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Re: 月夜の白鳥姫〜背徳の旋律〜 ( No.7 )
日時: 2011/01/03 13:58
名前: キャサリン (ID: cQ6yvbR6)

私は噴水のそばでフランツに薬をぬってやりながら、ローレンス伯爵とギルバートと話し込んだ。
ド・ゴーシュの仕打ちや、窃盗のことを苦々しげに語っている間、ローレンス伯爵は悲しげにうなずいてくれた。伯爵という高位にいながら、私たち貧民にたぐいまれなる好意をよせてくださる彼に、私は惚れてしまった。

彼のブロンドも、微笑も、声も、姿も…何もかもが貧乏で汚い私には不似合いだったが、それでも彼が好きだった。でもきっと─フィアンセがいるはずだと、心の片隅で思っていたが。

フランツの顔にガーゼをつけてくれながら、伯爵はとんでもないことを言い出した。

「そういえば、明後日はクリスマスだ。失礼だが、見たところあなたたちはあまり食べていない様子だ。あなたもそうだが、弟さんはひどく痩せている。ド・ゴーシュたちに盗まれてしまったのでは、良いクリスマスを過ごせない。わたしがぜひ夕食に招待したいのですが」

私はハッとして顔を上げた。ローレンス伯爵が冗談を言っているのかと疑ったからだ。だが、彼の目に光る強い正義がそれを完全に否定していた。私はあわててかぶりを振った。

「めっそうもありませんわ、伯爵。私たちのような貧しい者にそんな——」

「ぜひ来ていただきたいのです。わたしはあなたを人目見たとたん、ただ者じゃないことが瞬時に感じ取れた。あなたの前世がそれに関係しているのかわからないが、あなたは貧しい家にいて、そこで一生を終えるのは惜しい。わたしとお近づきになりませんか。わたしなら、お節介なようだが、あなたにちゃんとした仕事を与えることもできます」

あまりにも夢のようで、私はうまく喜びと遠慮を口にすることができなかった。「でも…」と言っても伯爵は譲らなかった。

「わたしは、貧しい人々を目にしてきた。そしてずっと救いたいと願っていました。この機会は、そのようなわたしに対する、まさに神のお導きだと思うのです」

私はしばらく黙っていたが、熱心な彼にとうとう折れ、明後日に彼の館へ家族そろって行くことになった。

私の中では、うしろめたい気持ちと好意に甘え、面倒を見てもらいたい気持ちで、激しい葛藤が繰り広げられた。


伯爵と別れ、フランツの手をひきながら、私はディナーで、彼に嫌われるようなことをしないように祈っていた。


「本当なのかい?メーヒェンったら。ハーバンティーナの伯爵がわたしたちを?」

招待のことを告げると、母さんが目をまるくしていった。
私は水を入れたバケツを運びながら、うなずいた。母さんはまだ信じがたいようで、黙々と働く私をしげしげと眺めた。

「…それにしても、あんたどうやったらそんなに顔にひっかき傷ができるんだい。フランツも…」

フランツに真実を話さないよう目配せをして、私はさもすまなさそうにいった。

「バラリアン広場を歩いていたのよ。フランツが噴水を見たいっていうから。そしたら時計台で私がつまずいてしまって、偶然そこには小さな砂が散らばってて…」

「二人ともども転んで……」母さんが続けた。

「かすり傷になってしまったわけ」

私はなるべく平然といおうと努めた。幸い母さんは気づいていない。

「ドジな子だねえ。そんな救いようのない娘を伯爵が救ってくださったのかい?」

「ええ、そうよ。私があまりにもバカだから放っておけなかったのよ、きっと」

フランツが少々不満げだったが、私は一瞥を与え、それから母さんに微笑んだ。

「だから、ね。行きましょうよ。せっかくのクリスマスですもの。それに伯爵の好意も無駄にできないわ」

「…そうねえ。行ってもいいけど。父さんは行かないと思うわよ。あの人、貴族はむかしから嫌いなのよ」