ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

第一話「最強meets最恐」 01 ( No.2 )
日時: 2011/02/06 10:49
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)

 異ノ国東中学校、屋上。季節は——夏。
 ギラギラと照りつける太陽の元、錆びかけの手すりにもたれてダルそうにメロンパンを食べている女子生徒がいた。

 「あー…………暑い、暑い。あっちぃーなあー……あーチクショウ」

 少女の腕には黒地に金色の刺繍が入った腕章。書いてある文字は「風紀委員」。その足元には、たかだか中学生の、しかも少女には圧倒的に不釣合いな金属バットが転がっている。グリップは黒、それ以外の場所は銀色。何を殴ったのか色んなところがボコボコ凹み、黒ずんだシミがあちこちに付着している。中学生、青春真っ只中の少女とそのバットのツーショットは、明らかにおかしかった。

 「あー……なんでこんなにあちぃんだ? ……ああそうだ太陽が出てるからじゃねぇか。もうマジ消えてくんないかな。今から地球が氷河期に突入しちまえば何にも問題はねぇか? あ? こらそこの。何か言ってみろやハゲ。ハゲ。ハーゲ!」

 何故か太陽に向かってハゲハゲ言いまくる少女。その端正な顔からはとめどなく汗が流れ、漆黒の瞳はやや虚ろになってきている。さっさと影にいってしまえばいいのに、少女はそこから動かない。
 ハゲハゲ言いながらも、メロンパンを口へと運ぶ手は休まない。少女の顔ほどの大きさがあったであろうメロンパンは、ものの数十秒でパン粉と化した。

 「暑い、暑い、暑い。ヒョウとか降ってこねーかなー。みぞれとか降ってこねーかなー。アラレとか降ってこねーわなー。だって夏じゃねぇか今は。期待すんなよ俺。期待して空とか見んじゃねぇぞ俺」

 太陽の熱を吸い込み、むんむんと熱気を発するコンクリートの床。それに直に触れている肌は、さぞ熱いだろう。
 少女がもたれかかっている手すり。それは、丁度屋上への出入り口の前にある。少女は、屋上へ入ってくる生徒を見張る形になっているのだ。
 理科の実験に使ったり、卒業の記念写真を撮ったりする広い場所は、少女の右手——屋上に入ってくる生徒からすれば、左手にある。そしてそこには——

 学ラン、ブレザー、または私服。
 体格も顔つきも違う男達が十数人、固まるようにして倒れていた。辺りに散らばるのは血とゴミとタバコ、それにナイフやスタンガンなどの凶器もちらほら見える。

 「……おっせーんだよアイツよー。いつまで俺をこんなあっちぃとこにほっとく気だよクソが。今度殴ってやらねぇと俺の気が済まんよこれは」

 ここ、異ノ国東中学校は、街を見下ろす高台に建っている。
 手すりに背中を預け、少女は逆さまになって街を見下ろした。音を立てて通り過ぎる電車、様々な映像を映し出す街頭テレビ、せわしなく行きかう人の群れが全て逆さまに見えるのは、少し変な気分になる。

 「おまたせー。待ったかー?」

 突然、出入り口のほうから男の声がした。少女は顔も上げずに、

 「待ったかじゃねぇよ。待ったに決まってんだろ。テメェ、俺をこんな暑いところに長時間放っておいたらどうなるかわかってやってんだろな?」

 「爆発するか? するといいね。その方が世の為人の為よ。日向みたいな暴力的な子がこの街に何人もいたら、それこそこの街の終わりね」

 「テメェ…………」

 日向。少年は彼女をそう呼んだ。
 この街では知らないものがいないとさえ称される、今現在の風紀委員長。十四代目にして最年少、若干十四歳でその地位を得た彼女は、風紀委員始まって以来の快挙を成し遂げた。
 朝岡日向は、マスターピースではない。特殊な能力も持たずに風紀委員長となった日向は、「物言わぬ兵器」と恐れられている。
 冷静にして冷淡。街の秩序を荒らすものには容赦をしない、慈悲などカケラも持たず、不良たちを次々に少年院へと放り込んでいく。彼女に目を付けられた者は地の果てまで追いかけられるとさえ言われている。

第一話「最強meets最恐」 02 ( No.3 )
日時: 2011/02/02 16:11
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)

 「てめっ、開封! 待ちやがれぇぇぇぇ!!」

 「ははっ、鬼ゴッコか? ワタシ捕まえられたら褒めてあげるよ」

 日向は転がっていたバットを握り、怒り狂った顔で少年を追いかける。対して少年は糸のように細めた目を嬉しそうに更に細め、青みのかかった髪を揺らしながらひょいひょい逃げる。
 少年の名は李 開封(リ カイフォン)。風紀委員のメンバーで、マスターピースでもある。生まれも育ちもこの街で、戸籍上は中国人だが中身はほぼ日本人だ。

 「どうしたか日向。全然動けてないね。もう体力切れか?」

 「うっせんだよ! 元はといえばテメェが俺を屋上に置いておいたのが悪いんだろうがコラァ!」

 怒り狂う日向に対し、開封はあくまで飄々と振舞う。彼らが「鬼ごっこ」をしているのは、屋上の手すりの外側、足を踏み外せば四階の高さからまっ逆さまに落ちてしまう危険な場所だ。

 「それにしてもあんなに沢山の不倒すなんて……日向すごいね。ホントはマスターピースか?」

 手すりの上でヤンキー座りをした開封が、感心したように呟く。その無防備な背中に、日向の容赦の無い制裁が振り下ろされ——

 なかった。

 殴るべき目標を殴ることができなかったバットは見事に手すりに命中。バットが当たった部分はその怪力によって凹み、あられもない姿になる。

 「おお、危ない危ない。当たったらワタシでもやばかったね〜」

 言葉とは裏腹に、開封の顔には余裕の笑みが浮かんでいる。さっきの一瞬の間に、開封は屋上へと逃げ切っていた。
 悔しそうに日向が顔を上げると、さっきまで糸のようだった開封の目が開かれていた。深い海の底の様な、群青の目が日向をしっかりと捉えている。
 その目の色はとても美しい反面、ひどく恐ろしく見えた。

 「お前……チカラ使うのはナシじゃねぇか?」

 「ケース・バイ・ケース。「臨機応変」がワタシの座右の銘ね」

 開封は目を糸のように細め、右手をヒラヒラと振る。

 彼の能力は「鬼神の咆哮(クレイジーアワーズ)」。普段閉じている目を開いている間だけ、彼の身体能力が十倍に跳ね上がる、という物。
 元々開封の身体能力はこの学校の中でも群を抜いている。それが十倍にまで高まるということは、リンゴをまるでミカンのように握りつぶせたり、垂直とびで15mほども飛び上がれたり、100m走ではカール・ルイスよりも早く走れるということだ。

第一話「最強meets最恐」 03 ( No.4 )
日時: 2011/02/02 16:11
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)

 日向の一撃で鬼ごっこは終わった。むーん、と退屈そうに伸びをする開封は、わりと激しい運動をしたにもかかわらず、汗すらかいていない。

 「鬼ごっこも終わったし……そろそろ「後始末」するね」

 「…………それが本来の目的だろが。俺はもう中入るぜ。………影ー……」

 フラフラとした足取りで日向は鉄製のドアを開ける。その背中を見送ってから、開封は足元に転がっている不良に目を向けた。
 開封の表情は固く、その顔にさっきの飄々とした感じは全くない。糸のような目さえも、冷たいように感じられる。

 生ぬるい風が一陣、彼の前髪を揺らした。

 「…………クズどもが。簡単にワタシたち倒せると思ったか? ……甘いね。ワタシたちが護ってるこの学校、落とせる思うな」



 「あっ………つかったぁ………」

 多少とはいえ屋上よりは涼しい校社内に入った日向は、早速購買でアイスを買ってきた。この学校、昼休みだけは購買が開放され、その時間内なら何を買って食べようが自由という、他の学校よりも大分フリーダムな校風なのだ。ちなみに私服も可。ちょっと自由すぎるんじゃないだろうか、と日向はたまに不安になる。
 さっきから廊下をすれ違う生徒達は、ほとんどが私服だ。制服はカッターシャツを着なければならず、男子は長ズボン。やはり暑いのだろう、男子は半ズボン、女子は短いスカートや短パンをはき、それでも暑いのか団扇を持ってきている生徒もいた。

 だが、日向はカッチリとした制服。同じく開封も制服。風紀委員は制服の着用が義務付けられているため、夏の暑いときも冬の寒いときも常時制服でいなければならない。

 「差別だ、偏見だ。なんで俺達ゃいっつも制服でいなきゃなんねーんだ? 暑いったらありゃしねーぜコノヤロー。…………あ」

 食べ終わったアイスの棒をくわえた日向は、何かを思い出したかのように立ち止まる。

 「……おいおい、今日俺夜勤じゃねもしかして。ちくしよーMステ見らんねーじゃねーか。今日は折角ラルクが新曲発表するんだぜ? ああもう休んじまうか」

 日向はつかつかと廊下の隅で屯していた野球部部長に近づき、何も言わずに胸ぐらを掴んで締め上げる。周りの部員がおびえる中、日向は

 「なぁ、今日俺夜勤休んでもいいかな?」

 と、真顔で聞いた。
 だが、首を絞められている坊主頭は何も言うことができない。彼はただただ苦しそうな表情を浮かべて、何とか胸元の手をはずそうと必死にもがいている。
 日向が黙っていると、近くにいた部員B(タレ目)が、半ば悲鳴に近い声を上げた。

 「日向さん、公務はサボっちゃダメですよ! って言うか早く部長を離して下さい!! 泡吹いてますって!!」

 涙目になりながら訴えるBの顔をチラリと横目で見、日向はしぶしぶ、といった様子でその手を離した。どさりと床に倒れ込んだ部長に、部員A、C、Dと、教室から出てきた部長の彼女が駆け寄る。




 

第一話「最強meets最恐」 04 ( No.6 )
日時: 2011/02/02 16:15
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)

 これは戦争のドラマかなんかですかといわんばかりの目で、廊下を歩いている生徒が部長をちらちらと見る。日向は自分の後ろで土下座している部員Bに向き直り、

 「なあ、新島センパイ……」

 風紀委員である日向は、この学校の全ての生徒の顔と名前を覚えている。日向は二年生なので新島センパイは三年生、ということは部長も三年生。日向はセンパイにあんな失礼なことをしていたことになるが、ほぼ全校生から慕われている彼女は、そういうことをしてもほとんど咎められない。

 日向はしゃがんで新島の肩に手を置き、さっきと一ミリも変わらぬ真剣フェイスで、

 「今日のMステ、録画しといてもらえます? ラルク出るんすよ」

 と、言い放った。そんなこと真顔で言われても、といった表情の彼は、とりあえず「……はい」と弱々しく言った。日向は真顔で頷き、ぺたぺたと上靴を鳴らして廊下を歩いていく。

 「……委員長。オレ、バンプ派なんで」

 新島の声は、日向の耳には届かなかった。



 四階の一番東、音楽室。
 廊下を歩いてきた日向は、扉の前にすえつけてあるゴミ箱にアイスの棒を捨てた。音楽室の中からは、美しいピアノの旋律が聞こえてくる。音楽の教養の無い日向には何の曲かは分からなかったが、とても悲しく、美しい曲であることは理解できた。
 日向は扉を開ける。最初に目に飛び込んできたのは、黒いツヤを放つグランドピアノと、それを演奏する少女の姿。

 「お、やっぱりお前か」

 「ん? あ、日向! 早かったね」

 ピアノを弾いていた少女は、手を止めて嬉しそうに日向の方を見た。明るい茶髪の髪をポニーテールに結わえ、前髪を何本かのピンで止めている。目は髪と同系色の茶色で、かなり大きい。化粧もしていないのにまつげがとても長かった。
 少女は暑いのか、右側の袖をまくってノースリーブにしていた。

 「あんなにたくさん不良がいたのに……やっぱり日向、マスターピースなんじゃない?」

 少女は座っていた椅子から立ち上がり、日向に近づいてくる。その左腕には、「風紀委員」の腕章。

 「……沙羅、なんでお前までカイと同じこと言うんだ? 俺はマスターピースじゃねぇって言ったろ?」

 沙羅、と呼ばれた少女は、いたずらっ子のように微笑んだ。彼女の腰には黒くて太いベルトが巻かれており、その両側には一つずつ、拳銃を入れるためのホルスターがついていた。そこから黒いグリップが見える。
 彼女の名は紫苑沙羅(しおんさら)。日向、開封と同じく風紀委員で、マスターピースでもある。

 「それにしても……」

 日向は音楽室を見回す。音を吸収するために小さな穴が空けられた壁にかけられたたくさんの賞状、合唱をするために段になった床の最上段には、形も大きさも様々な楽器が雑多に置かれ、楽譜も散乱している。無造作に放られた指揮棒や、どう見ても年代物であろうメトロノームは、見ていて少し痛々しい。

 

キャラ紹介的なカンジ。 ( No.7 )
日時: 2011/02/02 16:16
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)

 とりあえず、主要三人がでてきたので、登場人物紹介をしておきます。まだ出てきてないキャラの名前は伏せておきます。
マスターピースは、名前の後ろに★をつけておきます。


朝岡日向(あさおか ひなた) ♀
身長:152センチ 血液型:O
能力名:
能力の概要:

第14代目風紀委員長。女だが一人称は「俺」で、言葉遣いは男。仕事をしているときは怖いと定評がある。
慈悲の心など欠片も持っていないため、不良たちからは「物言わぬ兵器」と恐れられている。根は優しく、正義感が強い。


紫苑沙羅(しおん さら)★ ♀
身長:153センチ 血液型:A
能力名:魔弾の射手(ダークネススコープ)
能力の概要:銃(モデルガンでも可)を両手で保持している間、目がスコープの役割を果たす。

風紀委員幹部の一人。中一の時に千葉から引っ越してきたため、友達がいなかったが、日向によって救われた過去がある。サッカー部の三年に彼氏がいる。明るい茶髪の髪やピアスなど見た目は派手だが、中身は純真。


李 開封(リ カイフォン)★ ♂
身長:167センチ 血液型:AB
能力名:鬼神の咆哮(クレイジーアワーズ)
能力の概要:目を開けている間のみ、身体能力が十倍になる。能力を長時間使った場合、翌日は疲労で動けなくなる。

飄々とした性格の中国人で、風紀委員の一人。一つ下の学年に妹がいる。人をからかう(特に日向)のが大好きだが、性格が悪いわけではない。犬猫が大好きで捨てられているのを見ては拾ってくる。


赤沼 幽人(あかぬま ゆうと) ♂ ★
身長:172センチ 血液型:B
能力名:磁石手品の応用編(マグネティックトリック)
能力の概要:左手で触れたものを磁石にする。自分以外の命あるものは磁石にはできない。磁石にしたものの面積と磁力は反比例する(小さいものほど磁力が強い的な)。

私立悠ヶ谷高等学校に通う二年生。学校では物静かだが、正体は異ノ国市でもトップクラスの力を持つ不良。幼い頃虐待を受けたせいで精神が不安定に歪み、性格は非情に残虐。「死」を異常に嫌っている。

第一話「最強meets最恐」 05 ( No.8 )
日時: 2011/02/02 16:23
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)
参照: http://www.pixiv.net/member.php?id=2475226

 「……まだ、直ってねぇんだな」

 五年ほど前、この学校の吹奏楽部が全国大会に出た。結果は惜しくも二位。だが、吹奏楽部以外はその賞に満足していた。初めての全国で二位、校長も誇らしげだったという。
 結果としては、その喜びが仇となった。
 東中の全国出場を妬んだ北中の生徒が、不良を雇って東中を襲わせたのだ。
 吹奏楽部のメンバーは全員重傷を負い、病院に送られた。顧問にいたっては生涯歩けない身体にされ、今はノイローゼを起こして精神科医に通っている。学校にいた関係のない生徒も、怪我を負わされた。後にその不良たちは退学となり、それを依頼した生徒も停学処分となったが、事件は生徒達、教師達の心に深い傷を残した。

 不良たちが乗り込んできたのは、東中A棟にあるここ、音楽室。あの事件が起こってから吹奏楽部は自然消滅し、音楽の授業にこの教室が使われることもなくなってしまった。
 そんな音楽室に来るのは、いまや沙羅ただ一人。派手な外見に似合わずピアノが趣味の沙羅は、暇さえ見つけたらここへ来ていた。

 「あたしの友達も、吹奏楽部だったんだ。……あそこにある丸くて黄色いの見える? ホルンっていうんだけど、あれ、やってたの」

 沙羅は、背後に雑多に置かれている楽器の中の一つを指差す。黒っぽくくすみ、埃にまみれているそのホルンの近くの壁に、日光ですっかり色が落ちてしまった大きな写真が貼られていた。
 楽器を抱え、笑っている生徒達。多さからして吹奏楽部で撮ったものだろう。後ろには大きな体育館のような建物。

 「その子のホルンの音色、とっても綺麗だった。私はその子に憧れて、中学は絶対吹奏楽部に入るって決めてたんだ。……結局、出来なかったけど」

 そう言った沙羅の顔には、悲しい、悲しい笑みが浮かんでいた。

 「……沙羅、さっき弾いてた曲の題名、なんていうんだ?」

 日向は壁にもたれかかって聞く。ここに来たのは沙羅に用があったからなのだが、どうも切り出せそうにない。

 「ショパンの、「革命」。難しいけど、綺麗な曲だったでしょ?」

 「……ああ。綺麗だった。……ところで沙羅、今日の夜勤の話なんだが——」

 恐る恐る、日向が切り出す。なぜこんなに腰が引けているのか、それは、沙羅が怒るとこの学校で一番怖いからである。日向が最も苦手な、ひたすら言葉で攻めてくるタイプの怒り方。過去に二、三回ほど見たことがあるが、言葉に出来ないほど恐ろしかった。
 仕事のことになればなおさらだ。日向はいつでも逃げられるよう、扉の方へとじりじり下がる。

 「あの、出来れば、変わってもらえないかな、なんて——」



 「変わらないよ。日向、頑張ってね」



 即答。
 日向のお願いをスッパリ切り捨てた沙羅の顔には、笑みが浮かんでいる。さっきの悲しい笑みとは違い、何だか顔の陰影が濃くなっている、気がする。
 汗まみれの顔で日向はにこやかに笑い、恐ろしいほどの速度で音楽室を出た。

第一話「最強meets最恐」 06 ( No.9 )
日時: 2011/02/02 16:24
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)
参照: http://www.pixiv.net/member.php?id=2475226

 午後八時。日向は住宅街にある自分の家を出た。家を出てくるときに若頭が「Mステ録画しときますんでっ!」と叫んだが、日向は無視した。新島センパイに頼んだし、その前に自分の耳に「Mステ」という言葉を入れないでもらいたかった。やっと忘れかけていたのに、日向の心の中に未練という感情が膨れ上がる。
 朝岡家は、ヤクザで溢れるこの市の中でもかなり大きな勢力を持つ極道である。日向の祖父が今の頭。彼はとても温厚な性格のため、朝岡組は、いざこざを全く起こしていなかった。
 で、さっき要らぬ世話を焼いた若頭は外様樹(とざまいつき)という。日向が生まれた頃から過保護ともいえるほど世話を焼いているので、少しばかり本人からはウザがられている。

 「……ああ、熱帯夜じゃねぇかよ今日もよー。なんで二日も連続で夜勤? ふざけてんじゃねぇぞ……オイ樹、見えてんだよ。ついてくんじゃねぇー、よっ」

 「いだっ、ちょ、輪ゴム痛いっすよー!」

 日向には両親がいない。何故か、それは小さいときに交通事故に巻き込まれたからである。某ドラマの極道先生を思い出していただければ話は早い。

 「……ったく、俺ァもうガキじゃねぇんだぜ? いらねー世話焼くなっつ、のっ」

 「いだっ。だから痛いですって! 何本持ってんですか! ……あ」

 外様がひるんでいる間に、日向は路地へと消えた。全くしょうがないなあの人は、と思いながら外様が家へ入ると、玄関に金属バットが一本、転がっていた。

 「……あぁーーー!!」



 ようやくうるさい奴を振り切った日向は、金属バットを持ってこなかったことをすっかり忘れていた。いつもなら右手に懐中電灯、左手にバットを持っているのだが、彼女の脳内は今Mステに侵食されている。
 今日の巡回コースは、住宅街から商店街へと周り、戻ってくるコース。いつも問題が起きているのが商店街。時間帯は午前二時ごろ。今はまだ午後八時だが、何も起きていない可能性はゼロではない。早く行かなければ、という意思からか、日向の足は自然と速くなる。

 「……ちくしょー、Mステー……」

 アホのように呟きながら、日向は角を曲がる。ここを曲がれば、商店街はすぐ。街頭が何本か設置された、広い路地だ。



 「………………あ……?」



 角を曲がった日向の目に飛び込んできたもの。
 それは、重なるようにして倒れた不良たちだった。
 
 今日の昼、日向は屋上で同じような光景を見ている。だが、それとこれとは気味の悪さが段違いだった。


 「あ、もしかしてキミ、風紀委員?」

 声が聞こえた。見ると、倒れ重なる不良たちを見下ろすかの様に立っている影が一つ。街頭に照らされたせいで、顔はよく見えない。

 「困ったなー。さっさと片付けるつもりだったんだけど……」

 影が頭を掻いた。目の前に広がる光景と、その影の声は、あまりにも温度差がありすぎる。不快感さえ覚えるほどだった。
 不良は、どうやら気を失っているらしい。呼吸で胸が上下する以外は、ぴくりとも動いていない。
 その不良たちの中には、足や手が妙な方向に折れ曲がっている物もいた。その一部は、折れた骨が体外へと突き出している。骨は折られていなくても、口を真っ赤に染めて、白目をむいて気絶している不良もいた。その総数は十人ほど。いずれも重傷を負っている。

 「……テメェ……こいつらに何しやがった!!」

 「……何、って何? ああ、先に手を出してきたのは彼らだよ? ボクはあくまで被害者。こういうの、正当防衛って言うんじゃない?」

 ふざけるな、日向は唇を噛み締める。何が正当防衛だ。こんなもの度が過ぎている。

 「ん? もしかして……キミ、風紀委員長の——」

 影が言い終わる前に、日向は突進した。足元に転がる不良を踏まないように器用に避けながら、影の鳩尾にボディブローを叩き込む。

 ドッ、と鈍い音がした。

 だが、

 「最近の子は血の気が多いなぁ。血圧が上がっちゃうよ?」

 「なっ……」

 完璧に入ったはずの日向の拳は、その影——青年の右手に止められていた。

 日向は青年の顔を見上げた。今までは逆光でよく見えなかったが、下から見上げる形の今はよく見えた。

 街灯に照らされた、恐ろしいほど白い肌。黒い前髪をカチューシャでまとめている。日向と同じ漆黒の目はやや伏し目がちで、左目の下に大きな絆創膏を貼っていた。

 「初めまして、委員長。ボクは赤沼。以後よろしくね」

 日向は青年——赤沼の手を振り解き、距離をとる。そして左手のバットを握りなおして——

 「……あ」

 バットが無い。日向はバットを置きっぱなしにしたことを今さら思い出した。だが、思い出したところでもう遅い。
 コイツはヤバイ。日向の脳が危険信号を発する。

 「委員長の名前は何? 教えて欲しいな」

 背中や顔に、汗が滲んでいるのが分かる。暑さのせいではない。この青年が放つ異様なオーラのせいだ。

 「確か……あ、何だっけ。あから始まるんだよね? 委員長——」

 「うああぁぁぁぁぁ!!」

 日向はもう一度突進した。開き直ったところもあるだろうが、覚悟を決めたのが大きい。赤沼はは少し驚いた顔をし、すぐ笑顔に戻った。
 鋭く放たれた日向の回し蹴りを、彼はいとも簡単にかわした。ズボンのポケットに手を入れたまま、日向のスピードのある攻撃をかわしていく。

 「名前、教えてくれないの?」

 「ふざけんなっ!!」

 怒号とともに、日向は最上段、赤沼の右横面をめがけて蹴りを放った。赤沼はそれをしゃがんでかわす。
 それは伏線だった。
 しゃがんだ赤沼の顔面に、到底かわせるはずのないスピードで右掌底を叩き込む。確かな手ごたえが、手の神経を通して脳に行き渡る。

 確かに当たったはずだった。だが、

 「キミの年にしては早いほうだね。でも、まだまだボクには届かないよ」

 その手は、赤沼の左手で止められていた。

 「そん……な……」

 日向の顔には、さっきまで多少はあった自信が消え失せていた。日向は右手を握られている。距離をとることも出来ない、逃げることも出来ない。

 「女の子に手を上げるのは趣味じゃないんだけど——仕方ないよね」

第一話「最強meets最恐」 07 ( No.10 )
日時: 2011/02/02 16:26
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)

 赤沼は、日向の右手を自分の方へ引っ張った。恐ろしいほどの力で引っ張られた日向の体は軽く浮き、引き寄せられる。

 「しまっ……」

 反応が、一瞬遅れた。

 引き寄せられた日向の鳩尾に、赤沼の膝が入った。鈍い音とともに、日向の口から唾液とも胃液ともとれる体液が漏れる。力に一切の容赦はないように思えた。
 あまりの衝撃で息が一瞬どころか数秒止まった。崩れ落ちた日向は地面に膝と頭をつき、ゲホゲホと激しくせき込む。

 「もう終わりなの? キミなら楽しませてくれると思ったんだけどなぁ……」

 地面に頭をつけた日向を観察するかのように、赤沼はしゃがみ込む。荒い息を整える日向の前髪を無理矢理引っ張り、自分の方を向かせ、

 「ねぇ、キミの名前は何?」

 と、まるで初対面の子供のように聞く。その顔には無邪気ささえ浮かんでいた。

 激しくせき込み、相手の視認すらままならないはずの日向は、それでも、

 「てめーで考えやがれ、クソ野郎!」

 怒号とともに、日向は地面に膝をついた体勢から右ストレートを放つ。予想外だったのだろう、拳は赤沼の顔にクリーンヒットした。

 衝撃。
 日向の拳は非常に不安定な体勢から繰り出されたものだった。そのせいか、地面に尻餅をついた赤沼の顔は、口の端を切っている以外ほとんどダメージがない。軽すぎたのだ。
 だが、不意をついたのは大きかった。彼の顔には淡い驚きと賞賛の表情が浮かんでいる。赤沼は口元の血を手の甲で拭い、ゆらりと立ち上がって長ズボンの埃を払う。

 「ふぅん、朝岡日向っていうんだ。カワイイ名前だね」

 赤沼の右手に握られていたそれは、日向がワイシャツの胸ポケットに入れておいた生徒手帳だった。

 「じゃあこれからは日向って呼ぶね。ボクのことは幽人でいいよ」

 「……慣れ慣れしくしてんじゃねぇよ!」

 もう一度、隙を突くことさえ出来れば勝てる。日向は立ち上がり、赤沼の顎をめがけて右アッパーを放つ。だが、それはするりとかわされた。

 「日向、攻撃が単調なんだよ。すぐ筋が読めるし、なんの捻りもない。一発一発の威力はあるんだから、当てなきゃ損だろ?」

 喋りながら、赤沼は日向の攻撃をかわしている。今度はかわすだけではなく、掌底やジャブなど軽めの攻撃を、日向がかわせない動きでヒットさせてくる。対して日向の攻撃は当たらない。

Re: Peace Keeper ( No.12 )
日時: 2011/01/15 09:06
名前: 驩 (ID: JYHezvC8)

 今読みかえしてみたら脱字パラダイスでした。
 ……アウチ。
 正直に今の気持ちを言ってみよう。誰か来てくれまいか。
 駄文だというのは痛いほど分かってはいるのだけれど、それでも私一人というのは切ないもんでがす。ふひ。
 人の小説に書き込んでこいや、と言われても仕方ないけど。私は人見知りなんでげす。
 気軽に話しかけてやって下さいな。
 超☆人見知りな私だけども、親密になるとアレ、絵とか描きますよ?←
 挿し絵とか……リク掲示板の方で受け付けてるよ?(宣伝すな

 っていうか名前どうなったwww 正しくは「朱音」です。

Re: Peace Keeper ( No.13 )
日時: 2011/01/13 22:53
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: jbwgUQwv)

うぼぁ。何この小説好きすぎる……!

ってのが第一感想でしたよっていう。日向ちゃん可愛いです日向ちゃん
そして赤沼君に若干のイラつきを覚えて膝ぱんぱんしたのは私だけでしょう、そうでしょう。

突然のコメント失礼します、ささめと申します。
たまたま「あれ、英語のタイトルだどんなんだrふおああああああああ」ってなってので衝動のままコメをした次第です。衝動のままに動く、それが私でs(ry

文章力凄いです、キャラの魅力凄いです、開封君何気に好きです再登場希望です————何かもう言葉が足りなくて困る……くそ……何でこういう時に限って思いを伝えられないのか……!
つまりこの小説お気に入りにいれていいかということです(真顔)。←


長々と失礼しました、続き頑張ってください(`・ω・´)

…………あ、>>12に親近感。

Re: Peace Keeper ( No.14 )
日時: 2011/01/14 18:39
名前: 朱音 (ID: WOvdF.BH)

 ……うん、来てくれって言ってみるもんだね。>>12は叩かれたら消すつもりだったんだけど、まさか共感まで……!

 ▼ささめ様
 来て下さってありがとうござりまするぅぅぅぅ!!!(スライディング五体倒置
 好きすぎるですと!? あら嫌だわ奥様ったらもう←
 日向ご指名ですか。よしカマン日向。ささめ様がご指名だぞぇ。……え? 今ニュース見てる? 知るかハゲ!
 あきゃぬま君の容姿ちゃんと書くの忘れてた私は処刑決定ですな。彼はこう見えてもすごいイケメソなんですよww ハン●ーハ●ターの●ソカみたいな感じなんですよ! 性格もww

 文章力なんざ皆無です。なにそれおいしいの?←
 キャラに魅力……だと? それはめっちゃ嬉しいです! 素直に受け取っておきます^^ 開封君はあきゃぬまの次ぐらいにお気に入りなんで活躍させるつもりっす!

 僕の駄文をお気に入りに入れちゃったりなんかしたらパソ子が壊れちゃいますよ(真顔二乗
 ていうか今によによがとまらんのですがww お気に入りとかむしろこっちからお願いしたいぐらいで(殴

 はい、頑張ります^^b

 ……ですよねー。

第一話 「最強meets最恐」 08 ( No.15 )
日時: 2011/02/06 10:48
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)

 「くっ……」

 単調なリズム、大振りの攻撃。
 風紀委員長、朝岡日向のスタイルは、いつもそれだった。相手の攻撃をかわすことなど考えず、ただひたすら殴り、ただひたすら蹴りかかる。
 たいていの不良は、きちんとした武術など学んでいない。とにかく胸ぐらを掴んで顔面を殴り、地面に押し倒して腹を蹴るだけ。空手や合気道の有段者も、たまにはいる。だがそんな奴等でも、日向の足元にも及ばなかった。
 だからこそ分かる。
 今自分と戦ってる奴は化け物だ、と。

 日向が攻撃を空振れば、ガードの上がった場所に正確に攻撃がくる。反撃をすればまたかわされる。さっきからずっとその繰り返しだ。
 それに、さっき言われた言葉。あれは、日向がいつも武術の師である祖父に言われていることと同じ。

 「スピードが落ちてきてるよ。疲れちゃった?」

 なぶるような赤沼の言葉。そんなことは日向にだって、それこそ痛いほど分かっていた。
 日向の肩は大きく上下し、顔や首から流れる汗が地面にパタパタと落ちている。正拳も蹴りも、スピード、切れともにだんだん落ちてきているのは、素人目にも明らかだった。

第一話 「最強meets最恐」 09 ( No.16 )
日時: 2011/02/06 11:46
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)

 ——いいか、日向

 幼い頃の記憶。
 夕日の差し込む武道館。畳の匂いが空間に満ちていた。
 武術の大会で何度戦っても勝てず、泣きながら家に帰ってきた日向に、いつも優しい祖父は厳しく言った。

 ——お前の攻撃は、いつも単調で大振りだ。かわされれば自分の体力はどんどんなくなるし、隙も大きくなる

 ——だって……じいちゃん……わたし……

 流れ落ちる涙を拭おうともせずに、幼い日向は祖父を見上げた。自分を諭す祖父の顔は、まるで別人のようだった。

 ——言い訳をするな、日向。私は何も、お前を責めているわけではない

 祖父は泣きじゃくる日向の頭を優しくなでて、いつものように優しい口調で言った。

 ——単調で大振り、だからこそいいことがある



 「そう、だよな……じいちゃん……」

 赤沼の蹴りをわき腹に食らい、衝撃で少し吹き飛ばされた日向の顔に、

 笑みが、浮かんだ。

 体格、力、スピード。どれを取っても赤沼の方が上。武器でもなければ勝てる状況ではない。それに、日向の方はダメージを負っている上、体力もなくなり、攻撃のスピードも落ちている。このままの状況では、奇跡が起きて赤沼の頭に雷が落ちたりしない限り、絶対に勝てない。

 だが、そんな絶望の中で、

 少女は、笑った。

 「…………?」

 解せない、という面持ちの赤沼。そうなるのも無理はないだろう。今まで劣勢だったはずの彼女が急に笑い出したのだ。
 日向は今まで、どちらかというと防戦だった。攻撃をすればするりとかわされ、カウンターを決められてしまうため、相手の攻撃を待って、それから攻撃をするようになっていた。
 それは「絶対に負けたくない」という日向の本能だったのだろう。普段のスタイルを失ってでも、彼女はこの相手に勝とうとした。

 「もういい。もう後手に回るのは飽きた」

 だからこそ、彼女のスタイルの長所が失われてしまったのだ。
 幼い頃、懐かしい記憶。泣いていた日向に祖父が優しくかけた言葉。

 ——単調で大振り、だからこそいいことがある

 「こっからは俺の番だ!!」

 助走した日向が放ったのは、凄まじいほど切れもスピードもある右ストレート。それは正確に赤沼の顔面を捉えていた。

 「バカの一つ覚え? そんなんじゃボクには届かないって——」

 それをしゃがんでかわした赤沼の顔に、日向の左膝が飛んできた。
 角度、スピード、タイミング。どれも正確で、非の打ち所のない攻撃。その辺にいる普通の不良ならそれをかわすことが出来ずに、鼻や口から赤い液体を撒き散らしていたところだろう。
 だが、その攻撃を赤沼は左にかわした。決して日向に非があったわけではない。彼の格闘センスは、武道の修行を積んだ日向でさえも目を見張るものだったのだ。

 (スピードが……戻った?)

 日向の攻撃を避けた赤沼の頭頂部に、鈍い衝撃が走った。まるで、誰かに殴られたかのような、衝撃。

 膝蹴りを放った直後、日向は右手で照準を合わせていた。そして、不可避の角度、スピードで、赤沼の頭を思いっきり殴ったのだ。
 殴られた赤沼の方は、何も言わずに地面に倒れこんだ。うつ伏せに倒れたので表情はよく分からない。その身体はぴくりとも動いていなかった。頭を殴ったために気絶したのかもしれない。

 「はぁ……はぁ……もう、立ち上がってくんじゃねぇぞ……」

 倒した、そう思ったとたん、身体に疲れの波がどっと押し寄せた。とりあえず救急車を呼ぼう、そう思った日向は、赤沼に背を向けてスカートのポケットから携帯電話を取り出し、番号を押す。

 だからこそ気づかなかった。

 まるで魔法にかけられた人形の様に、ふらり、と赤沼は立ち上がった。さっきまで伏し目がちだった目は大きく見開かれ、口は三日月のように裂けている。

 「あ、ははははっ、ははっ」

 明らかにまともな表情ではなかった。

 「なっ……!?」

 ぎゅん、と風を切る音がした。

第一話 「最強meets最恐」 10 ( No.17 )
日時: 2011/02/06 11:47
名前: 朱音 (ID: JYHezvC8)

 5メートルほども開いていた日向との間を、赤沼は一瞬で跳躍。互いの鼻がくっつくほどにまで顔を近づけて、

 「久しぶりだよボクを怒らせた子は。それにその相手が女の子っていうんだからねぇ。……ひひっ、ひひゃはははははっ! ねえ日向、」

 赤沼はそこで一旦言葉を切ると、日向の耳元に口を近づけて囁いた。

 ——ころしてあげる

 動けなかった。まるで足が接着剤で地面にくっつけられたかのように、一歩前に踏み出すことすらできない。脚が震え、背筋が寒くなってくる。とても怖い怪談を聞いたときのような感覚が、日向の脳髄から足の先まで響き渡った。

 「っ……! 離れろ——」

 瞬間、世界が回った。
 さっきまで頭上にあったはずの空が、今は目の前に見える。どうやら脚払いをされたらしい。日向は汚い地面に仰向けに転がった。
 軽い衝撃が日向の背中を襲う。早く立たなければ、そう思った彼女は、腕を振ってその反動で起き上がろうと、両手を頭上に上げた。

 その時、

 「がっ!」

 赤沼が、その手首を靴で踏みつけていた。彼は日向の手首がちょうど交差したところを踏みつけているため、足一本で日向の両手を封じたことになる。これで彼女は起き上がれない。
 しかも、どういうわけか左足が地面にくっついて離れない。接着剤でくっつけられたような、というよりは、超強力な磁石で地面にくっつけられている感じがする。

 「痛い? 痛い? 痛い? ねぇ教えてよ」

 言いながら、赤沼は足にどんどん体重をかけていく。抵抗しようにも、両手と左足を封じられているため、何も出来ない。
 メキメキと、自分の手首の骨が悲鳴を上げているのを日向は感じていた。最低でもヒビ、もしかしたら、骨折を考えなければいけないかもしれない。
 日向は封じられた左足を必死に動かす。だが、それは何の役にも立たなかった。赤沼が不思議そうにその様子を見て、くすり、と笑った。さっきまで見開かれていた目は元の伏し目がちな目に戻っていたが、依然、その口は裂けたままだ。

 「ああ……なんで足がくっついてるか教えて欲しい? 言ってあげるよ?」

 返事をしない日向の顔を、赤沼は覗き込む。日向の顔は苦痛で歪んでいて、最早見られる表情ではなかった。

 「ボク、マスターピースなんだ。それで、この手で触れたものを磁石に変える力があるんだよ」

 赤沼は右手をヒラヒラと振る。

 「キミの左足とこの地面を磁石にしたんだ。これでキミは、ボクが能力を解除しない限り逃げられない」

 ギリギリ、ギリギリ、骨がきしむ。もう折れる寸前、というのは、踏みつけられている日向が一番よく知っていた。
 赤沼は、足元に落ちていた刃渡り十センチほどのナイフを拾い上げ、

 「降参、って言ったら見逃してあげる。キミをここで壊しちゃうのは惜しいんだ」

 優しげな声をかけながらも、足の力はどんどん増していく。そのたび、日向の顔が苦痛に歪む。
 降参、というたった一言で楽になるのに、日向は頑として口を開かない。その身を震わせながらも、襲い来る苦痛に耐えていた。その様子を見た赤沼の顔から、笑みが失われていく。

 「可愛げのない子だ。言っちゃえば楽になるんだよ?」

 楽になる、というのは、助けてあげるということではない。手に携えたナイフでその身を切り刻むぞ、というある種の脅しだ。

 「誰が……言うかよ……」

 ぶるぶると震える声で、それでも日向は、



 「俺は風紀委員、朝岡日向だ! テメェなんかに屈してちゃ、この街護れるわけがねぇんだよ!!」



 強い、強い一言を放った。その顔から苦痛の表情は消えていて、替わりにその瞳からは意志の強さが垣間見えた。
 中学二年生の彼女が、特殊な能力も持っていないただの女の子が、風紀委員長に選ばれた理由。
 それは、彼女の持つ意思の強さだった。

 「殺りたきゃやれよ。そうすりゃお前は刑務所行きだ。これからはお前みたいなイカレた野郎に傷つけられる奴は誰もいなくなる」

 そう、決心した日向の顔からは、負の感情などカケラも残っていなかった。
 赤沼はしばらく黙っていた。驚嘆に満ちた表情で、日向をずっと見続けるだけ。足の力はキープされたままだったが、強くなることはなくなっていた。

 「ふぅん…………」

 突然、赤沼は手のナイフを宙に放った。かきん、と金属音がし、ナイフが地面に落ちる。

 「合格」

 「…………はぁ?」

 あまりに突拍子だった赤沼の言葉に反応して、つい日向は声を漏らす。同時に、日向の手と足が解放された。

 「キミをここで壊しちゃうのは惜しい。もっともっと強くなるだろうから。青い果実はあんまり好きじゃないんだよ」

 正直言うと、その言葉に寒気を感じた。違う意味でコイツはヤバイ奴だと再認識する。青い果実って……青い果実って! と、日向の脳内はその言葉で埋め尽くされた。若干の吐き気を覚える。

 「いい? キミを壊すのはボクだ。それまで絶対に誰かに負けるなよ」

 薄い笑みをたゆたえた赤沼は、街灯の向こう、暗い路地へと消えていった。今さら心臓の鼓動が激しくなっていくのを、日向は感じていた。さっきと同じように、どっと疲れが身体に押し寄せてくる。
 
 怖い。
 とにかくその一言しか思い浮かばなかった。

Re: Peace Keeper ( No.18 )
日時: 2011/01/15 19:25
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: jbwgUQwv)

日向先輩カッコいいっス、マジリスペクトっス……!

祖父と日向ちゃんの思い出辺りから脳内BGMが格ゲーで流れてるのに変わったというささめがまたもやコメしますよ! 日向ちゃんが熱血過ぎて、読んだ直後興奮して顔が真っ赤になりました。

やはりイケメソだとしても許せないことがあると思った今日この頃。
何故かって? 我等が風紀委員長、朝岡日向先輩を傷つけたからdそろそろ黙るんですみませんでした。

あー赤沼君何者なんだしーてかマスターピースで磁石に変える力とか凄いしー続き気になるしーあーどうしようと続きを全力で応援させて頂きます! ちなみにすでにお気に入り登録済み。

それでは。

Re: Peace Keeper ( No.19 )
日時: 2011/01/15 22:34
名前: 朱音 (ID: WOvdF.BH)

 ▼ささめ様
 お気に入り登録、だと……? ここに神がいらっしゃった!
 日向かっこいいって! 良かったねえ日向! これで実は虫が苦手とかケツが裂けても言えないね!←
 おお……格ゲーとか……BGM合いそうですね! 私は格ゲーといえばストリートファイターです。春麗とジュリが大好きです。ガイルとザンギエフも好きです。
 イケメソでも許されないことってありますよね! そうだよあきゃぬま。君は確かに私の理想を全て集結させたキャラだけど、やっていいことと悪いことがあるよ!←
 まぁ、不良ですし、悪役サイドですし。黙認しt(殴
 あきゃぬま君や日向、沙羅、それと開封の過去は、番外編で明らかに? なるかもしんない。
 応援ありがとうございます^^ 頑張ります!