がった。安くて固いベットだが、こんなにも疲労困憊している所為か妙に寝心地が良かった。
 気を緩めていたウェスウィウスの気を引き締めるかのように胸ポケットに入っている携帯電話がバイブレーションした。
「フレイ———からじゃ、無いよな」
バイブレーションした携帯電話を開き、ウェスウィウスは安堵する。アドレスが違う奴からである。先日のアイゼン共和国との軍事訓練後から、フレイに憑かれていた。それほど、彼の賭けた女性に勝ったのがいけなかったのか。しかし、ウェスウィウスにとって相手の女性は友人———いや兄弟子(女性だから姉弟子か?)のような関係だったので、特に気にしてはいない。だが、彼は相手のプライドを崩してしまったのか不安で堪らなかった。何故なら、時間がなく、まともに会話することなく別れたからだ。

『美しい女性を交えて、お茶でもどうかい?
来なかったら、こっちの権力を乱用してキミを軍から消し去ってあげよう。byフレイ』

 態々(わざわざ)背景を薔薇柄のテンプレートに、ピンクの文字で書かれていた。アドレスが違うのは、律義にアドレス変更でもしたのだろう。不覚だった。
「ったく———」
コレは立派な脅迫だ———だが、実際出来る可能性も零では無いので渋々ウェスウィウスは起き上がり、軽い支度をして部屋を出た。

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