ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Oz.1: Blast-竜と少年の協奏曲(コンチェルト)- ( No.8 )
- 日時: 2011/02/08 17:45
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 7Qg9ad9R)
* * *
「——————ふぅ」
パタンと戸を閉めたと同時に溜め息が漏れた。
ベッド、テーブル———キッチン、風呂以外の生活上必要最低限の物だけが揃うまるで独房の様な質素な部屋だった。
ポチはフリッグの頭上で伸びをして髪の中に埋もれた。寝たらしい。
何だか無駄に疲れた気がした。確かに、長旅だったがそれだけでも無いと思う。
「ウェスは、何してんだか」
これで来なかったら半殺しにしてやろうと軽く決意した。一週間、そんなに此処に居なくちゃいけないのか———そう考えると重い。
何と無く、窓の外を見てみた。二階からの風景はそこそこだった。頭上にポチを乗せたままフリッグは顔を出した。見えるのは、アスファルトの上で遊び駆ける子供たちぐらいだった。
何も考えずぼんやりとそれを眺めていた。ふと、遠くの方に白金の何かを見つけた。
心の中に、何か違和感を感じる。
体が思うより先に動き始めた。フリッグは急いで部屋を出た。頭に乗ったままのポチは突然動き始めたフリッグの速度に対応できず、床に落ちた。
コンクリートの階段を、たまに一段、二段飛ばしで駆け降りていく。
「岡本さん!?」
コレットが眼を見開き、(恐らくフリッグに対して)叫んだ。『誰だ、岡本って!何処の名前だ!』というツッコミが一瞬フリッグの中に現れたがそんなことをしている暇もない。
そのままコレットを完全に無視し、ベテルギウスを出た。走って行ったフリッグの速度は凄かったのだろう。風速はどのくらいだったのか、その風の強さに一瞬眼を瞑った。
コレットの長いお下げと深紅のロングスカートが風に激しく吹かれ大きく靡(なび)いた。吹き飛ぶかと思うほどだ。
「じゃなくて、ふ、………藤崎さん?だったっけ?」
漸く落ち着いたところで彼女はきょとんとして呟いたが、どのみち名前は間違っていた。
* * *
———ウェロニカなのだろうか。
風に逆らいながら、彼は進んでいた。本当に小さかったが、一瞬だけ見えた。
三年前の彼女が成長したら、きっとああなっているのだろう、と思える人間の姿が。一般のラズリ種の女性かもしれないが、何か違和感を感じた。ウェロニカだと思う、きっとそう思える理由があるのかもしれないが分からない。ただ、本能的にそう思ったのだ。
フリッグは早かった。ほんの数分走り続けただけで、彼女に追いついた。
"音"を聞き取ることに優れている彼は、どんなに小さな音でも逃さない。
足音のわずかな違いも何もかも聞き取り、それを追うことが可能だ。少なくとも、音が一秒間に進む距離は三四〇メートル以内ならその行為は造作もなく出来る。その圏内に居た女性をフリッグが追えたことは彼にとって朝飯前だった。
話しかけるか、どうしようか一瞬フリッグは躊躇(ためら)う。だからだろうか、彼は女性の隣には行かず、後ろで彼女の後姿を見ていた。
女性は、白金の髪を腰まで伸ばし、膝までの長いワンピースを着ていた。肌は雪のように———まるで生命など無いと思えるくらい青白かった。
「———風はね、ウェラルディアの森で産まれ、育つの」
女性は急に声を発した。その声は間違いなくウェロニカのものだった。
少し声変わりをして高くなっているものの、三年前まで日常的に聞いていた彼女の声とは全く変わりなかった。
"ウェラルディア"という名前は聞いたことがあった。確か、世界遺産に登録されている廃都ウィンディアのすぐ近くにある森だった。ついこの間まで通っていた学校の、地理の授業に出てきた記憶がある。
「大きくなると、ウィンディアに行って、世界の一部をを知って、其所を出て、世界中を廻り廻って、
世界を知り尽くした風は、再びウィンディアの森に戻って、其所で眠りにつくの。
その眠りについた風は長い年月のあと、結晶になって、
それが種子になって、
ウェラルディアの森の一部になるの」
淡々と、抑揚もない語り方だ。詩の朗読でもしているのだろうか。———お世辞にもうまいとは言えない。
"正しく読みなさい"という指示に従う機械のようにウェロニカと思われる女性の口は、淡々と言葉を紡いでいる。
「———ウェラルディア?ウィンディア?一体何を言ってるんだよ、ウェル。あ、噛みそ。
覚えてる?僕。フリッグだよ、ホラ幼馴染の」
あまり感情を表に出さないフリッグだったが、この時は少し感情が籠っていた。しかし、女性は何も反応しなかった。
「その樹がまた風を産んで、産まれた風が同じ様に世界を廻るのよ」
そう言い終わったと同時に女性はフリッグの方を振り向いた。それは、明らかウェロニカだった。曇った瞳を向けながら、口元に微笑を浮かべ、
「久しぶりだね、フリッグ」と彼に言った。「三年ぶり、かな?」少しだけ感情のこめられているような言葉だった。
「三年ぶりだね、ウェロニカ・フェーリア・アリアスクロス」皮肉を込め、フルネームで呼ぶ。「本当なら、ここで最高に感動的で全米が泣いたというキャッチコピーが付くぐらい素敵で魅力的で感涙し笑えるような再会をしたいのだけれども、今それは無理だね」
ウェロニカはフリッグの険しい表情とは関係なく、微笑んでいる。
「今さっきまで言ってた言葉は何?センスないねえ。ああ、これは別に君に向けているんじゃなくてそれを作ったやつに向けてる言葉なんだけどさ。
そんな淡々と言葉紡ぐようになっちゃって、
君なに?僕とキャラ被るんじゃないの」
膨大な言葉がフリッグから出される。それに対抗し、ウェロニカも喋った。
「いいえ、別にそんなことないけれど。
貴方こそ、昔とは違って白けたような眼をして、一体どうしたの?無愛想で、無表情で。全く、昔のフリッグはもっと感情豊かで感情が先走るタイプで可愛かったのに」
「同じ言葉、そっくり返すよ」
「ま、感情が先走るってのは、変わりないんじゃないかな」
ウェロニカの表情が、鋭く冷酷に変わった。浮かべる笑みはさり気無く敵意の、いやそれでなくても何か良くないものが込められている。
「フリッグは、世界の傍観者でだけ居れば良いのに。
そうしたら、何もしないで幸せつかめるよ?」
「心遣い、ドーモ」
フリッグはにやりと笑って見せたが、右の頬には一粒の汗が伝っていた。内心、ウェロニカから放たれる禍々しい何かに対し焦っていた。精一杯焦りを見せないように気を配る。
その様子に対し、微笑んだ彼女の足元に、彼女を中心とした巨大な魔法陣が一瞬で描かれた!フリッグの足元にもそれは侵食した。
「召喚魔法陣!?そんなバナナ!!!」叫んだと同時に、フリッグは素早く魔法陣の外に出た。
魔物や精霊を呼び出す召喚魔法には、発動する際長い詠唱と魔法陣を描く必要があるのだが、ウェロニカを見る限りそのような行動は一切していなかった。———可能性があるとしたら、最初に発していたあの"詩"だ。
「『そんなバナナ』?ウケ狙い?寒いね」
フリッグの駄洒落と思われる言葉を嘲るようにウェロニカは声を張り上げた。
にやりと唇を吊り上げ、右手の人差指をそれにそっと触れさせながら悪戯に微笑む。だがそれはフリッグにとっては邪悪な物以外なんでも無かった。
「———ざーんねん、この場では召喚しないよ。
何処にしたか、探してみてね。あと十分ぐらいで人、襲うと思うよ」
「君は、一体——————」
言おうとして、彼は止(や)めた。召喚魔法で呼び出されるものが何かは知らないが、被害が出る前に止めなくてはならない。
彼は被りを振って、もと来た道へと走り返した。
フリッグの姿が消えたのを確認すると、ウェロニカは風にかき消されるように、消えた。
Next>>17