ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 月夜の白鳥姫〜背徳の旋律〜 ( No.8 )
- 日時: 2011/01/07 17:35
- 名前: キャサリン (ID: cQ6yvbR6)
母の予想通り、父は行かないといいはった。
今日も服に油の臭いをしみこませて、大股で帰ってきた。出迎え、伯爵のことを話し出したとたん、父さんの顔は嫌悪で歪んだ。こんなときほど、ハンサムじゃない彼の顔はないと思う。
「ローレンス伯爵だと?なんだそいつは。行ってもいいが、オレは絶対に行かないぞ。それにおまえたち、伯爵の館に似合うほどの服なんかもってないじゃないか。みっともない服で招待され、ミストウィーユ家の名誉を汚したら、許さないぞ」
貧民街の家族に名誉もクソもないでしょう──とは言えず、私は仕方なくうなずき、ためらいがちに自分の服を見つめた。
「…ちゃんと洗っていくわ。一番いい服きていくから…」
一番いい服─灰色の色あせたワンピースだった。
「知らん」父さんは鋭く私をにらみつけた。
「勝手にいっちまえよ。恥ずかしい思いをするのはお前なんだからな。フランツだってましな服はつぎはぎだらけ、ズボンは穴だらけときてる」
「でも、せっかくの好意なのよ」
「行けばいいだろうって行ってるじゃないか。オレはとりあえずいっさい関わらん」
「ひどいわ。父さん」
「ひどい?貴族のジコマンに利用されているお前も悲惨なほどひどいぞ」
私はそっぽを向いた。「もういいわよ」
アレクシス・ハーバンティーナの魅力を知らない父にいっても無駄なことが分かった。
「僕伯爵好きだ」
ふいのフランツの一言に私は泣き出してしまった。
父と言い合いをしてからずっと部屋に閉じこもってフランツと話していたが、伯爵の館に赴くこともできない自分たちのみじめさにむなしくなったのだ。フランツは伯爵を親か兄のように慕っているというのに、私は容姿が恥ずかしくて会うことが恐ろしくなってしまったのだ。
父は、私の中に「羞恥」の苗を植えてしまった。
「どうすればいいのかしら。クリスマスに2ペリオぐらいのウィンス(野菜の一種)を食べるなんて耐えられない。ド・ゴーシュがいなければもっといい食べ物が手に入ったのに……。しかもそれを服にまわすこともできたわ。それでディナーにもいけたと思うと…」
私は嘆き悲しみ、もう一度伯爵に会いたくて胸が痛んだ。
あの優しさにもう一度包まれたい。あの微笑みを見せてほしい。
「姉さん、もう伯爵には会えないの?」
フランツはため息をもらして布団にもぐりこんだ。
私はゆっくりとうなずくことしかできなかった。
そしていち早くこのことを忘れたくてすぐに眠りにつこうと強く目を閉じた。