ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Veronica -参照500突破!Thanks!- ( No.68 )
日時: 2010/12/18 17:48
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 7Qg9ad9R)
参照: 20XX年、長野県は日本から独立し、信濃国を建国する!

* * *

 吹き付けられた風は、哀しく啼(な)いている様だった。その冷たさが、未だ青年の頬に残っている。顔に触れる黒髪の冷たさは、頬に残る感触と同じ様にレイスは思えた。眼前の小さな少女の、涙を浮かべた瞳が胸の奥に突き刺さる。

「お……友達が、居な、くなったの」
嗚咽(おえつ)混じりの声で、漸く言葉を絞り出したようだった。それを聢(しか)と耳に受け取った青年の表情は衝撃に塗(まみ)れていた。
「リュミエール……それは、どういうことだ?」
驚きを隠せないまま、レイスはそっと彼女の頬に手を触れさせて訊いた。その優しさに触れた所為なのか、リュミエールの顔が徐々に泣き顔に変わっていき、とうとう泣きだしてしまった。

「一週間、ま、前に———っね、しん、親友の、アイザが……、い、一緒に遊んで……たら、ね……い、なく、なっちゃって……。ひっく……、つ、っぎはね、昨日、また、と、友達……のっ」
とうとう本格的に泣き出してしまったようで、ぼろぼろと涙を溢し、途切れ途切れの訴えになっていた。殺していた感情に綻(ほころ)びが生じ、一気に溢れ出たそれは堰(せ)き止めることが出来ず———まるで出しっぱなしの水道の水をひたすら受け止め、溢れさせている水一杯になったコップのように———レイスへと一心に向けられていた。
———ああ。この子供は誰にも言えなかったのだな。
アンバー種の青年は、静かに悟った。この感覚は、良く知っている。吐き出せない苦痛を、孤独感を。

「一緒に、探してあげようか」
青年の優しさの籠められた一言を聞き、リュミエールはくしゃくしゃになった顔で彼をじっと見上げた。———今は居ない、両親と同じ何かを心の底で感じる。

「ん……」
"うん"という筈が"う"の音が出て来ず、"ん"という返事になってしまった。涙を拭きとる。
 レイスの温かい手の温もりが右手に感じられた。そっと手をひかれ、歩き出す。今フリッグの居る、"自分の家"への帰路を二人で歩み始めていた。


* * *

「この家は、あのリュミエールっていうちっこいのの家?」
ベッドから降り、着替え終わったフリッグはシーツを整えながら、帰ってきたポチと同室で戯れているメリッサに訊ねた。レイスの元から一足先に帰ってきたポチは尻尾を弄られている。メリッサはフリッグの方に顔を向けた。

「あの子の家っていうか、村長の家」
「じゃあ、村長の———子か孫?」
「いいや」
フリッグの言葉に首を振りながら否定した。彼女の頭にはポチが乗って居る。

「ちっさい頃に、———てか三年前だったかな?四歳だったリュミの両親が、魔物だったかに襲われて死んじゃったんだってさ。受け入れ口もないし、小さな村だから孤児院みたいのも無かったもんで、村長が引き取ったんだって」
そう言ったメリッサの顔は、何故か寂しげであった。




「ただいま!」
元気に満ちた少女の声が辺りに響いた。リュミエールが帰宅したらしい。だが、先に部屋に入ってきたのレイスだった。部屋に入ってきた彼は、メリッサだけを呼び出した。

「何さね」
部屋の外に出された彼女の前にレイスと、少し遅れてやってきたリュミエールが並ぶ。

「村の子供たちが行方不明になっている事件が相次いで起きているらしい。リュミエールの知り合いも数人被害に遭っている。
知ってるか?」
隣の童女の頭を右手で撫でながら、レイスは言った。メリッサは頷き返す。

「知ってる。村長から、その話が出てた。"アンバー種は金さえあれば何てもやってくれる"って思ってるみたいでさ、大金積み上げて土下座して頼んだんだけど、ホラ———よそ者がどうこうするっていう問題じゃ無いじゃん?
ん———でも、まァ……」
メリッサの行動から、レイスはある事が読み取れた。恐らくこの女は金に釣られて受けてしまったのだろう。彼は呆れた。
「———受けたのか」
「んま、そういうハナシかな!」てへっという笑い声を発しながらメリッサは軽々しい反応を返す。「レイスが出かけてる間、一旦村長に呼ばれてたんだよ。断るに断れなくて」


「———ふぅん、そういうコトか」

 背後から聞こえた声にメリッサは仰天した!後ろでフリッグが恨みを込めたような瞳を向けて立ってる。頭にポチを乗せ、リュックサックを背負い———完全にどこかへ行くような支度をした状態だった。

「馬鹿メリッサと村長の話は全部漏れてたけど」
ふんっ、という貶すような笑いをメリッサにしてやった。あちゃーと言って彼女は頭を抱える。
「だから家について訊ねたんか、アンタは」
ニヤリという表情をメリッサに返すフリッグ。
「助けてもらった礼もある。魔物関連なら、ジェームズ・ノットマンとまた会った際、こっちの戦闘能力もあげとかなきゃいけないから実戦経験は必要だと思う。
ちっこい———じゃなくて、リュミエール。君の友達探しに、付き合ってあげるよ」
そう言ったフリッグの躰に、リュミエールが飛びついた。
「有難う、フリッグ!!!!」
感激のあまり、涙を溢しているようだ。フリッグの服が水に濡れる。


 メリッサは、レイスの方を見た。
「レイス、アンタは巻き込むわけにいかないからさ。依頼は此処まで」
懐から出した札束を、メリッサはレイスにそっと投げ渡した。それを受け取ったレイスは考え込むような表情で居た。

「メリッサ———?」
ニカリと笑う少女をじっと見つめる。メリッサは答えた。
「護衛の依頼は、此処まで。これ以上、付き合ってもらうわけにはいかないっしょ。だから、もう———お別れってことかな」
彼女の言葉に、レイスは無言だった。リュミエールは支度をしに走って行った模様で姿がいつの間にか消えている。
 フリッグがレイスにお辞儀をしながら言った。

「僕のこと、助けてくれたんだってね。有難う」

 戸惑った。依頼上の関係でしかない。だが、自分の心は何か違うものを思っていた。


———リュミエール・オプスキュリテとの約束を交わしたじゃないか。

 眼前の、フリッグという少年に何かを感じ取った。あの日の"英雄"に瓜二つ———。

———そうだよ、な。

 この少年との出会いは、きっと決まっていた運命だろう。もしかすれば、俺の過去を知ることが出来るのかもしれない。あの日の"英雄"に会えるのかもしれない。

レイスは静かに笑った。そして、貰った札束を全て床へと投げつけた。

「俺も、行かせてくれ」

迷いのない、真っ直ぐな瞳(め)だった。

「ハぁ!?何で付き合うのさ!」
その言葉を聞き、驚きを隠せなかったメリッサは彼に言葉を投げつける。続けてフリッグの言う。
「君は、関係ないんだろ?このいい加減な奴が雇っただけで、全く僕らに無関係だし———。これ以上突き合わせるなんて申し訳ないよ」
「いや」レイスは静かに首を横に振った。




「ただ俺の意思で、君たちについていきたいと思ったまでだ」


流石に此処まで言われては拒否する理由もなくなっていた。改めてフリッグは、前に立つアンバー種の青年を見つめて言った。

「よろしく。僕はフリッグ」
差し出した手に、青年の手が握られる。
「俺はレイス・レイヴェント。レイスと呼んでくれ」





『僕は、××××。君の名前は?』

 あの日の"英雄"が、自分に手を差し伸べた時の光景が鮮明にレイスの頭の中に流れた。

『———』
齢僅か二歳の子供は首を振った。何があったかも分からない。ただ覚えていたのは、"英雄"の呼んだ名前だった。

『分からない、ですか。
それじゃあ、僕の友人の名前を君に授けましょう』
抱きあげられた温もりはいまだに覚えている。赤ん坊の頃の記憶など残っている人間はほとんどいないと聞くが、彼の中には残っていた。———確か、あの日俺は"俺"になったのだ。


『レイス・レイヴェント。
今日から、君はレイス、です』
丁寧な文字で書かれたネームタグをそっと服に着けてもらった。それは未(ま)だ残っている。


———ああ、本当にそっくりだ。
フリッグの顔を、しぐさを見て青年は思う。十数年にわたって身に感じていた孤独が消え去った気がした。


「フリッグー!レイスー!メルおねえちゃんー!!
じーじが、呼んでるから来てー!!!」
リュミエールの元気な声が遠くで聞こえた。

 向き合った三人は同時に頷き、一斉に声のする方向へと向かったのだった。



* * *

 鬱蒼としている、人気のないウェラルディアの森。
 嘗(かつ)てジェイド種が繁栄を極めた時代、中心であった風の都ウィンディアを取り囲むかのように広がっていたこの森はウィンディアへの侵攻を妨げる防壁とされていた。ウィンディアの中心にはラッフレッドーレと呼ばれる古代遺跡があり、ウィンディア人———古代ウィンディアに住んでいたジェイド種のこと———は五十年に一度、この場所で祈りの儀を行っていたとされる。そんな廃墟であるラッフレッドーレの中に数人、人影が見えた。

「エンジェル・ダストの生成は、誰が向かう?」
老人の様な、男の声が廃墟に響いた。闇の中である為か、どんな姿かたちをしているか全く分からない。

「わたくしにまかせてくださいな。マックールのエンジェルオーラは大半が温和な者ども。洞窟に放った魔物が子供を喰らっていますし、あとは村の殲滅だけですもの」
甲高い女性の声が、続いて響いた。
 その後、ずっと不愉快な笑い声だけが響き渡っていた———。


  <Oz.4: Obsession-戦意喪失-   Fin.>