ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: android heroes!! 〜ウイルス錯乱編〜 ( No.9 )
日時: 2011/01/06 01:55
名前: なる ◆7lihNriEqk (ID: nxPXMTJg)

初めて入る紅葉さんの家。
人生でまたとない、女性の自宅への訪問だ。
紅葉さんは奥座敷にある、樹木を縦に切り出したような形のテーブルの前に俺達を座らせると、パタパタと二階へ上がっていってしまった。
目の前には桜色の湯飲みに注がれた濃いお茶。
緊急事態だというのに紅葉さんは俺たちのお茶受けまで用意していた。
流石は武家の末裔娘、格が違う。
電話での対応は慌てふためいて発狂寸前の紅葉さんだったが、今は大分落ち着いたようで、俺の家兼作業場に来た時より暗めの色合いをした着物を優雅に着こなしていた。
何を着てもこの人なら違和感がなさそうだ、なんて緊急事態なのにもかかわらず考えていると、二階から紅葉さんが降りてくるのが物音で分かった。
「お待たせ。確かあんたのアンドロイドたちはウイルスバスターをインストール済みなんだっけ。」
「はい。」
「でも心配だわ。念のためにあんたのアンドロイドたちは夕炉に近づけさせないようにして頂戴。伝染るだなんてあたしが悪く思われるじゃないの。」
「分かりました。まぁ奇遇なことに明日はメンテナンスですし、大丈夫です。」
紅葉さんは俺から面会の承諾を得ると、廊下へ出て夕炉を抱き抱えて戻ってきた。
酷くぐったりとした様子の夕炉からは何時もの笑顔は微塵も見られず、代わりに夕炉から見て取れるのは人工皮膚の血色が悪いことと、ほっそりとした手や足が心なしかよりほっそりして見えるという事だけだった。
黒地に青い蝶々の模様が入ったシンプルかつ可愛いらしいデザインの着物を身にまとった夕炉は、抱き抱えられたままこちらを一瞥すると僅かに微笑みを見せてから「お兄ちゃん達………こんにちは……ケホッ…」
と呟くように言い放った。
凄く抱きしめたい衝動に駆られたが、ロリコンと勘違いされるのは甚だ御免なので寸前で踏みとどまった。
まぁ…左隣からジリジリと感じる嫉妬の怨念にねじ伏せられたと言うのが妥当なのかもしれないが。
アルトはゆっくり首を傾げると、これまたゆっくり「ゆうちゃん、こんにちは。」と挨拶をした。
メルトはと言うと、恥ずかしいのか嫉妬しているのか知らないが押し黙ったまま微動だにしない。
痺れを切らした俺がメルトの耳元で「小さい子に優しくできない奴は嫌いだな、」と囁くと、メルトは慌てて夕炉に挨拶をした。
一段落ついたところで、紅葉さんが本題をさらりと口にする。
「見ての通り、夕炉はウイルスに侵されて弱ってるの。病状が現れ始めたのが3日前だから、まだ点検にも行ってないし、原因は恐らく外部からの侵入によるウイルスの感染。人工皮膚も日に日に傷んでいくし、どうしたらいいのかしらね。」
遠くを見るような顔つきで縁側を挟んだ向こう側の池に目を落とす紅葉さん。
色鮮やかな錦鯉が数匹、ゆるやかに池の中を泳ぎ回っていた。
「機体の損傷は?」
「これがねぇ…無いのよ。失ったものは沢山あるのだけれど。」
くすり、と紅葉さんが笑う。
その小さな笑みでさえ、何か趣深いものを感じてしまうとは紅葉さん恐るべし。
「電話に出てもらってた時はね、夕炉が自分の指を食い千切ろうとしてたから凄く慌てたんだけど…あたしの早とちりだったわ。それはアンドロイドに良く見られる自虐行為の一つで、自分の中で不具合が起きたときとかに現れるものらしいのよ。多分夕炉も自分の中に侵入してきたウイルスを察知して自虐行為に陥ったんだわ。」
「あくまで憶測なんだけどね!」と付け足しつつ朗らかに微笑む紅葉さん。
紅葉さんは笑顔が良く似合う。
だから俺は、何時どんな時でも紅葉さんに笑っていてほしいから、積極的に頼み事は聞いている。
けど今回ばかりは笑っている暇も無さそうだ。
今回の事件を暴くためには、常に時間とも戦い続けなければならないのだから。