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Re: 処刑人斬谷断 第25話更新!! 参照500突破 ( No.51 )
日時: 2011/04/02 08:45
名前: いち ◆ovUOluMwX2 (ID: PmZsycN0)

第26話 「前代未聞の依頼」

「あの………これはどう見ても柴犬ですよね……?」

薬師寺が戸惑いながら答えた。

「ええ、柴犬です。名前はマリリンです」

依頼人、樋上外務大臣は平然と答えた。

(マリリンて……)

(見た目は完璧ハチ公だよね)

紀伊と夢見がこそこそと話し合う。

樋上は3人の表情を気にも留めず説明を続けた。

「実は、マリリンが3日前家から消えてしまいまして。帰ってこないんですよ」

「はあ………」

「マリリンは普段から家の警備をすり抜けて外出する事が多々あったんですが、3日も帰らないのは初めてです。もう、心配で心配で…」

樋上はああ、と頭を抱えた。

「なるほど……ということは、その柴犬…マリリンを捜索してほしい、ということですね?」

薬師寺が感情を消し去った声で確認を取る。

「ええ、報酬は3億払います」

「さんお………」

3人は絶句した。

素早くアイコンタクトを交わす。

(この依頼、外せねええええええええ!)

「お任せ下さい、必ずマリリンは私達が探し出します」

薬師寺が先程とは打って変わって、凛々しい表情になって言い切った。

「引き受けてくださいますか! ありがとうございます!!」

樋上は地面にこすりつけようかという勢いで頭を下げた。

「ええ、なんたってさんお……ぶべっ!!」

禁句を発しそうになった夢見を殴り飛ばし、薬師寺がニッコリと営業スマイルを作った。

「ええ、なんたって外務大臣じきじきの依頼ですから」

こうして、斬谷探偵事務所始まって以来の、珍事件が始まったのである。













「さて、ここからいなくなったのね」

3人は軽井沢にある樋上の別荘に来ていた。

樋上の愛犬マリリンは、「東京は空気が悪いから」という主人の鶴の一声のもと、2年前から軽井沢の別荘に移されたのだという。

「しっかし、こんなとこから抜け出すか…」

目の前にそびえ立つ豪邸を見ながら、紀伊がため息をついた。

別荘とはいえ、その豪華さは一般住宅の比ではない。

まるで中世の城のイメージさせる邸宅もさることながら、隅々まで手入れが行き届いている花壇、そして到底よじ登れそうもない門。

おまけに敷地の中にはざっと見ただけで警備員が10人近くいる。

まさに「お金持ち」の家そのものだった。

「こんなの、人間だって抜け出せないって」

夢見も別荘を見て呆れた声で言った。

「さて……どうやって探そうか」

薬師寺が頭に手を当てて考え始めた。

ただ一口に探すといっても、捜索範囲はうかつにしぼれない。

脱走したのが3日前で、その上厳重警備を抜け出したスパイのような犬である。

「よく考えてみれば…途方もない話だよな……」

「うん、3億に釣られちゃったけど、大変だよね」

3人はその場でうーんと考え込む。

少ししてから、夢見が口を開いた。

「とにかくさ……聞き込みしない? 誰か見てる人がいるかも」

「確かに………それしかないな」

いつもは何かと合わない紀伊だが、今回は素直にうなずいた。

「じゃ、行きましょ」

3人は、とりあえず、向かいの家からチャイムを押した。











情報は思ったよりも集まった。

と、いうより、すでに事件は90パーセント解決したと言っても良い。

樋上の愛犬、マリリンが見つかったのだ。

何のことはない。近くにいた住民がうろついているマリリンを見かけて保護しただけのことだった。

「いやー……あっけなかったわね」

夢見が苦笑いしながらつぶやいた。

紀伊も呆れ顔でうなずく。

「まあ、いいわ。早く届けて終わりにしましょう」

薬師寺が住民に事情を話し、無事にマリリンを引き取ると、3人はもと来た道を戻り始めた。

マリリンは薬師寺に引かれるがままにおとなしく着いてきている。

「こいつがマリリンか……」

紀伊が興味深そうにマリリンの顔を覗き込む。

「カワイイけど………なんか首輪がミスマッチだね」

夢見がマリリンについているやたらゴツゴツした首輪を触りながら言った。

「何にしても、斬谷君が出るまでもない事件で—」

薬師寺がそういいかけた瞬間、








「それはどうでしょうかね?」








「………!?」

突然後ろから声がして、3人は一斉に振り向いた。

声の主は、スーツ姿にド派手な仮面の男—

「アダム………!!」

(しまった、武器は持ってきてない…!)

薬師寺は心の中で小さくした打ちした。

「まあまあ、そう殺気を放たれては平和的な話になりません」

アダムは大げさに肩をすくめた。

「平和的な話だと…?」

紀伊がコートのポケットに手を入れる。

彼は常に武器を持ち歩く習慣を身につけている。

この日も銃を一丁隠し持っていた。

「ふふふ、紀伊蜻蛉さん。今回は銃は抜きでお願いします」

「………」

紀伊は黙ってポケットから手を出した。

「さて、私の用件ですが、マリリンを引き渡していただきたい」

「誰がやるか!!」

すかさず夢見が反応する。

「おやおや、ずいぶん乱暴ですねえ。夢見黒夢さん? 見た目はかわいらしいのに、もったいない」

「うっさい、黙れ!!」

夢見は今にも飛び掛りそうな勢いで噛み付く。

「マリリンが欲しい理由は何?」

薬師寺が一歩前に出て言った。

「それは秘密です、薬師寺命さん。説明したところで、あなた方の手には負えない」

アダムはあくまでも静かに答える。

「そう、じゃあ渡せないわね。もう言いたいことがないなら、行かせて貰うわ」

薬師寺がマリリンを連れて先に歩き出す。紀伊と夢見も続いて歩き出した。

「そういうわけにもいかないんです」

アダムがため息をついた次の瞬間—

「……!?」

「な、何……?」

3人の体が全く動かなくなった。

まるで金縛りにでもなったかのように、ピクリとも動かない。

「マリリンは頂いていきますよ。なに、彼女の首輪に用があるだけですから。終わったらすぐに返します」

アダムは薬師寺からリードを奪うと、悠然とマリリンを連れて去っていった。






3人はその様子をなす術もなくただ見つめていた—