ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 【第六話】黒蝶は眩しさに酔う @1 ( No.58 )
- 日時: 2010/12/29 15:04
- 名前: 氷兎 (ID: 8hgpVngW)
隼音、隼音。
今も貴方の名前を、愛しい貴方の名前を呼んでいるのに。
やっと見つけた貴方はわたしの事など覚えてなかった。
四肢と首と胴を切り離されたはずの貴方が生きているのは、わたしの父親の所為の他ならないね。
隼音がわたしを忘れても、わたしは隼音を覚えてるから、愛してるから。
#
わたしが暗闇で誰かを待ち続けた時間、約3年間。
3年の間、誰かが来る事は多々あったけど、わたしが認めたのは貴方だけだった。
他の奴はわたしが全部薙ぎ払った。少しばかり怪我を負ったみたいだけど、感覚が無くて分からない。
わたしが見てる暗い暗闇の中に微かな光を帯びたものが一つ、近づいてきていた。
「おいおい、ここらはヤーさんが多くていけねぇな。つーか生きてんのか??」
光はうっすらと影を帯びていたが、それは綺麗な紅い光だった。
わたしの頬には一筋の涙が零れ落ちた。
自覚も無いのに何故か流れたその涙を、わたしは拭う事すら出来ない。
指一本も、動かせない。
「おい、お前何してんの。危ねぇぞ……っと」
その声はわたしの右側から左側に移って、何かが崩れる音がする。
ゴミ箱に入ってたゴミらしきものがぶちまけられ、わたしの近くまで転がる。
気配で何がどうなっているかくらいなら分かるけれど、それの形状や色なんかは分からない。
光はわたしの前まで戻ってきて止まる。
「怪我ばっかじゃねぇの。どれ、返事は出来るか??」
優しそうな声に反応してビクッと身体が動くが、口は動かない。
わたしが光を人間だと判断するまでに20秒の時を有していた。
誰かの温もりに触れたからか、わたしの身体の感覚は戻ってきているみたいだ。
当たり前だが、感覚が戻ってきた事で負っていた傷が痛み出す。
「痛てぇか、そうかそうか。ちゃんとした人間みたいだな」
其処で迷ってたのか、とわたしは眉間に皺を寄せる。
その行動を見て、「よしよし」とわたしの頭をくしゃくしゃにされる。
わたしは声を出したくて喉を揺らそうとしたけど、少し掠れた声が出るだけでそれ以上は出来なかった。
「お前、一人なのか」
わたしは首をゆっくりと縦に振る。
その人は優しい微笑を浮かべてわたしの腰を抱え込んだ。
そのまま上に持ち上げられて、結果的にわたしが抱っこされている感じになった。
わたしも、それに便乗して思いっきり抱きつく。
その人はよろけそうになるが、何とか持ち堪えて静かに歩き出す。
段々と視力も回復してきて男性だと判断する。まあ、口調からしてそうだとは思ったけど。
口も、身体も、視界も、全部元通りになった気がする。
「お前、名前何て言う」
「……いりや」
何となく思い浮かんだ名前を言ってみる。
自分的には明らかに偽名だけど、その人は信じている。
「そうか、いりやか」
抱きかかえられて少しだけこの人の目線に近づいた。
優しく笑うこの人の眩しさに、涙が出た。
「え、俺何かした??」
「ううん、違う、違うよ……。お兄さんは何て言うの、名前」
涙を拭いながら聞いていく。
この人が着ているコートの襟を見ると、襟に付いているタグに名前が書いてあった。
「ハヤネ……」
「んで知ってんの、エスパー??」
「今時タグに名前って……小学生??」
ハヤネは「違う!!持ち物には名前書くって習わなかったのか」と力説していた。
そして、わたし達は歩いていった。
傷だらけの身体の痛みなんて吹っ飛んじゃうくらい沢山話をした。
これがわたし〝依里弥〟の誕生と、隼音との出逢いでした。