ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 忘却の金曜日  ( No.95 )
日時: 2010/12/29 12:00
名前: 涼原夏目 ◆YtLsChMNT. (ID: m26sMeyj)



“薬中毒夫、身内虐殺事件”


それが、大きく魅代夕の人生を変える事件だった。
そしてある意味単純でいて恐ろしい事件でもあった。

薬中の夫が、妻を肉片にして殺して狂って自殺した事件。犯人は夫、それだけの事件。
それ故、ショックが大きかったのかもしれない。まぁ、今は何一つ覚えていないのだろうけど。


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ナースコールを押したのは、ナースだった。


「僕なんか死んじゃえ、僕なんか死んじゃえ、僕なんか死んじゃ、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね……死ね、ぇ……」


病室の床に僅かな紅い血と透明な液体が滴る。そしてその血の真ん中に夕が立つ。あの日の事件の再現かのように。
夕は何時割ったのか分からない窓ガラスの破片で自分の腕を横に切り裂いていた。腕は取れていないが、傷は深い。
そして目には痛みからか、あるいは何なのか、涙を浮かべていた。

自傷行為が始まっている。

その事実に気付いた涼也はいつものだらけた雰囲気など捨て、急いで夕の元へとかけより両腕を押さえた。


「止めろ」
「嫌だっ! 僕、は死んじゃえば良いんだ……僕なんていらないっ! 僕は人殺しなんだから、消えれば良いんだっ!!」

「……は?」


僕は人殺し。
そんな聞いたことも無い事を聞き、涼也は思わずポカンと口を開ける。本日二度目の動作とかそう言う事は気にならなかった。
しかし夕はその隙を見逃さず、涼也を突き飛ばしてまた自分の腕を傷つける。


「死んじゃえ……死んじゃえ人殺し、人殺し、死ね、死ね、人殺し、死ね、人殺し、人殺し、死ね……死ねえええええええええええええっ!」
「落ち着けって!!」


自分の行動に過ちを覚えつつ、涼也は再度夕を掴みかかる。細いその身体は猛獣のように暴れだす。
夕の腕から流れる血が、涼也の白衣にも滴り始めた。


「……くそっ」


涼也は舌打ちしてから片手で器用に夕を押さえながらもう片手で麻酔と注射器を取り出し、夕の右腕に、怪我していない部分に、打つ。
暫くの間夕はまだ暴れていたが薬が強いのか、暴れるのが徐々に収まってきた。


「ひ、と、ごろしぃ……」


夕はそう言って涼也に持たれかかるようにして倒れた。気付けばその目から大粒の涙がボロボロと零れている。
そんな夕の様子に涼也は唖然としつつも、麻酔を仕舞い、夕をベッドへと寝かせた。



「もうそんなに、時間は無いのかもな……」


涼也はそう言って、深く目を閉じる。