ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 【第五話】黒蝶は消失に溺れる @4 ( No.56 )
- 日時: 2010/12/28 14:57
- 名前: 氷兎 (ID: 8hgpVngW)
「胡蝶っ」
おにーちゃんが胡蝶さんに駆け寄る。
でもわたしは驚愕していた。自分がおねーさんの事を胡蝶と呼んだ事に。
徐々に記憶が戻っているのかもしれない。
「胡蝶、胡蝶……っ」
おにーちゃんが涙を流しながら胡蝶さんを抱きしめる。
胡蝶さんの目はもう開く事はなくて、既に身体は冷たくなっていた。
おにーちゃんはおとーさんの方をキッと睨んだ。
「この外道が……っ」
「どうとでも言え」
おとーさんは全く意に介していないようだった。
おにーちゃんはさっきまでわたしが寝ていたベッドに胡蝶さんを寝かせてからまたおとーさんの方向に振り返る。
「おい」「何」「マナを連れて逃げろ」「は、」「いーから逃げろって」
おにーちゃんの目にはもう涙は無くて。
マロくんがわたしを抱いて逃げようとした時、わたしはおにーちゃんに手を伸ばした。
わたしの大半の意識は殺がれてて、目もあまり開いていなかった。
「けがしないでよね、兄貴」
自分でも、何で兄貴って言ったか分からなくて。
ああ、もういいや、考えるのも面倒臭い。
ただ、意識が完全に殺がれる前におにーちゃんが笑ったのを、わたしは見逃したりなんかしてないから。
だからさ、
ちゃんと、帰ってきてよね。
ここで完全に意識が遮断された。
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ゆらゆら、ゆらゆら、水の中に居るみたいに心地よく揺れる。
目を覚ましたらそこは、真っ白な世界だった。
「なんや早いなぁ、まだ来たらあかんやろぉ」
そこに立っていたのは、死装束を身に纏った胡蝶さんだった。
だったら、ここは天国……なのかな。
「そこまで簡単にあたしが死んだと認められんのも腹立つなー、まー死んでるけどなー」
カハカハと妙な声で笑う胡蝶さんは紛れも無い、先ほど死んだ胡蝶さんだった。
てゆうか、心の中読まないでよ。
「知らんわ、アンタ喋れへんのやから心読むしかないやん。それに、読めるもんは読めるんやー」
いやいや、そんな事言われてもな……。
それよりも何でわたしこんな所に来ちゃったんだろう。
わたし、まだ死にたくないなー、まだってゆーかずっと死にたくないけどさ。
「アンタ、一回死んどるんとちゃう」
あー、ありえないこともない。
実際記憶の方は一回どころか三回だし。でもね、身体の方が死んだ覚えはないんだけどな。
胡蝶さんみたいに心臓貫かれた覚えもね。
「……ほんまむかつくやっちゃなあ。今のアンタがマナかイリヤか何て知ったこっちゃないねんけどダァリンの妹やからな、どっちゃにしても」
ダァリンなんて大層なもんじゃないと思うけど。
それより、どうやったら此処から出られるだろう。
「もう行きぃ」
え、
「せやから、アンタは死んでない」
どゆこと。
「ほなな」
胡蝶さん、どゆこと。
わたし死んでないのはいいとして、どーゆーこと。
「アンタは精一杯生きなあかんで、ばいばい」
ちょ、ちょっと待ってっ。
わたしは、もう——
もう、袋小路から抜け出したはずじゃないの。
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