ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 妖言神隠し ( No.4 )
日時: 2010/12/19 21:06
名前: 玖夙友 ◆LuGctVj/.U (ID: Omw3dN6g)

      1.

 誰だって。
 誰の人生にだって。

 そのときは、必ず来る。

   * * *

 目が覚めると、なぜだかブロック塀にもたれていた。
 街灯の光が視界に入り、近くの自動販売機は「うぃんうぃん」などという音を放っている。
 ……なんだろうか。
 少年はそう思いつつも身体を起こし、どうしてこうなったのか記憶を巡らせる。

「あー、確かカブトムシをタランドゥスツヤオオクワガタと間違える小学生と出くわして……あー、これ去年のだ……。え〜と…………」

 なんだったろうか、オガサワラチビヒョウタンヒゲナガゾウムシと雌雄を決して……あー、これDS発売した年のだ。
 呟きながら歩いていると、随分と見慣れた通りに出た。
 いくつかの店が並んでいて、それぞれの店からとても暖かい光が漏れている。
 コンビニ。
 パン屋。
 マッサージ屋。
 弁当屋。
 おもちゃ屋。
 寿司屋。

「おぉ……懐かしいー」

 この通りで何度走ったことだろう。
 この通りで何度転んだことだろう。
 この通りで何度笑ったことだろう。
 この通りで何度泣いたことだろう。
 ——と、そんな風にふざけた感傷に浸っていて、ようやく気づいた。
 この通りのコンビニは駐車場がない、そう苦情があって、もう何年も前からペットショップに改装したのである。しかしそのペットショップも開店前に転け、外装がピンク色のペンキに塗られたままペットショップとしての機能も発揮することなく、いまやテナント募集中なのである。
 そして、パン屋は不景気だのなんだので、一昨年に閉店したばかり。とてもじゃないがまたパン屋を始めたなんて噂は聞いたことがない。
 マッサージ屋は、贔屓にしていた客こと老人たちがピークを過ぎて殆ど入院、または他界され、若い客など全く来ないことから破綻。いまはちょっとした電気屋みたいなものとなっていて、店前に「新製品!」の便座が並んでいた。
 弁当屋に到っては「蟻屋」などという、アリ一匹を二円で売る謎の店となっていた始末。その頃ふざけてアリを一匹買ってみたが、別に面白くもなんともなかったので、そのアリを交差点に放り投げていた。残酷な年頃だったのである。

 そして、おもちゃ屋。

 少年が保育園を卒業する前に閉店してしまい、シャッターが閉まったまま、新しい店になるでもなく土地を売ったような風でもなく、ただただそこにあるだけだ。
 唯一残っているのは寿司屋くらいのものだが、そろそろ潰れるだろうと巷で騒がれている。
 ——だから、ありえないのだ。
 とうの昔に潰れた店などが、いまこうして営業していることに。
 昔と何一つ変わりない、ときどき見るあの廃れた光景が、懐かしく鮮やかに目の前に彩られている。
 信じられない。タイムスリップでもしたのではなかろうか。
 いや、それこそありえないことだろうと心中を巡らせる。

 ……ボクはどうしてここにいるっ?
 ……ここまで来るのに、自転車でも三十分はかかるし、そもそも近々テストがあって。
 ……なんでボク、夜道で倒れてたんだっ?
 ……落ち着け、まず落ち着け。とりあえず「夢だった」なんて可能性は捨てるべきだ。

 そう願った者の末路は惨いし。
 思いながら、少年はとりあえずと、懐かしのおもちゃ屋に入ってみることにした。
 そこには思い出を。
 そこには懐かしを。
 そこには楽しみを。
 たくさんたくさん残してきて、いまなおそれは健在なのだから。

   * * *

 少年——衣子琦々(ころもねきき)、キキは、こうしてある「物語」に巻き込まれた。
 他人が勝手に盛り上がり、
 他人が勝手に活躍し、
 他人が勝手に大団円を迎える、
 そんな茶番劇に、巻き込まれたのである。

 しかし、登場人物その①であるキキにも、見せ場らしい見せ場は存在した。

   * * *

 誰だって。
 誰の人生にだって。

 そのときは、必ず来る。

 荒唐無稽にも、
 大胆不敵にも、
 意味不明にも——



 それは、あなたに訪れる。