ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

【第六話】黒蝶は眩しさに酔う  @3 ( No.72 )
日時: 2011/01/04 15:20
名前: 氷兎 (ID: 8hgpVngW)




そう、この写真の真ん中に写っていたのは。
確かに隼音ではなく、違う、違う人の筈だった。
わたしが見た時には、隼音ではない人だった??本当に??
自分がそう思いたいだけではないのか。
彼を、わたし達家族の問題に巻き込みたくないからではないのか。

「違うよね、だって、え??」
「……」
「何か返事してよ……。わたしはっここに写ってるのが本当に隼音ならっ、……隼音なら、ここを出て行く」

隼音からの応答は無かった。
何も言わず、わたしを見下ろすだけだった。
わたしは隼音の持つ鞄をぶん取って倉庫の外へと駆け出していく。

「おいっ」
「返事がないから。返事がないから出て行く。隼音のばかっ」

そう叫んでわたしは倉庫からなるべく遠くに走る。
一度後ろを振り返ってみると、

そこに隼音は居なかった。

足音も聞こえない、わたしを呼ぶ声も聞こえない。
そもそも出逢って一年で誰かに完璧に信じてもらうなど、無理な話だ。
隼音だって、わたしが嫌いだから、追いかけてきたりしないんだ。

「隼音は、嘘つきだ……っ」

病院の前を通る。
最近出来たはかりの白い建物で、陽が反射して眩しい。

痛いほどに、眩しい。

「ばかっ、……ばかばかばかっ」

その辺に転がっていた石を足で飛ばして、それが白い物にぶつかる。
真っ白じゃないけど、肌色よりも白く、酷く透明で、今のわたしには眩しすぎる。
ゆっくりと上に視線を泳がせると、男の子が立っていた。
わたしよりも、3,4歳上っぽい男の子。

「誰がばかだよ、ばか」

そう言った男の子の髪は赤茶色で、少し怒ったように眉を顰めていた。
服が病院の服っぽかったので入院してると勝手に決め込んだ。

「ごめんなさい」
「ほんとだよ」
「入院してるの??」
「そうだけどなに」
「痛い??」
「別に」

そんな投げやりな会話をした。
彼は踵を返し、病院へと戻ろうとする。
わたしはその後姿を無言で見つめ、何か思い出したように前に走り出した。
隼音に追いつかれないように、速く、速く。後ろを振り返らずに。
そうしていると、いつの間にか海に来てしまっていた。
空は紅色に染まっていて、わたしが来た方向を見上げると黒い雲が集まっていた。
わたしはゆっくりと海の中に入って手探りで何かを探す。

「……きれー」

わたしは一つの石を持って太陽の方に透かす。
太陽は隠れ始めていて辺りはもう暗いけれど、透明なその石の向こうには、紅い太陽の光がわたしの目の中に入ってきた。

何て、何て眩しいのだろう。

わたしはその石——ビーチグラスを持って大きく振りかぶり、海の向こうに投げ捨てる。
ビーチグラスというのはそのまま、グラスが石に打つかって角が丸くなったものだ。
そのビーチグラスが投げ込まれた方向をじっと見つめわたしは涙を流した。

「おいっ」

後ろから声が聞こえる。
でも、それが隼音ではないというのが直ぐに分かった。
わたしは後ろを振り向かずに、ただ真っ直ぐに海を見つめるだけだった。

「……いりやっ」

今、思い出した。
その声は隼音の声ではないけれど。
隼音よりももっと懐かしい。隼音よりももっと愛しい。

「こっちこいっ、……じゃないと……っ」

彼の、わたしが愛した彼の声だ。

「呑まれるぞっ」

そういって振り返ったわたしが見たものは、さっき出逢った男の子の姿で。
次に見えたのは、




丸く、上からわたしを呑むように舞う、透き通るような真っ青な海だった。