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Re: Veronica -参照500突破!Thanks!- ( No.77 )
日時: 2011/03/10 16:48
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
参照: 20XX年、長野県は日本から独立し、信濃国を建国する!

* * *

「君たちに頼み事があるんだ———」
フレイがパチンと指を鳴らしたと同時に扉が開いた。大きな扉の向こうには、薄汚れた黄緑のベストを着て分厚い書物を抱えた少年が立っていた。
 栗毛に、あどけない紫紺の瞳が付いた幼い顔。身長や顔付きから見てもまだ年齢が二桁になったばかりぐらいである。

「———お前は」
ウェスウィウスは少年を指差した。少年も、彼の顔を見て何かを思い出したかの様な顔をして、とたとたと不安定な足取りで混血の青年に駆け寄った。

「ウェスだ!やっぱり、ウェスだぁ!!」
「なんだよ、セティか!!久し振りだなァ!」
少年の小さな躰を抱き締め、二人の男は互いに再会を喜ぶ。少年、フォルセティ。通称セティ、禁書図書館に務める見習い司書だ。
 開けっ放しの戸から、蒼髪の女性が現れ、ウェスウィウスの頭を殴った。イルーシヴだ。
「鬱陶しいのよ」
「五月蠅ぇよ」
殴った手を振り払うような素振りをして、ウェスウィウスはイルーシヴを睨みつけたが、睨みかえした彼女の眼光に叶わず直ぐさま視線をそらした。その様子を見て、女性は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「帝国軍の双璧が——— 一体如何いうことだ、藤井たかし!」
「誰じゃ、藤井たかしっては!!」
真顔でフレイを"藤井たかし"と呼んだビスマルクにすぐさま変態……じゃなくてフレイはツッコミを入れた。一応突っ込み専用のハリセンを使用して、だ。その様子をリーゼロッテは静かに見守っている。温かな目で。

「話に進みたいんだが、良いかなぁ」
眼の前で鼻フックを掛け合う緋と蒼の男女を眺めながらひとり言を言っていた彼は、恐らく初めてまともな人間に見えたであろう。


* * *

 結局、イルーシヴとフォルセティが部屋に入ってから三十分という時間が経ってからフレイの話が始まったのである。その間、ビスマルクとリーゼロッテは全く知らん振りをしていたのだ。この場でまともだったのは、皮肉にもフレイだったのかもしれない。

「取り敢えず」眼鏡を一旦取り、眼鏡ふきで汚れをふき取る。「ウェス君はスノウィンに行くのだろう?パスポートの申請、とかは?」
「一応済ましておいた」ウェスウィウスは紅茶を啜りながら答える。隣では同じようにリーゼロッテが茶を飲んでいた。「で、この生物学上は雌、事実雄の凶暴人間とフォルセティは何の関係があるんだよ」

 フレイが喋ろうとした矢先、リーゼロッテは突然立ち上がり、持っていたティーカップをビスマルクに渡した。
「恐らく、変態男……じゃなくて、フレイ=ヴァン=ヴァナヘイム。君はネージュに関わる事を頼みたいのだろう」
「まあ、そうだね。愛しのマイスィートハニー」投げキッスをしたフレイの頭上に女性の怒りの鉄槌が下った。「当たりです、女王様」
頭を押さえながらも妙に嬉しそうな表情で地面に這いつくばるアゲートの男は言った。ロングスカート内の絶対領域に視界をやろうとしたみたいだが、既に彼女には気付かれており中を見る前に、頭は容赦なく細い足に踏ん付けられた。それから暫く喋りもしなかった。

「ウェスの義弟は、未だ戻られてないようだが、如何なんだ?戻るまで待つのか?何なら、ウェスは先に立って、後から戻ってきた義弟に己れから伝えておくが———」
ウェスウィウスの表情を気にしながら、人狼は訊ねた。青年は首を横に振る。
「いや、いい。アイツと一緒に行った方が良いと思うからさ」
彼はビスマルクに笑いかけた。『心配してくれて、ありがとうな』と言っているように。
 そんな表情をされてしまってはこれ以上その件に関係するものはお節介になってしまうので、仕方なく止めた。


 大人たちのやり取りの中、一人"子供"のフォルセティは文字通り"置いてけぼり"だった。話題に口をはさむこともできない空気。大人だけ、同年代の居ないという気まずさ。少しでもその感情を抑えたいという思いが無意識に作用したようで、隣に座っているイルーシヴの軍服をいつの間にか掴んでいた。イルーシヴは咄嗟にその心情を察知した模様で、そっと彼の栗毛を撫でて気を落ち着かせようとする。

「早く話してくれないかしら、変態。
思惑も、現状も全部頼むわよ。どうせ只事じゃないんでしょうに」

「仕方ない、美しい女性の頼みごとなのだから———喋り始めようじゃないか!」
ウィンクと投げキッスを決め、舞い踊っている変態男の姿を見ながら、子供は一人思う。

———お前がずるずる状況引きずってんだよ。



* * *

呆れたもので、魔物の数は一向に減らない。臭いやらなんやらで見付けられては困る。偶然レイスが持っている魔物避けの簡易魔法陣を持っていたのでそれを張った。魔物からは暫く攻撃を受けずに済みそうだ。

ある不安でいっぱいのリュミエールが側に居るにも関わらず、フリッグはつき口走ってしまった。
「これだけの魔物が居るんじゃ、もう皆オシャカになってるだろ。
これ以上の詮索なんて無駄。戻った方が———」
「でも、だって!!」
正直諦めかけてはいた。ただ、自分が現実を肯定することが恐くてたまらない———七歳の小さな躰に、そんな思いが募る。

 認めたら、自分が壊れてしまうのではないか。
 認めたら、自分を支えていられない。

 泣きじゃくっては、きっとまたフリッグに馬鹿にされると思い、堪えた。唇を噛みしめる様子を見たフリッグは仕方なく彼女の頭をそっとなでる。慰めてやるべきだと思ったのだ。
「諦めたら、そこで終わりだもんな」
そんなスポ根混じりの、ありがちな言葉がつい零れた。それを聞いてリュミエールは少し笑う。


 そんな矢先にフリッグの耳は、何かを捉えていた。自分たちの足元から風の流れてくる音が聞こえるのだ。
「風が、聞こえる」
「———何?」
誰にも向けていないフリッグの呟きを聞いた。レイスも耳を澄ましてみるが、聞こえるはずもなかったのですぐに辞めた。
 何か臭いを嗅ぎ取ったポチがしゃがんでいるメリッサの足元にもぐりこみ始める。咄嗟にメリッサはポチの尻尾を掴み、がなり立てた。
「おまっ……!アタシゃ、一応短パンだぞ、短パン!!!浪漫求めちゃだめだって!!!」
そう言ってすくっと立ち上がり、一歩後退した瞬間だった。

 突如、アンバー種の盗人の足元に丁度躰がすっぽり入るくらいの穴が開き———突然過ぎて叫び声を上げる暇もなかったメリッサの躰が消えた!ドシャリと重く柔らかいものがごつごつした地面に落ちた時の様な音が空洞に響き、それからは静寂を取り戻す。

「メルッ!!!?」
「メリッサ!」
「メルおねえちゃん!!」
ほぼ同時に年齢層、種族、性別の異なる三人が叫び、少女の落ちた穴へと駆けた。先ず最初にフリッグが覗き込むと、下ではメリッサが此方を見ながら何か指差していた。予想よりは然程(さほど)下に落下したという訳では無かった。なので彼女はピンピンしている。

「ちょっと僕、先に行ってみる」
先陣を切ったのは勿論フリッグだった。

 彼はひらりと下へ降り、綺麗に着地する。高さ約二メートル。運動エネルギーが速度が上がるとエネルギーはその二乗になることに対し、位置エネルギーは高さが上がるとエネルギーはその二倍になるというので、此方にかかる衝撃は運動エネルギーが与える打撃よりもよっぽど良い方だと思い、軽視していたのだがやはり足にかかる衝撃はでかかった。暫く足がジーンとして、痛い。

 彼に続き、リュミエールを抱っこしながらレイスが降りる。身長一八〇センチの青年には、天井と二十センチ程度しか余裕がないので窮屈に感じた。が、メリッサの指差す方向には光が差し込んであり、先に開けた場があることを指し示していた。
「なんか開けてる場所があるみたいだよ」
無邪気な笑みを、三人に向けたメリッサは歯をニッとさせた。

 フリッグの耳が、その光のさしこむ場所からする風の音を感じ取った。ポチと顔を向き合わせる。ポチも何か臭いを感じ取ったようで、お互いに頷き合った。
「風の流れが聞こえる。だから、多分外か何かに繋がってるんだと思うよ」
少年は言いながら一歩を踏み出した。

「アイツの耳はマジで地獄耳だからね。保障できる」
フリッグの後に続いたメリッサは、レイスに抱えられているリュミエールに向かって笑いかけた。童女は青年から降り、自分の足で二人の後に着く。最後尾に、レイスが着いた。


 光の中に、人影は全て溶けて行った。

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