ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 処刑人斬谷断 第22話更新!! 参照400突破 ( No.46 )
- 日時: 2011/03/10 22:15
- 名前: いち ◆ovUOluMwX2 (ID: PmZsycN0)
第23話 「遠い日の約束」
断と薬師寺が奔走している頃、斬谷探偵事務所で夢見と紀伊は坂下明菜の看病をしていた。
「具合はどうですか?」
夢見が心配そうに明菜の顔を覗き込む。
「……大丈夫です」
明菜は笑顔で答えたが、どことなく表情は暗い。
「大丈夫じゃないでしょう」
突然やってきた紀伊がイスを明菜のベッドの前に置き、そこに座った。
「………え?」
明菜は目を丸くしている。
「あなたは嘘をついている。本当は大丈夫なんかじゃないでしょう」
「ちょ、蜻蛉、いきなり何を……」
夢見が慌てて紀伊をとめようとしたが、明菜がいいんです、と制した。
「……どうして、そう思うんですか?」
「こう見えても、俺は人の嘘を見抜くのが得意なんです。おれ自身が嘘つきですから……それで、何が気になるんですか?」
明菜はゆっくりと息を吸い込むと、紀伊をまっすぐに見つめた。
「薬師寺先輩のことが心配です」
紀伊は小さくため息をついた。
「そうでしたか、大学時代の先輩でしたっけ?」
明菜はうなずいた。
「はい。先輩は、私の命の恩人なんです」
「恩人?」
「ええ、昔、ネオCO2爆弾を開発しているときに、私の不手際で改良済みのCO2が流出してしまったんです。そのときにその場で中和剤を作り、救ってくれたのが薬師寺先輩だったんです」
「覚えておいて、明菜。科学って便利だけど、それは危険でもあるの」
5年前、薬師寺は明菜にそう言った。
明菜は泣きじゃくりながら首を縦に振った。
「私達は人の命を簡単に奪える。だからこそ、誰よりも命を大切にしないといけないの。誰かを守るために、誰かを助けるために科学はある」
「………誰かの、ため?」
明菜が小さくつぶやいた。
「そう、私達は決して自分の為だけに科学を使ってはいけない。ましてや、誰かを傷つけるために使ってはいけない。ただそれだけを、覚えておいてくれればいいから」
そういって、薬師寺は明菜を優しく抱きしめた。
「もうこの研究はやめましょう。もうこんなことに何の意味もない」
「…………はい」
薬師寺は体を離すと、左手の小指を差し出した。
「約束。これからは、誰かの為に科学を使う科学者になること」
「はい、約束です」
明菜は右手の小指を差し出し、誓いを立てた—
「—なのに私は、先輩と約束を破った。ホント、どうしようもない科学者です」
自嘲気味に、明菜は笑った。
「しかもまた、先輩を危険な目に合わせて、自分だけっ……」
悲しすぎる笑顔は、次の瞬間には泣き顔に変わっていた。
夢見にも、紀伊にも、声をかけることはできなかった。
慰めこそが彼女に対する最大の罵倒と知っていたから。
「一刀流—影舞」
見張りの男を一瞬で斬り捨て、断は倉庫の壁を駆け上った。
そのまま屋根によじ登り、刀で小さく穴を開けた。
音を立てないように、穴から内部の様子をのぞき見る。
やはり、相当の人数が総理大臣の見張りについている。
総理大臣は、イスに手錠で縛られていた。
(あれなら一瞬で斬れる。あとはタイミングを—)
その時、男達の動きが慌しくなった。
急に携帯で連絡を取り始め、数秒後に舌打ちして電話を切っている。
(……そうか、薬師寺が爆弾を)
タイミングをうかがっている訳にも行かなくなった。
断は一瞬で決め、そして動き出す。
刀の鞘を、地面に放り投げる。
カランカランと音が鳴り、男達は一瞬外に気が取られた。
断に必要だったのは、その一瞬。
男達が屋根から不審な音が聞えたと気付いたときには、すでに断は倉庫の床に降り立っていた。
「貴様—」
男の1人が叫ぶ前に、断はその男を斬り捨てる。
「ちっ! 奴を殺せ!!」
男達が銃を構える頃、断は総理大臣のイスに到着する。
「撃て!!」
男達が引き金に手をかける頃、断は総理の手錠を斬り、救出に成功する。
そして男達が発砲する頃には、すでに2人の姿はそこになかった。
「一刀流—風曝し」
風のごとき流麗さで、男達の間を駆け抜ける。
そして侵入してから5秒後、断は総理大臣を連れて外に脱出した。
すぐさまボートのエンジンをかける。
「おい、君—」
ようやく事態を把握した総理大臣がボートに乗ろうとするが、断はそれを止めた。
「総理、もう少し待っててください」
断は総理大臣とともに物陰に隠れる。
やがて男達が倉庫から出てきた。
「ボートで逃げたぞ!」
「追え! 逃がすな!!」
男達は全員ボートを追って行ってしまった。
断はニヤリと笑うと、物陰から這い出た。
「総理、港の入り口にタクシーを呼びました。さあ、行ってください」
総理大臣は呆けたような顔になっていたが、事態を考慮して、足早に断の下を去った。
「さて—」
断が携帯を取り出した瞬間、着信の音楽が流れる。
発信者は薬師寺命。
断は小さく息を吸い込み、電話に出た。
2回目のコールで断は電話に出た。
『爆弾は?』
「起爆まであと3分。でもどの線を切ればいいかわからない」
『ちょっと待て』
20秒ほどで、思わぬ人物の声が聞えた。
『薬師寺先輩?』
「明菜!?」
薬師寺は驚愕の声を上げた。
『時間がないんですよね。解除はどれくらい進みましたか?』
「最後に2本まで。赤と青が残ってる」
『それはどっちもニセモノです。紫の線を探してください』
「紫?」
「起爆まであと1分30秒」
風間が耳打ちする。
『先輩が好きな色です』
薬師寺は苦笑した。
「そういうこと」
薬師寺は赤と青の線を脇にずらし、細かい部品に見せかけた蓋を外す。
中を見た瞬間、薬師寺の表情が曇った。
「紫が2本ある」
『え!?』
明菜も予想外だったらしく、言葉をつまらせた。
「赤か青かじゃなくて、右か左」
「あと45秒」
風間がつぶやく。
『先輩………!』
「大丈夫」
薬師寺は右手でカッターを握る。
誰かを守る。その強い意志が薬師寺の集中力を極限まで高める。
誰も傷つけたくないから、泣くところをみたくないから。
「あと10秒—」
1秒ずつ、決断のときは迫る。
「6秒—」
薬師寺は未だに動かない。
「1秒—!!」
そして、薬師寺は左の線を切った—