ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

【第参話】黒蝶は忘却に死す  @1 ( No.15 )
日時: 2010/12/26 21:36
名前: 氷兎 (ID: 8hgpVngW)


あの日は、『緋蜘蛛』のボスの言葉をご丁寧に笑顔で断った後、暫し藤くんと向き合ってから『蝶羅』へと帰っていった。

帰り道に、色々とその日の事を思い返して、頭を痛くしてた。
藤くんの事で、わたしの中に疑問が生まれたから。
藤くんの態度がわたしを知ってる人って感じで、少し不思議だった。

時々見せたわたしを愛おしそうに見る瞳とか、逆にわたしを見て愕然とした感じとか。
表情は変わんないけど、オーラというか、雰囲気が凄いコロコロ変わっていた。
そういう意味では表情が豊かな人だと思った。

「見下すは、地の星……」

何となく、頭に思い浮かんだフレーズを口にしてみる。
夜を歩くのが、こんなにも普通で、空虚で、悲しい事など無かったのに。
何だろう、嫌な予感がする。

わたしは歩く速度を速めるが、走ろうとはしなかった。
走っている間にも、今日の事が頭から離れなかった。
今日の事で、もう一つ分からない事がある。

何だっけ、何か天使みたいな名前の正企業の奴等を倒した時、んん??倒したん、だっけ。
そんな具合に、覚えてない。藤くんと一緒に行って、「女連れ!!」とか言われたのは覚えてる。
なのに、戦闘の記憶が無い。気付いたら辺りに屍みたいな。
それっぽく振舞ってはみたけれど、やはり何処かおかしいと思っていた。

「……っ、依里弥姉……!!」

『蝶羅』の少し手前の壁に凭れかかっていた永夢がわたしの所に駆けてくる。
焦った様子に釣られてわたしも焦りの色を浮かべる。

「あの……っ、ボスが、いなくなってて……っ」
「……っ、ボスだって子供じゃないんだからさ、そりゃ、帰らない事だってあるんじゃない??」
「違くて……、あの、ボスが、女の人と、何処かにいってるとこ見掛けて、それで……っ」

酷く焦っていて言葉も途切れ途切れ。
わたしは永夢の頭に軽く手を置く。

「取り敢えず、大変なのは理解した」

永夢の顔は青ざめたまま、わたしの膝元にへたり込む。
永夢も、わたしが拾ってきたとはいえわたしを差し置いて隼音さんが好きなの見え見えだし。

わたしは帯に差していた真剣を永夢の前に放って、踵を返す。

「んじゃー、行ってくるよ。帰ってくるまで中に入ってなー」
「依里弥姉……っ?!」

わたしは一度も振り向かず『蝶羅』を後にする。
大丈夫、大丈夫だ、隼音さんは死んだりなんか、消えたりなんかしてない。
わたしは夜の街を駆け出す。
イルミネーションやらなんやらが邪魔をして、うまく先が見えない。

見知らぬ人にぶつかって、「すいません」と謝る。ぶつかった人の顔を見ると、その人は血相を変え、わたしの元を一刻も早く去ろうとする。

「……李庵さん??」
「……っ」

李庵さんはわたしから目を逸らし、喋ろうとしない。
李庵さんはわたしの友達、というか知り合いの方が近いかもしれない。
情報屋を営んでいて、何度かお世話になっている。
高校生みたいな容姿のくせに29歳という三十路間近の女性。
この人は平安時代にでも生まれてきたんじゃないかってくらいの着物の厚さ。十二単とまではいかないけどそんな感じ。重そう。

「わちきは知りゃせんけんね」
「……隼音さんの事、何か知ってるんですか??」

李庵さんは唇を噛締め、わたしを突き飛ばす。
うまくバランスが取れなくて、そのまま地面に転倒する。

「……教えてっ、隼音さんの事何か知ってるならっ」
「知りゃせんって言った」
「教えて」

真っ直ぐな目をして言ってみる。
涙が一粒零れ落ちて、そこから歯止めが利かなくなり、筋となって頬を伝い流れ落ちる。

「隼音は死んじまったのさ……」