ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 鬼に惑わされし者 ( No.69 )
日時: 2011/01/25 20:35
名前: 愛鬼茱萸 (ID: nnVHFXAR)

第十一章 ≪不安≫

数分後。

乗ってきた駕籠(かご)を捨てるように歩武はクリニックの玄関へと駆け寄る。五月蝿いくらいに鳴り響く心臓は決して走ってきたせいではない。引き戸に向かって放たれた声は大きいが、みっともないくらいに乱れきっていた。

「中野!!!中野いるか??!!中野ぉぉぉぉ!!!!!」

ガンガンと扉が壊れるくらいに歩武はクリニックの引き戸を叩きつける。後で日向と京香の追いついてきた気配はあるが、叫ぶのを止められそうになかった。

「歩武さん!冷静になってくださいよぉ!!あなたさっきから狂いすぎよぉぉぉ!!!」
「うるせぇぇぇぇぇ!!!!これが冷静になっていられるかよ!中野!!!おいいるんだろ中野ぉぉぉぉ!!!!!」

もう一度ガンっと叩いた瞬間にガラリと扉が開く。中から出てきたのは髪の長い、目のつり上がった少女と、目つきの悪い少年だった。

「奉行所のアホどもが揃いもそろって何してんのよ。お前ら一般人に怒鳴り込みなんてよっぽど暇なのね。」

「おい優花。一応偉い奴らなんだから失礼のないようにしねェと駄目だろうが。…何の用だ?」
「お前が一番失礼だわ。」

「おいお前ら!葉兵はどこ行った!!!」
「葉兵?そりゃここは『葉ちゃんクリニック』だけど一体何で…」
「んなこと聞いてんじゃねぇ!!!中野は!葉兵はどこ行ったんだよああ!?」

「ちょっ何なのあんたたち!チンピラよ!拓也!!殺しちゃってよ!!!」
「何で俺なんだ!もう何なんだよ!!落ち着けよ!!!」

日向は大声を出す歩武の肩を ぽんぽんと叩いて落ち着かせる。目の前の二人に冷静な声で質問した。

「ごめんねぇ…この人ちょっと今頭に血が上っているのよ〜。貴方たち怪しい人間とか見なかったぁ?」
「怪しい人……さっき玄関の前に変な人がいたわ。真っ黒な着物着て目が紫色で鋭い…男かと思ったら女だったわ。そういえば…」
「何だ!!!」

「その人と連れたって行っちゃったわよ、葉…」
「どこ行くって言ってた?!」
「ちょっと耳元で怒鳴らなくっても聞こえてるわよ!…鬼仮村の祭りに行くとか言ってたわ。」
「礼を言う!!」
「えっ?!ちょっ…!!!」

そのままバタバタと駆け出していく歩武を日向は追いかけようとしたがもう遅い。
急発進した駕籠屋に飛ぶ野次を聞きながら日向は舌打ちした。

「ちっ…あの人はぁ…貴方たちごめんね〜。引越しの途中だったんでしょ〜?」
「あ、あぁ、もうほぼ終わりだからいいんだけどな。あ、俺ら明日からここでクリニック開くんだ。もし何かあったらよろしくな。」
「ガキだけじゃないのぉ。そんなんで大丈夫なのぉ?」

「ガキガキうるさいわよ!私たちこれでも前の町では結構な凄腕で有名だったんだから。姐上と私と拓也、その他諸々…みんなで無敵よ!」
「まぁ覚えといてもいいわぁ〜。…じゃああの前にある『葉ちゃんクリニック』の看板は…」

「あぁ…大家さんが言ってたんだがな、なんでも以前住んでた奴がクリニックを営んでいたらしいんだ。おじいさんらしいけどな。その孫の名前が『葉助』ってんでこの名前さ。二人ともが死んでずっと空き家だったそうだ。看板はその名残ってわけだ。……そういえばさっきの奴…」

「歩武さんがどうかしたの〜?」
「私たちが引越しする数時間位前に一人で来てなんか喋っていたそうよ?その前も時々ここに来ては玄関をじーっと眺めてたって大家さんが…なんか気味悪いわ…って気味悪いなんて言っちゃって悪いんだけどね。」

「いや…いいのよぉ。また何かあったら頼むわ〜。そのときはよろしくぅ。」
「えぇ、よろしくね。」

いそいそと引越しの作業に戻っていく二人を尻目に近くにいた京香に冷え切った声で話す。

「京香ぁ、鬼仮村ってぇ村の場所の地図を今すぐ持ってきてぇ…………
           …手遅れになる前にねぇ………」