ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 月夜の白鳥姫〜背徳の旋律〜 ( No.5 )
日時: 2010/12/30 10:03
名前: キャサリン (ID: cQ6yvbR6)


「姉さん…ほんとうにヤツらのところに行く気なの?」

家にひきもどそうとする弟を振りきって私は、ド・ゴーシュのアジトへ大股で向かっていた。今度こそは、私たちをいじめぬくあのド・ゴーシュをこらしてやらなければならない。

クズ部下たちをふっとばし、ビリアンをひきずりだして火にくべてやるわ!フランツは私の、殺意にも手がとどく激しい憤りにおびえていた。

「ねえ、やっぱりやめようよ。ぼくらに刃向かいできっこないよ」

だがもうおそかった。

バラリアン広場に、ヤツらはいた。
私たちをするどくにらみつけている者もあれば、ニヤニヤして軽蔑しているような者もいる。時計台の一番小高いところには黒髪番長のビリアンがいて、怒りにわななく私にいちはやくいやみな微笑を投げかけてきた。

ルックスはエドガー王子にひけをとらないくらいいいのに、なぜこいつは泥棒なんかしているのだろう。私はずっと前からビリアンを見るたび思っていた。そしてなぜか、ビリアンはミストウィーユ家──私を嫌っていた。

私は軽蔑のまなざしを向ける下っ端たちを無視して、私は堂々と時計台の前へ歩いていった。
するとビリアンは期待していたかのように目を光らせた。

「おい、偉大なるミストウィーユのプリンセスのお出ましだぞ」

ビリアンがけたけたと笑うと、まわりがこらえていたかのように笑いだした。だめよ。こんなところで爆発してはいけない。最後にガツンとやってやるのだ。今までうけた屈辱を何倍もの憎しみに変えて。

「お黙りなさい。ビリアン・フォールコン。あなたの声をきくだけでむかむかしてくるわ」

「お黙りなさい、だとよ」笑いのさざ波がおこる。

私は毅然と言い放った。もう、ビリアン以外のヤツらは目に入らない。

「耳障りよ。ビリアン!私は王女でもないしいい生まれでもないわ。けど、あんたたちと違って人間の心はもってるのよ」

ビリアンの目の色が変わった。私は一瞬うろたえた。あの瞳の奥にかくれる冷たい炎はいったい何なんだろう。

「俺たちが人間じゃないと?」

「…そういうことよ」

「貧民街のとくにひどいところにすんでるヤツに言われたくないな。かの有名な工場に勤める短気で頑固、単純なルーサー・ミストウィーユの娘のくせによ」

「父さんは短気でも頑固でも単純でもないわ!あなたはどうかしてるのよ!ビリアン!!」

ビリアンはくっくっと笑った。まるで私が重度の精神異常者で、耐えられないほどおかしなことをいっているかのようだ。ついにこのとき、私の怒りは限界に達した。

「白状しなさい!!ビリアンとそのおかしな下っ端たち。私たちのお金を盗んだのはお前たちでしょう!!」

憤激にかられた声に、フランツはとなりで飛び上がった。あまりに単刀直入に叫んだので、下っ端たちも一瞬震えた。ビリアンはいかめしい顔をして私の顔に視線を走らせた。

「俺たちが盗んだと…?…ふざけるな」

「あんたたちぐらいしか、こんなひどいことはやらないわ。さあ、返して。なにもかも返すのよ」

ビリアンがけたたましい笑い声をあげたのを合図に、ド・ゴーシュの全員が嘲笑した。それは恐ろしいほど老獪な響きだった。私はこれを覚悟で来た。今さらすごすごと帰るなんてやだ。

私がもう一度わめくと、そくざに下っ端の数人が私たちの前に迫ってきた。しまった!うかつだった!なぜ私はフランツを連れてきてしまったのだろう?暴力がないわけないだろう!

案の定そいつらが私たちをおさえつけた。フランツは泣き叫び、私は叫びと恐怖をこらえてビリアンを心のそこからにらみつけた。ビリアンはほくそ笑んでいる。

「やれ」

その一声と同時におさえつけている下っ端が私と哀れなフランツに向かってこぶしを振りあげた!もう終わりだとあきらめた瞬間、聞いたことのない透き通るような声がするどく響いた。

「待て!なにをしている」

なぐりかかろうとしたヤツも、時計台の上で笑っていたヤツらも全員声の方向に視線を走らせた。私も希望を感じながら目を上げた。その瞬間思わず目をみはった。