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- Re: 処刑人斬谷断 第31話更新!! 企画募集開始!! ( No.64 )
- 日時: 2011/05/05 21:50
- 名前: いち ◆ovUOluMwX2 (ID: PmZsycN0)
第32話 「よくやった」
「………ふむ。思ったほどのケガではありませんでしたか」
全身ずぶぬれのまま、乗ってきた車の中でアダムは安堵のため息をついた。
「作戦は失敗に終わりましたね、アダム」
助手席に座っている少女が無感情な声でつぶやく。
「ええ、これまでにない失敗ですよ、イヴ」
アダムは自嘲気味に笑った。
イヴはそんなアダムをじっと見つめる。
「………SDカードも流されて、おまけに政府の頭の固い老人を怒らせてしまったでしょう。此度の失敗、大きくこたえますかね、イヴ?」
「……で、しょうね。計画を早める必要があります………それにしても、斬谷断の助手達だけにあなたがしてやられるとは以外でした」
イヴは機械がしゃべるような口調で言葉をつむぐ。
「言い訳をするつもりはありませんが、頃合だったのでは? もう間接的に斬谷断にちょっかいをかける必要は無いでしょう? すでに彼は我々が陰謀の中心であることに気付いています」
アダムはイヴの口調に、彼にしか分からないほんの小さな苛立ちが含まれていることに気付きながら、あくまでも冷静に話を進めた。
「であれば、最早政府と協力する必要はありませんね。斬谷断たちが政府こそが本当の黒幕と思ってもらっているからこその、彼らとの条約だったのですから」
イヴは起きた事実に全く動揺することなく、淡々と話し続ける。
「離反、ですか。政府を味方につければ色々と楽をする事が出来たのですが…」
「彼らの協力はすでに無用です。準備は着々と整っています」
イヴは素早く反論した。
「そう、ですか。では戻るとしましょうか。懐かしき『我が家』へと」
「……あなたが政府に固執するのも分かりますが、このままでは彼らにいいように使われるだけです。それでは意味がないのです」
「……今日はずいぶんと押しが強いですね、イヴ。それほどまでに私が政府と仲良くするのが気に入りませんでしたか?」
「そうではありません。私が最も嫌うのは、大命が失敗に終わること。そしてあなたが大命の遂行者たる自覚と誇りを失うことです」
イヴは無感情に、しかし強い意思がはっきりと伝わる声で、きっぱりと言った。
アダムはしばらく黙っていたが、やがてイヴの頭の上にポンと手を置いた。
「私は大命を忘れたことなどありませんよ。この心は常に、あなたと共にあります。何故なら、我々はメシア—救世主なのですから」
「なるほど、ではSDカードは何処へと流されてしまったのですね」
「ええ、まあそうです。申し訳ありませんでした」
薬師寺が、外務大臣樋上に向かって小さく頭を下げた。
「いえいえ、あなた方のおかげで混乱は最小限に抑えられました。さすがは名探偵の助手だ。素晴らしい働きでしたよ」
樋上はニコリと笑った。
「はあ……どうも」
3人とも、こうやって真正面から褒められる経験はないので、次々と降りかかる賛辞の言葉にただただ頭をかくばかりだ。
「つきましては、約束の報酬3億円。しっかりと払わせていただきます」
樋上はポケットから小切手を取り出すと、サラサラと9桁の数字を書き込んでいった。
その様子を、まるで赤ん坊の出産のように3人は見つめた。
渡された小切手は、薬師寺が丁寧に受け取った。
「では、私は事後処理が忙しいので失礼します。知り合いにも、困ったらここを頼るように言っておきましょう」
「はあ…ありがとうございます」
呆然としている3人をよそに、樋上は颯爽と斬谷探偵事務所を後にした。
と、なると。3人は恒例の争いを始める。
「やっぱり私が2億で、紀伊君と夢見ちゃんで5000万ずつよね〜」
「はあ!? 全額私でしょ!? 私一番働いたし!!」
「おいおい、お前ら。一番はこの俺だろ? 全く、俺の脚引っ張りまくったくせに………」
3人の頭の中には、1人1億という考えは浮かばないらしく、生々しい争いはヒートアップする。
(やれやれ…………)
その様子をため息をつきながら見ていたのは、すっかり体調がよくなった斬谷断である。
3人は断が部屋の中に入ってきても、醜い争奪戦を繰り広げている。
断は苦笑しながら、わざとらしく咳払いをした。
『はっ!?』
3人の動きが一斉に止まる。
「相変わらすだな3人とも。みっともないぞ」
3人はバツの悪そうな顔になる。
「…………ジョーカーから話は聞いた。大変だったそうだな」
「ええ、そりゃあもう」
代表して薬師寺が3人の思いを代弁した。
「アダムも出し抜いたんだってな………すごいじゃないか」
断に褒められ、3人はいやあ、とニヤけた顔になった。
「本当に……よくやった。ありがとな」
口の端を吊り上げ、断は優しい笑みを助手3人に送った。
3人も、つられるように笑顔になった。
しばしの無言の時間を経て、断は立ち上がった。
「さて………それじゃ」
そして机の上にあった小切手をひょいと取る。
『え?』
その瞬間、3人の表情が固まる。
「こいつはジョーカーの報酬に回す。悪いな」
それだけ言って、断はきびすを返した。
『いやいやいやいやいやいやいや』
3人は一斉にツッコミを入れた。
「ん? 何か問題でも?」
「問題しかないわね。その金全部ジョーカーに渡すの?」
薬師寺が食って掛かる。
「ああ、そうだな」
意に介さず、といった風に断が答えた。
「マジで?」
夢見も半信半疑の表情で問う。
「マジだ」
断は至ってマジメな顔で答える。
「嘘とかじゃ?」
紀伊までも血走った目で断に詰め寄る。
「本当だ。ジョーカーが仕事する条件は報酬丸々渡すことだからな。しかも最低1億以上だ」
『………………』
あまりのことに、3人は唖然とする。
「じゃ、そういうことだ。残念ながらお前らのご褒美はお預けだな」
断は小切手をひらひらと振りながら部屋を後にした。
その様子を見送った後、3人は肩を落とし、同時につぶやいた。
『そんなのないっしょ………』