ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

【第五話】黒蝶は消失に溺れる  @2 ( No.47 )
日時: 2010/12/27 15:38
名前: 氷兎 (ID: 8hgpVngW)





明日はきっと、雨模様。

おとーさんはわたしの名前を呼んだ後、わたしに近づいてきた。
それを見たおにーちゃんとマロくんがわたしの前に出てきて、戦闘準備をしている。
わたしは胡蝶と呼ばれたおねーさんの近くまで行き、嗚咽を上げて泣くおねーさんをそっと抱きしめ、微笑んだ。
おねーさんは安心したのかわたしの方に身を預け、泣くのを堪えている。

「んだよ、そんなに俺を怒らせてーのかクソ親父」
「お前こそ、あまりわたしを怒らせると解剖して記憶を無くすぞ」

何だろう、この二人は親子だからか同類の(変態の)臭いがするよ。
二つの意味で離れた方がいいね、コレは。

「思い出した。前に倫埜が話してた裏企業『聖天使』の研究員だ。それも、最も優秀とされている、ね」

マロくんがおとーさんをせーてんしとやらの研究員と見受けている。
……そういえば、おとーさんの働いている所は『聖天使』みたいな名前だったなって再自覚。
名前が名前だけに裏企業とは思わない。ちょっと、反則でしょう。

「あれ、おとーさん死んでなかった??死んでた……よね」

わたしは過去を思い返す。過去といってもさっき目覚めたばかりのわたしにとってはちょっとばかり前の事としか思ってないけど。
確か、わたしの記憶を無くそうとした時に。


          #


一度記憶が無くなった時は、わたしがおとーさんをおとーさんでは無く、主と呼んだ時だった。
おとーさんは記憶がまっさらな状態でも、

「気に入らない」

と吐き捨てていた。
まっさらな状態なのに、一体何が気に入らないのか、どうしたら気に入るのかが良く分からなかった。
兎に角、その時は「主に一生仕える」という使命感があって、ひどく困惑していたような気がする。
主がもう一度、わたしを装置の中に放り込んでいた。
視界がぼやけてて、装置がどんな形状だったのか、どんな色をしていたのかさえ分からなかった。


二度目に記憶が無くなった時は、本当に生きた心地がしなかった。
自分が何者なのか、自分の名前は何なのか、自分が何をしているのか、何を見ているか、触っているか、五感や知覚が全て失われていた。
ただ、一つだけ分かる事。

自分の周りには人が居なかった事だ。
息の音すら聞こえず、聞こえるのは自分の奇声と歩行音だけ。
主観的には見れず、客観的にしか見れなかった。

わたしはそのまま進み続けて、路地裏で意識が吹っ飛び気を失った。
そこからは真っ黒に染まってて覚えていない。
でも、確かな人の温もりは感じた。
大きな手と、長いコートらしきものと、人の、温もり……——


          #


誰か、わたしを救ってくれた。
その温もりはおにーちゃんのものでもマロくんの温もりでも無くて。
その人の事を思い出そうとするとほわぁと胸が温かくなった。
それでも、結局最後まで思い出す事は出来なかった。

親の温もりでは無いけど、この温もりは確かに家族の温もりであった。

「お前等のようなわたしの失敗作にはもう消えてもらわねばならない」

おとーさんはリボルバーを取り出す。
見たところかなりの重量があるみたいで、偽物では無さそうだ。

「わたしはお前等を無きものにし、天才的な研究者になるのだよ」

その性根の腐った人間に、わたしは激怒しわたしに身を預けていた胡蝶のおねーさんを部屋にあった緑色の椅子に座らせる。

「もう、終わるんだよ。何もかも」




貴方には理解できないだろう。
その手で何人の人を犠牲にし、貴方が成り立ったのかが。
命の重さを考えずに、犠牲を重んじずに研究する事に何の意味があるのか。




「もう、おとーさんの好きにはさせないから」

わたしの記憶だって、弄らせない。
守ってやる。


「わたしに許しを請うて、縋って、泣けばいい。おとーさんなんか、もう人と呼べる存在じゃないよっ」

わたしはおにーちゃんとマロくんとそれからおねーさんと、

「これから探すから」

生きる意味を、探して行くから。
貴方はここで、

「死んじゃえばいい」