ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 処刑人斬谷断 第7話更新!! ( No.27 )
- 日時: 2010/12/25 21:06
- 名前: いち ◆ovUOluMwX2 (ID: PmZsycN0)
第8話 「潜入捜査」
「というわけで、今日からこの2人は転入生としてこの学園に編入しました、斬谷君と紀伊君です。2人とも自己紹介して」
名前を呼ばれた2人は、一歩前に出た。
「斬谷断です。よろしくおねがいします」
「紀伊蜻蛉です。よろしく」
断と紀伊は編入してきた生徒を装い、命城学園に潜入する事に成功した。
依頼人の楠田の学校に潜入する事で、何か情報をつかめるかもしれないと踏んだからだ。
幸いなことに、断も紀伊も年齢よりもだいぶ若く見えるため、潜入は何とか成功した。
しかし、本番はここからである。
いかに早く情報を引き出せるかは、どれだけ早くクラスの和に溶け込めるかにかかっている。
早く受け入れられるには、陽気に振舞うのが手っ取り早い。
「じゃあ、2人とも席について。後ろの空いてる席にね」
担任の小川という女性教師が座るよう言うと、断と紀伊はお互いをかすかに確認して、絶妙のタイミングで足を踏み出した。
結果—
「おわっ!!」
「のわっ!!」
盛大に転んだ。
校則や雰囲気が堅苦しいこの学園とはいっても、通っているのは人間である。
狙い通り、何人かが忍び笑いをした。
(もう少しだ。次いくぞ)
(ああ、分かった)
2人は同じタイミングで立ち上がり、これまた同じタイミングで「お前何すんねん!!」
とお互いの頭を叩いた。
『あははははは!!』
これには笑いをこらえきれず、クラス全体が笑いの渦に包まれた。
(作戦成功だな…)
(こんなの、何が面白いのか知らないけどな)
紀伊は気付かれないよう冷ややかな目で大笑いしている生徒達を見下ろした。
(ま、確かに笑えないやつもいるようだけどな)
(え?)
断は無言である方向を指差した。
紀伊はその方向にあったものを見て、「あー」と言った。
断が指差した先には、未だに狐につままれたような顔をしている楠田悠斗の姿があった。
とある部屋の一室に、西園寺真冬は監禁されていた。
どんなに大声を上げても、壁を蹴っても、時折面倒くさそうに「静かにしろ!!」と言う男の怒鳴り声が聞えるだけだった。
真冬は冷たい地面にしゃがみこみ、頭を抱えた。
彼女が突然見知らぬ男に誘拐されたのは、1週間前のことだった。
家に帰る途中、後ろから殴られたのだった。
それから、誘拐犯のアジトにつれてこられた。
ただし、部屋にはベッドやテレビがあり、さらには風呂場まで用意されていた。
当然、食事もそれなりのものを出してきた。
要は、生活していくのに何の障害もなかった。
しかし、このような状況でくつろぐことは、真冬にはとても出来なかった。
それでも、テレビのニュース番組で自分のことが報道されていないかはチェックした。
ところが、そのようなニュースは今のところ報道されていなかった。
(早く帰りたいよ……お父さん、お母さん、楠田君…)
真冬の頬に、涙が一筋伝った。
「おい、どうなってんだよ!!」
楠田は断にかみつかんばかりの勢いで迫ってきた。
「どうって、潜入捜査だ」
「聞いてないぞ!!」
「君に報告する必要があったのか?」
「当たり前だろ、依頼人だぞ!?」
「金も払わないでか?」
「ぐっ……」
楠田はバツが悪そうに頭をかいた。
「安心しろ。依頼料は特別見逃してやる。ただし、俺のやりかたに合わせるんだ、分かったな?」
断は楠田の目を見て、諭すように言った。
「………分かったよ」
楠田は断から離れると、「何かやる事は?」と小さくつぶやいた。
どうやら、真冬を想う気持ちに嘘は無いようだ。
「手伝うのか?」
断はわざとおどけて聞いた。
「ああ、何でもやるよ」
楠田ははっきりと答えた。
断はその目を見て、楠田がどれほど本気であるかを判断した。
「じゃあ、西園寺真冬の家に案内してくれ」
断たちが誘拐の事件を調査している頃、薬師寺と夢見はとある豪邸の前で張り込みをしていた。
「……夢見ちゃん、来たわよ」
「あいよっ」
豪邸の門からスーツを着た男が姿を現すと、2人は尾行を始めた。
男の名前は万屋寛二(よろずや かんじ)
警視庁の警視監、いわば警視庁のナンバー2である。
断が入手した機密文書によると、万屋が断が参加した作戦の責任者だった。
この男からは、非常に役に立つ情報を得られる可能性が高い。
ただし、聞きにいって素直に教えてくれるはずもないので、手荒な方法を使う必要がある。
綿密に計画を立てることが重要だ。
そういうわけで、2人は万屋の生活パターンを観察し、何曜日、何時に、どこで万屋に「挨拶」をするか見極めようとしていたのである。
すでに観察を初めて2週間がたった。
そろそろ、動き出してもいい頃だ。
「夢見ちゃん、一番隙が多いのはいつだっけ?」
万屋が警視庁に入るのを確認し、薬師寺は双眼鏡から目を離した。
「日曜日。朝6時からのジョギングの時ね。1人だけになるのはそれぐらいしかない」
「うー……んと、今日は土曜だから、明日決行ね。一応家に帰るまで確認してから、明日の準備に取り掛かりましょう」
「うん」
会話が終わると、薬師寺は上着から小ビンに入った謎の液体を取り出し、地面に一滴たらした。
すると、パンという破裂音がして、地面が少し抉り取られた。
「………それ、明日絶対に使わないでね」
夢見があきれたようにつぶやいた。
断たちは制服を脱ぎ、探偵として西園寺家の屋敷の前に立っていた。
楠田は学校での評判の割には、真冬の両親とも仲が良いらしく、楠田に話を通してもらったら簡単に会えることになった。
執事とおぼしき男に案内され、屋敷の奥の部屋に通された。
「ここでしばらくお待ち下さい」
執事の男はそう言うと部屋から出て行った。
数分後、部屋に1人の男が入ってきた。
断は立ち上がり、おじぎをした。
「初めまして、真冬の父、由蔵です」
「探偵の斬谷です」
断は由蔵と握手し、イスに座った。
「楠田君から聞きましたよ、凄腕の探偵だとか」
由蔵が身を乗り出してきた。
「いえいえ、私はしがない探偵の1人ですよ」
断は薄く笑った。こういった細かい演技は断の得意技だ。
(娘が誘拐されているのに、ずいぶん落ち着いているんだな)
一瞬でそう読み取ることも忘れなかったが。
「能ある鷹は爪を隠す。能力がある人ほど謙遜が上手いですな」
由蔵はハハハと笑った。
断も笑い返しながら、確信した。
この男は何か隠している。