ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Walking-第1章- ( No.2 )
日時: 2010/12/28 21:49
名前: 深山羊 (ID: TNiD2WXY)


 第1章
  ウォーキングと【歩く死体】(リビングデッド)のショー

 世界的にはいつもと変わらない一日が始まる。俺個人的には人生を変える二回目の異常事態を起こす。一度目はこの世界には足を踏み入れたこと、そして今回は念願のそういう仕事をしていると名乗ろうとする一日目。
 空は青いが路地は薄暗い。キナ臭い連中が薬を売買していたり露出の激しい服を着た娼婦が男を誘惑している、ボロく日当たりの悪い位置にあるアパートの一室からそんなところを眺めながら歯を磨く。その片手間に古い木製のラジオの周波数をダイヤルで調整して今日の売れる話を探す。
「あー」
 そうだ、今日からは売れる話を聞いてもしかたない、今日からは買う側になるはずだろう。如何せん習慣というものは抜けきらない。ラジオの電源を止め、口を濯ぎに向かう。湿っぽい洗面台の蛇口から水を出してコップに水を満たす。ガラガラと口を濯ぎペッと吐きだす。ついでに顔も水でぬらし目を覚まさせる。タオルを手に取り濡れた顔を拭く。鏡には少しばかり目尻の上がった茶髪の男の顔が映る。自分な訳だが。
 部屋に戻り今日からは服装も変えようと思い買っていた服を取り出す。カーキカラーのミリタリージャケット、ブラウンカラーのロングTシャツに黒のジーンズ。正直服のセンスはどうかと問われたら分からないが他のそういう仕事をしている奴らと似たような服を選んだつもりだ。少なくとも。とりあえず袖を通してみる。別に似合わない訳じゃない、とりあえずはこれでいいだろう。
 枕元に置いてある拳銃を手に取りジャケットの内側に忍ばせる。出かける準備はそれとなく出来た。財布を手に取りキーを取り出す。携帯をポケットに入れアパートを後にする。もちろん鍵は厳重に日本でも強盗があるんだ海外のましてこんなところじゃ鍵かけたぐらいでは安心できないが。
 アパートを出ても薄暗い路地に変わりはない。少し歩くとホームレスの様な人が一枚の布にくるまって横になっている。死んでるんじゃないだろうかとも思うが声を掛ける気にはならない。わざとポケットのから小銭を落としてその場を立ち去る。
 その足で朝にもかかわらずいつも世話になっている店を訪ねるつもりだ。酒の一杯でもおごってもらえるだろうなんて甘い考えをしながら軽い足取りで目的地に歩みを進める。
 途中で娼婦に声を掛けられたり薬を買わないかと怖いお兄さんに声を掛けられたり身売りをしているのか少女に声を掛けられたりと朝から忙しないたらありゃしない。
 店を訪ねると何故か朝からオープンと書かれた表札が雑にかかってある。どうしたのかと思い、店に足を踏み入れる。中にはその世界で名の知れた有名人が何人も集まっていた。唐突な来客に全員の目が俺に向く。背筋に気持ち悪い汗が流れた。目から逃れる様に店長のところまで近づいた。
「どうしたんだ?」
 そう尋ねると眼を丸くして店の店長は驚いた。
「何にも知らないで来たのか?こいつは驚いた、ついてるぜモノクロ。 いいこと教えてやる【ウォーキング】が今日、ショーをやるらしい。この近くで」
 【ウォーキング】がショーをやるだって?しかもこの近くで今日。こいつはデカイ話が舞い込んできたもんだ。
「売るとしたら幾ら?」
 自然とその言葉が出た当たり俺も相当見に行きたいのかも知れない。
「金なんていらねぇさ。本当にただの噂の域を出ないからな。無駄足になるかも知れない噂でも【ウォーキング】のショーが見られるならって奴は幾らでも居るけどな」
「そうか、ならありがたくタダで聞かせてもらっとくよ」
 そう聞くと満足げにはにかんだ店長。そして、冷静な口調で話始める
「今日の午前零時から午前二時まで廃棄されたイーストホールの第二劇場で【ウォーキング】のショーがあるらしい。ただし【ウォーキング】には出会うなよ、死にたくなけりゃな」
「勿論、まだ命は惜しいからな」
 だが
「【ウォーキング】のショーなんて前祝いに丁度いいじゃないか」
「前祝い?」
 不思議そうに店長に聞かれて、ようやく本来の目的を思い出した。
「そそ、今日からモノクロは情報屋やめて、そういう仕事するから宣伝よろしく。つー訳で酒、おごりで」
「全く、いきなり大胆奴だな。とはいえ酒か……。そうだな、たまにはいいだろう。とっておきのを出してやろう」
「さすが!話がわかるぅ!」
 苦笑されたが当初の一杯おごりは達成、しかもかなり上物の酒。さらに【ウォーキング】のショー。最高の前祝い(ショー)だとは思わんかね?
 などとふざけて小さく笑うと店長が俺の前にビンをドンッと置く。
「ほら、いい酒だ。一本くれてやるから今日は帰りな」
 置かれた瓶には漢字が書かれておりどうやらこれは
「これって日本酒?」
「いい酒だろ?」
 ニィと店長が黒く笑う。確かにいい酒だ。久しぶりに飲んでみるのも悪くない。遠慮なくビンを手に取り手渡されたビニール袋に入れて店を後にする。
 店を出てビニール袋を目線まで持ちあげる。夜には酔いがさめる様に調子を合わせて戴くとするか。経験上適度にアルコールが抜けるのには六から八時間位かかるだろう、多めに見積もって三時まで飲んでられそうだな。
 他にも色々用意するものが無いか考えながらつまみでも買って帰ろう。
 足をアパートと反対方向に向ける。とりあえずマガジンとつまみは確定として他に何か無いだろうか。
「イチシキさん」
 不意に声を掛けられ振り向くと赤毛の少女が笑顔を向けてきた。
「やぁ、今日もお手伝いかい?」
「うん!」
 元気よく返事をして可愛らしい笑顔を振りまく。
「毎朝偉いね。俺はこれからちょっと裏手に用事があるから行くけど、ついてきたら駄目だよ」
「危ないからだよね。イチシキさんも気を付けてね」
「ありがと、ご両親にはいつもありがとうって言っといてね」
「うん、じゃあまたね。バイバーイ!」
 そう言いながら手を振って走りぬけていく少女の背中を見送ってから裏手の道にそれる。レンガの家の隙間を抜けて少し広い場所に抜け、そこから地下への入口につながる階段を下りる。