ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

【第五話】黒蝶は消失に溺れる  @1 ( No.41 )
日時: 2010/12/26 21:46
名前: 氷兎 (ID: 8hgpVngW)




目が覚めて一番最初に見たのは、少し疲れているマロくんでした。
辺りを見回すとわたしが今居るのは誰かのお家で、わたしはベッドで寝ている様子です。
お部屋が黒くないし、マロくんのお部屋では無いのだな、うむうむ。
マロくんはベッドの横の緑色の椅子に座っている。
何年ぶり、だろう。わたしも7年前よりはせーちょーしたようですな。
マロくんはわたしのおでこに手を添えている。わたしがマロくんを見たら凄く優しそうな瞳でわたしを見つめ返してくれた。

「いり、や……」

んん、んー??いりや??
何言ってんの、マロくん忘れちゃったの??わたしは、マナだよ。
マロくんの奥を見るとおにーちゃんとおにーちゃんより年下っぽいおねーさんがこっちを見ている。おにーちゃんも大きくなったんだね、としみじみしてみる。
二人とも凄く愛しそうにわたしを見ている。

「いりや??」「誰」「え、」「いりやって、誰。わたしは、マナだよ」

マロくんも、おにーちゃんもおねーさんもわたしを見て愕然としている。おねーさんなんか床にへたり込んでいる。
わたしはマロくんの首に手を回してマロくんに抱きつく。

「おにーちゃんも、マロくんも、何で7年間わたしと一緒に居なかったの??わたし、寝てたの??ねえ、答えてよ、マロくん」
「……マナ、」

マロくんがわたしの名前を呼ぶもんだからちょっと嬉しくなる。
マロくんはわたしを不思議がるように見てくる。何で、わたしを忘れちゃったの。
わたしはいつも、ずーっと、マロくんと居たじゃん。なのに、何で、どうして。

「マ、ナ。んで……っ」

おにーちゃんがわたしの肩をぐっと掴んでくる。
痛い、痛いよ、おにーちゃん痛いよ。でも、これは結構な日常茶飯事だったので慣れっこさっ。…日本語おかしいね。
まあ、毎日と言っても過言では無いほどされていたので全然平気だぜーと受け取ってくれればおっけーです。

「なあ、忘れたのかよっ。こいつっ、胡蝶だよ、お前俺の事だって兄貴って呼んでたじゃんかよっ」
「え、……きおくに無いよ。おにーちゃんはおにーちゃんでしょ」

おねーさんは堪え切れなかったのかそのまま泣いてしまった。
覚えてねーもんは仕方がねーんじゃコルァ。おっと、勢い余って巻き舌になっちゃった。
わたし一人状況が飲み込めて無いようですな。
あれ、そーいえばマロくんって崖に落とされてたよね、何で落とされてたの。

「マロくん、生きてたんだね」
「どういう事」
「そのまんまじゃん」

わたしは首を傾げる。
わたしの目で見たもの、マロくんが落とされるところを。
だから、おにーちゃんが手足縛られた状態からどうやって復帰したのかも知らないよ。
ああ、おにーちゃんは普通に考えて警察に保護されたのか。

「マロくん、崖に落とされたじゃんか」
「……俺、目が覚めた時病院居たけど」
「なにーっ、じゃー何でわたしは此処に居るのだーっ!!普通に考えてマロくんと一緒に決まってるじゃーないですかーっ、わたしとマロくんはらぶらぶなのですからーっ」

勝手にマロくんとのらぶらぶ理論を語ってみました、すみません。
ですがわたしは本当にマロくんが好きなのですっ、目覚めもマロくんと一緒じゃないと許されないのですっ。
マロくんだけ病院で直ぐに目が覚めるなんぞだめなのです。
でも、わたしが妙な薬とか飲まされない限り7年間も眠る事は無いと思うんだけど。
そして、わたしが目覚めた時に発したマロくんの言葉。わたしはちゃんと一字一句覚えてますぞーっ。

「マロくんがわたし以外の女の名前を呼ぶのは許されませんっ」
「え、」
「恍けるんじゃありませんっ、いりやって人の名前呼んだっ」

わたしはマロくんから離れてお説教モ−ドに変身しますっ。
マロくんとわたしは常に、一分一秒を大切にらぶらぶに生きていかねばならないのです。
わたしはおにーちゃんに向き直る。話はおにーちゃんから切り出してくれた。

「もう一度聞く。胡蝶の事は何も覚えてないのか。お前の……『蝶羅』の隼音とか、あのちびっ子……永夢の事とか……」
「……誰も、」

わたしは無い記憶を振り絞って考える。でも、どうしても誰も思い浮かばなくて。
わたしの記憶にインプットされているのはおかーさんとおにーちゃんとおとーさんとマロくんとマロくんを抱えていたあの女の人だけでそれ以上は何も思い浮かばなかった。

「誰も、分かんないっ……分かんない、分かんないよっ!!」

だれも、誰も、ダレモ、分かんない。
思い出せない。わたしはいりやじゃない、マナ、愛、まななんだよ??
聞き覚えのある足音が外から聞こえる。
ジャリジャリ小石を踏む音が聞こえる。

「失礼する」

スーツを着た男が入ってきた。
見覚えがある風貌の男で、わたしの記憶にこびり付いて剥がそうとしても剥がれない、男だ。

「久しぶりだな、マナ」

おとーさん、再び。