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- Re: 処刑人斬谷断 第24話更新!! 参照500突破 ( No.48 )
- 日時: 2011/03/26 13:03
- 名前: いち ◆ovUOluMwX2 (ID: PmZsycN0)
第25話 「衝撃の事件」
3月のとある日—
「さむーい!!」
夢見黒夢が、本日数十回は言っているセリフをまた言った。
「うっせーな…少しは黙ってられねえのかよ」
紀伊蜻蛉がうざったそうに顔をしかめた。
「でも確かに、このところ暖かい日が続いてたからねぇ…」
薬師寺命は、相変わらず妖しい色の薬品を調合しながらため息をついた。
「ねえ、斬谷君?」
薬師寺が断の方を向き、同意を求めた。
「あ、ああ………そうだな」
断はいつもより元気のない調子で答えた。
「? どうした? 具合が悪いのか?」
紀伊が断の様子に気付いて声をかけるが、断はボーッとしたまま、返事を返さない。
「おーい……どうしたの、断?」
夢見が目の前まで近づいても、断はまともに反応しない。
「ん……ああ……大丈夫だ」
(大丈夫に見えないんですけど!?)
助手達は一斉に心の中でツッコんだ。
心配そうな顔をしている3人をよそに、断はフラフラと立ち上がった。
「ちょっと睡眠が足りないかもしれない……寝てくる」
断は酔っ払いのような足取りで扉に向かって歩いていく。
「ちょ、ちょっと…大丈夫?」
薬師寺が実験の手を休めて立ち上がるが、断は大丈夫と手を振る。
「きっと……あれだ…疲れが…疲れが…疲れが…た、まっ…」
ついに、断は床にどさりと倒れた。
「だ、断ー!?」
斬谷探偵事務所始まって以来の衝撃の事件が勃発した。
「命……どうなの?」
苦しそうにうなっている断を見ながら、夢見は薬師寺に尋ねた。
「……高熱が出てて、関節も痛むみたいだし…吐き気もある。間違いなく、インフルエンザね」
薬師寺は淡々と答えた。
「イ、インフルエンザぁ!?」
紀伊が本気で驚いた顔をした。
「……自分でも言ってたけど、断は疲れが溜まってるのよ。いい機会だから、ゆっくり休ませたほうがいいわね」
薬師寺ははあ、とため息をつく。
「2年間、風邪も引かなかったのにね」
夢見は心配そうに断を見やる。
「ああ、いつもなら率先して俺達の面倒見てくれたから、こういうのイマイチ実感がわかないっつーか…まあ、信じられないよな」
部屋の中を暗い空気が包み込む。
と、その時、玄関のチャイムが鳴った。
「げ、こんな時に?」
紀伊が露骨に嫌そうな顔をした。
「……一応、話だけでも聞いたほうがいいんじゃない?」
紀伊ほどではないが、夢見も微妙な表情で建前を口にする。
「じゃあ、断を見てて」
薬師寺は薬を置いて玄関に向かった。
「はい…」
扉を開けると、スーツを着た初老の男が礼をした。
「初めまして、私は外務大臣の樋上(ひがみ)と申します。ここは斬谷探偵事務所で間違いないですかな?」
「なっ……樋上外務大臣…!? …ええ、そうですが」
予想だにしなかった大物の登場に薬師寺は硬直した。
「実は、極秘の依頼を受けてもらいたいんですよ。斬谷さんは、先日の総理誘拐事件を解決した凄腕の探偵と聞きましたので…」
(ああ、あの事件で…)
薬師寺は外務大臣などという大物が来た理由をようやく理解した。
今より2週間ほど前、断と薬師寺は政府に属する謎の男、アダムの仕掛けたテロ事件に巻き込まれた。
その際、誘拐された総理大臣を救ったのが断だった。
特に伏せられた情報でもなかったので、政府内には斬谷断の名前が一気に知れ渡ることになったのだ。
樋上はその噂を聞きつけてここにやってきたのだろう、と薬師寺は推測した。
「そうですか、まあ立ち話もなんですから、中へどうぞ」
「すみません」
ともかく、人物が人物なので玄関先で追い払うわけにもいかず、薬師寺はとりあえず応接室まで樋上を通した。
「少々お待ち下さい」
薬師寺は作り笑いをしながら応接室から出て行った。
早足で断が寝ている部屋に入る。
「誰だった?」
紀伊がタオルを取り替えながら聞いてきた。
「大物よ。外務大臣の樋上一郎」
「…何っ!?」
思わず紀伊は手を止めた。
「? 外務大臣…?」
夢見は首をかしげている。
「とにかく、普通の依頼人なら玄関先で追い返せたけど、この依頼人に限ってはそうもいかないのよ」
薬師寺が分かりやすく解説した。
「……どうする?」
紀伊が薬師寺と夢見の顔を見比べるが、どちらも対応を決めかねている様子だ。
「こ…とわれ…」
不意に、断が話し出した。
「ちょっと断、安静にしてなきゃ…」
薬師寺の制止も聞かず、断は体を起こした。
「俺が……いな、きゃ…だめ、だろ……いいから…追い、返せ…」
途切れ途切れの言葉を必死に伝えようとする断の姿に、3人の顔つきが変わった。
「……夢見ちゃん、紀伊君、分かってるわね…」
「もちろん」
「当然」
「………?」
断は眉をひそめた。
「断、よく聞いて」
薬師寺が代表して断の方を向いた。
「…なん、だ…?」
「依頼を受けるわ。私達だけで」
「……!! 無茶だ……!」
断は目の色を変えて反論したが、3人の決意は揺らがなかった。
「私達はなんだかんだで斬谷君に頼りっぱなしだった。だから、たまには私達が頼られるようにらなきゃ」
「………だ、だが…」
「心配しないで。必ず成功させるから」
薬師寺は力強く言い切った。
断は何か言いたそうに口を動かしかけたが、うなずきながら、再びベッドに潜り込んだ。
「任せたぞ……」
小さく一言、言い置いて。
応接室に3人が同時に入った。
その並々ならぬ気迫に樋上はたじろいだ。
「や、やけに気合が入っていますな…」
「樋上大臣。斬谷は一身上の都合で今は動けない状態です。ですから代わりに、私達が依頼を受けます」
薬師寺が有無を言わせない迫力できっぱりと言った。
「は、はあ………」
「内容をお話下さい」
樋上はカバンの中からクリアファイルを取り出した。
「実は私の家族を探してもらいたいのです」
「ご家族を……?」
「ええ、これが写真です」
3人が同時に写真を除きこむ。そして同時に
『は?』
と声を上げた。
それもそのはず、写真に写っていたのは、どうみても柴犬だったからだ。