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- Re: 処刑人斬谷断 第23話更新!! 参照400突破 ( No.47 )
- 日時: 2011/03/25 21:09
- 名前: いち ◆ovUOluMwX2 (ID: PmZsycN0)
第24話 「日が当たる場所」
とあるホテルの一室—
「今頃怒ってるんでしょうね………彼らは」
わずかに啜ったコーヒーを置き、アダムは妖しい色を放つ液晶画面に向かって苦笑いを向けた。
『それは、私が悪いのですか?』
画面に映っているフードをかぶった女がこともなげに言った。
「ふふ、あなたが仕掛けた茶番でしょう?」
アダムは仮面の奥の暗い瞳をフードの女に向ける。
『茶番とは心外ですね。テストと言ってもらいたいです』
わずかに憤慨の色を込めて、フードの女が答えた。
「だがそのテストで、あなたは国家の一大危機を演出した。政府側の人間でありながら。ますます私の立場も悪くなるのでほどほどにしてもらいたいですね」
『あなたを煙たがる人間など、全て私の手で排除します。そもそも、あなたがあの腐った政府に付き従う理由が分かりません』
アダムは自分に向けられたどす黒い「愛」を感じながら、笑った。
「私のやることには全て意味があります。そしてあなたがやることにも………どうでしたか、あなたの眼から見た彼の感想は?」
女は少し考えた後、口を開いた。
『斬谷断……あの男は必ず私達の障害となるでしょう。有能かつ、危険な男です』
「そうですか—」
アダムは満足そうに笑みを浮かべた。
『? 何がおかしいのですか?』
「いえ……これからもっともっと面白いことになりそうです。ますますあなたの協力は欠かせませんね、イヴ?」
『…………』
イヴと呼ばれた女は何も答えることなく、目の前にある斬谷断の写真に火をつけた。
「絶っっっっっ対許さないわ、あの男!!」
薬師寺命が大きすぎる独り言を叫びながら、例によって妖しい色の薬品を調合している。
「もう3日間あんなんだぜ……どんだけ頭に来てんだよ」
紀伊が呆れたようにつぶやいた。
「まあ、命は今回いつになく必死だったから……」
夢見が哀れむような視線を薬師寺に向ける。
「本当に、申し訳ないです…」
依頼人の坂下明菜は、がっくりと肩を落としている。
「いーえ、違うわよ明菜!!」
薬師寺が振り向いた。
「え?」
「今回の事件は全部、あのアダムとか言うアホ仮面の仕業よ! いつか必ず私の新薬の実験台にしてやるわ……!!」
どう見ても爆発寸前のフラスコを睨みながら、薬師寺は怒りを隠そうおもしない。
常に冷静を保つ彼女にしては珍しい反応である。
「………確かに、とんだ茶番だったな…」
断が、ため息をついた。
一連の事件の鍵となっていたネオCO2爆弾はただのニセモノだった。
結果としては、断たちはありもしない国家危機に振り回され、とことんまで遊ばれた形になったのである。
今回ほとんど動かなかった夢見と紀伊は今回の結末を大笑いしたが、実際とんでもない苦労をした断と薬師寺にとっては、なんとも後味の悪い事件となった。
(だが、警察を完全に騙す情報操作能力、総理大臣誘拐の鮮やかな手口……これが奴らの実力か)
断は心の中で、改めてアダムの恐ろしさを噛みしめた。
「でも—」
不意に、薬師寺が小さくつぶやく。
その声に気付いた断と明菜が、薬師寺の方を向く。
「誰も傷つかなかった」
普段めったに聞けない、薬師寺の小さな本音は、2人の心に暖かく染み渡る。
程なく明菜のケガは完治し、療養の間住んでいた斬谷探偵事務所を去ることになった。
「本当に、ありがとうございました」
玄関で、明菜が深々と頭を下げる。
「何か困ったらまた来てね。歓迎するから」
薬師寺がどこか寂しそうな笑顔で言った。
「はい、ぜひ!」
明菜も笑顔で答える。
そのまましばらく、無言のときが流れる。
沈黙を破ったのは、明菜だった。
「……じゃあ、行きます」
「うん…気をつけて」
明菜はカバンを背負いなおすと、クルリと体の向きを変えた。
そのまま歩き出そうとしたが—
「明菜」
薬師寺が声をかけた。
「何ですか?」
「……まだ科学者を続ける?」
明菜は少し考え込んだ後、最高の笑顔を薬師寺に向けた。
「もちろんです!」
「………そう…」
薬師寺は小さく笑みを作った。
「じゃあ……さようなら」
明菜は今度こそ、歩き出し、何度も薬師寺の方を振り返りながら去っていった。
「……あら、覗き見の趣味があったの、斬谷君?」
「探偵だからな」
いつまでも玄関に座り込んでいる薬師寺の横に、断も座り込む。
「ねえ、斬谷君」
「ん?」
「科学者って…世界に数多くの進歩を届けてきた。でもその多くが、誰が導いたものなのか分からないものなの。それって、いいことなのかな?」
断は少し考えた後、答えた。
「さあ……よく分からないな」
「…もう、素っ気ないのね」
「ただ」
「?」
「俺は、今までお前がたくさん俺達を助けてくれたことは知っている。紛れもなく、お前は最高の科学者だと俺は思う」
薬師寺は驚いたような顔をしたが、すぐにいつもどおりの、何を考えているか分からない笑顔に戻った。
「…見てくれてる人がいるって、なかなかいいものね」
「ああ、そうだな……」
断は薬師寺の頬につたう涙に気付きながら、ただ黙って空を見上げていた。
夜空に輝く月が、優しく2人を照らしていた。
Case4 —END—