ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 孤独の白鳥姫 ( No.2 )
日時: 2010/12/26 21:42
名前: キャサリン (ID: cQ6yvbR6)

王妃ミネリアの微笑は、そこにいるすべての人々を魅了した。

まずしく、教養もない者でさえも、それがきっと女神の微笑であり、王家への信仰をうながす光だと瞬時に感じ取った。そして私もその一人で、欠点のない完璧な王妃の顔に見とれていた。だが、完璧なのは王妃だけではない。まわりの王家一族の美しさも、群を抜いている。

敬虔王と呼ばれる信心深い王ローンの見事な銀髪と民衆をいたわるような優しげなまなざし。長女である王女リリアンの淡く、はかない雰囲気をかもしだすルビーの瞳とクリーム色の肌は王妃ミネリアにそっくりだし、次女ファーンの亜麻色の髪はチョコレートのようにツヤ光りをはなっている。そのアクア・マリンの瞳はとてつもなく優美だ。

それに三女のコーネリアも負けていない。真っ白な肌、漆黒の髪をもつコーネリアは妖艶な雰囲気をかもしだす美女だった。目は深いエメラルドの色をしていて、直視するだけで自分が恥ずかしくなってくる。

そして一番小柄で華奢な四女アナスタシスはまだ少女っぽいといえど、ファーン王女とおなじアクア・マリンの瞳にきらめくブロンドをもつ美少女だ。彼女は姉たちとちがって無邪気な笑みを浮かべている。

そして注目すべきは王子エドガー。
王とおなじ銀髪に、スッと筋のとおる鼻。端正な顔立ちには少年とは思えない威厳をおびた微笑を浮かべていた。
他国の王女たちが燃えるような思いを彼に馳せていることはあまりにも有名である。

私は彼らの美しさにボウッとしながらも、めったに見ることのできない王家の姿を忘れないように見つめた。まるで王家じたいが国宝であるかのように、彼らは野外にはあまり顔を出さず、宮殿に閉じこもってばかりなのだ。王家を誰よりも敬い、知っているつもりの私は感動を必死に噛みしめた。だが、となりの弟のフランツだけは、まるで大事なお菓子を取り上げられたかのような仏頂面をしていた。

「姉さん、もう帰ろうよ。すぐ見て帰る予定だったろ」

「すこしは美しいと思いなさいよ。この人たちが私たちカレンシアの民衆を統べているのよ。素晴らしいと思わない?」

「ちっともね」フランツは鼻で笑った。

私はそんな彼を無視した。こんなときのフランツが一番あつかいにくく、嫌いなのだ。

そのとき、王家はバルコニーから手をふって、ゆっくりと宮殿の中へと入っていった。歓喜していた民衆たちの間ですぐさま残念そうなつぶやきが聞こえた。
私も名残惜しく、その場にとどまったまま、じっと荘厳なフィンステラウ城を見上げた。こんな立派な城、ドイツのノイシュヴァンシュタイン城なんて比べものにならないくらい、美しすぎる。真っ白な城壁は、金色の縁にかこまれている。まるで昨日つくられたかのように、初々しい。

「ああ、退屈。こんな城壊しちまえばいいのに」

フランツが悪意をむきだしにして言うと、私はあまりの恥ずかしさと憤りに彼の口を乱暴におさえた。幸い、周りの王家崇拝者にはきこえていないようだ。

「黙りなさい。二度とそんなこといってはいけないわ、フランツ。さあ、帰りましょう」

フランツは満足げにうなずくと、つまさきのあいたボロ靴をひきずって、首都カッセントリノの最も栄えているフィール・ド・トリノを練り歩いた。私の着古したスカートのポケットには小銭が少し入っていて、私はそこに手をつっこんでチャラチャラ鳴らしていた。

「父さんはパンと…ミルクと、あと薬を買えと言っていたわねえ」

私がカラフルなお店を見回していると、フランツが嬉しそうに付け足した。「お菓子もだよ!!」
そう、私たちはもう数年お菓子なんて食べたことがなかった。

「『フィール・ド・パン』ここでいいか」

久しぶりに王家と対面できたので、町の人たちの頬が紅潮している。
私とフランツはそれを見て笑いながらパン屋に入り、安そうなパンをさがした。
貧民街の者がくると、いつも周りの客や店員に白い目で見られるが、今日は気にもならなかった。やっとまともな食事にありつけるのだから。

「これ安いよ」フランツが指さしたのは固そうだがおいしそうなパンだった。この店だとこれ一個は一人分らしいが、私たちミストウィーユ家にとってはこれで全員分だった。パンを買い、ミルクを買って、最後にキャンディの袋をさげ、私たちは急いで裏町──貧民街へもどった。明るくて幸せそうだったフィール・ド・トリノとは大違い、貧民街は一変してごみごみとした湿気た町だ。

ここには、ミストウィーユ家と同じような暮らしをしている家族がたくさん住み着いていた。中でもミストウィーユ家は平凡な位置にいる。

「おかえり、ぜんぶお菓子じゃないだろうね?」

母さんがいたずらっぽい笑みを浮かべながら、できそこないの家から出迎えてくれた。私は未だ興奮していた。「シーモアス王家に会ってきたのよ!」

「退屈千万だけどな」フランツはにやにやしている。

「フランツはかれらの偉大さを知らないのよ」私は鋭く切り替えし、それから母さんに微笑んだ。

「8ペリオ残しておいたわ。これで明後日の朝食まではもつわね」

「気がきくわ、メーヒェン。あなただけよ、しっかりしてるのは」

母さんがウインクすると、フランツが口をへの字に曲げた。