ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

【第参話】黒蝶は忘却に死す  @3 ( No.19 )
日時: 2010/12/26 21:38
名前: 氷兎 (ID: 8hgpVngW)




目を覚ました時にわたしが居たのは『蝶羅』の中だった。
頭が凄くぼーっとしてて、何が何だか分からなかった。
隼音さんが死亡したのは『蝶羅』の皆に伝わっているらしい。偉く重い空気に包まれていた。

「本当に、死んだの」

重い空気を最初に打ち破ったのはわたしだった。
皆がわたしの方を見て、目を丸くしている。今更その事実を掘り返すのかと、呆れたんだろう。
でもわたしの声はいつもと変化は無く、ただ淡々と告げるのみだった。

「……辛かったな、依里弥」「そんな事はない」

声を発したのはいつも隼音さんと酒を飲み交わしているオッサン、もといディアス。
ディアスはわたしが発した言葉に眉を顰め、怪訝そうにしている。

「そんな事、無い」

不思議と、心は軽かった。
自分でももっと泣き叫んだり喚いたり暴走したりするかと思ってたのに。
何故か、記憶の一部が削り取られてる感覚で。
隼音さんの事は覚えているのに、思い出の中の隼音さんの居た場所のみが黒く塗り潰されたような。

「依里弥姉……すみません、でした」
「何で永夢が謝るの」

抑揚の無い声になってしまう。
どうしても、何をしても彼等を励ます言葉なんて出てこなかった。
わたしが出来るのは、ただ彼等を見る事だけであって、それ以上は認められなかった。

「永夢」
「はい……??」
「探してた人、見つかった??」
「あ、ああ……はい」

すると永夢はおもむろに自分のポケットの中を探り出す。
やっとお目当ての物を見つけたのか、焦りながらそれを渡す。

「ん、どうも」

わたしは貰った紙を一瞬だけ拝見し、立ち上がる。
怯えたり泣いたりしているチビ共の頭を一通り撫で、わたしは扉を開ける。
皆から引き止められたが、何も聞こえなかったフリをして『蝶羅』を発った。

「……ごめん、ね……」

消えそうな声は何処にも届かずただ空気と同化し、溶けていく。
今までの事全て水に流してわたしは前に進もう。
彼に会いに行けば、何かが変わるかもしれないから。

わたしにはこれしか出来ないから。
忘却に身を堕とし、黒蝶は死した。
闇より出で来た蝶は漆黒となり消え逝く。

「わたしはもう蝶でなく、ただの醜い蛾と化した」

そこに以前の彼女の面影は消え失せ、彼女は誓う。
もう二度とここに、『蝶羅』に戻るまいと。

わたしは光に満ち溢れた街を歩く。
とあるお店を求めて。
まだ隼音を失った悲しみは癒えてはいなく、心の奥底では自分と自分が葛藤している。

「ありゃ、うちにお客なんて珍しいんとちゃうかー??」

わたしと同じ様な黒いウサ耳を付けた……訂正。バニーの服を着たキレーなオネーサンに話しかけられた。
勝手にお客と決め付けんな、そう思ったけど目当ての店だったから流す事にした。

「あんさんがあの人の言いよった子やね??」
「うん、多分」

今出来る最高のギゴッとした笑顔を向ける。
最低の笑顔しか、つーか笑顔が出来ない。

「ちょお待っとってな」

そう言ってオネーサンは中に入って大きな声で「あんさんが探しとった子ぉが来たで!!」と叫ぶ。
それから誰かが「わぁーったわぁーった」と返事する声も聞こえる。
お外まで丸聞こえですよ、奥様方。奥様じゃないと思うけど。

「よく来たな、依里弥」
「出来れば来たくは無かったけど」
「顔色が悪い、早く入れ」
「どうも」

わたしは中に入っていった。
明日、『蝶羅』に様子を見に行ってみようかな。
……おっと、さっき誓ったばっかりなのに。

『蝶羅』にサヨウナラを告げよう。





———ばいばい、蝶達よ。