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Re: 反響音の響くHz ( No.10 )
日時: 2011/02/07 21:39
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: fFMoervE)
参照: 4000文字越えの長めでサーセンorz

夕方頃、人混みも昼と比べればまばらになっているこの時間に特に今日は何もやることのない司とクファと五十嵐が下校していた。

「むーッ! 一緒に帰ろうって言ったのにぃーっ!」
「そうだ、そうだーっ!」

人混みの中、クファと五十嵐は手を挙げて怒りを示している。
もちろん、原因は本当ならばここで一緒に帰っているはずの春のせいであった。
その二人の横を苦笑しつつ並んで歩く司は春のバイトの内容は知らないが信頼はしていた。
それに部活動などがある楓や修史などは滅多に一緒に帰ったり、集団活動が出来ないためにこんなことは慣れていた。

「まあまあ。今に始まったことじゃないんだから……」

司はそうやって毎度のこと二人の気を宥める。それは前学期でも同じような繰り返しであった。
春がいないたびにこの二人は唸りをあげる。毎度のことこの三人と今日は休みのようだが千鶴と燕とで帰っているのだが……。

(私の立場ってこの二人の中じゃ普通なのかしら?)

普通という言葉が好きではない司にとってはそのことが何とも嫌疑なものに思えた。
そう思いたくもないのだが、この二人にとって自分はどういう風に映っているのかも気になるところではある。
リーダーという感じに引っ張ってきたがそれはやはり別として気になるものであった。

未だに怒りの雄たけびに近いものを言い放ちながらクファと五十嵐はずんずん前へと進んでいく。
それに仕方ない、という風に司も後をついていく。
そして、丁度交差点に差し掛かった時であった。

「あれ……?」

信号の向こう側、つまり今司たちが渡ろうとしている先の方にまばらな人混みがやはり集まっていた。
だが、その中で一人だけ少し違和感のある者がいたのだ。
その者は少女で、スタイル何かは司までもが負けているんじゃないかと錯覚するほどの綺麗さ。
そんな容姿とは違い、変わっていると思ったのは持っている物と服装であった。
持っている物は竹刀を入れるような袋に詰められた棒状の何かを体を優に超える大きさで持っている。
そして服装は今日は祭りでも何でもないというのに黒色の浴衣姿だった。

異端、とまではいかないがやはり目立つだろう。その少女の周りを通りがかるものは皆振り返る。
だがしかし、司が違和感を感じたのはそんなことではなかった。
何か、冷たいものがその少女を纏っている感じ。目には何かの感情が見え隠れする何かがある。
それは司に身震いをさせるほどに感じるものだった。

ずっと司はその少女を凝視してしまっていた。きっと今の自分の顔は驚いた顔なのだろうと思う。
だが、そんなことは関係なく見惚れてしまっていた。

「——っ!」

何故か言葉を発そうとしたその刹那、車が目の前を無数に遮っていく。それと同時に少女の姿も隠れてしまった。
そのまましばらく経つと、車が動くのを停止した。きっと信号が変わったのだろう。
その謎の少女は——既に姿を消していた。
まだ近くにいるだろうと周りをキョロキョロと振り返ったり見回したりするが見つからなかった。

「むーっ! つーかーさーっ! 行こうよ〜っ!」

気付くと、クファが司の右腕をぶんぶんと激しく振り回していた。

「あ、あぁ……うん」

クファに引っ張られるような形で司は歩いた。先には手を振ってる五十嵐の姿も見える。

(一体、あれは……?)

そんな疑問が不意に司の頭を駆け巡らせたのだった。






目が合った女がいた。
周りの者は自分の浴衣姿は理由はよく分からないが珍しいのか振り返る。だが、目など合わせようとはしない。
浴衣姿だけでなく、持っているこの"大事なもの"も変わったように見えるのだろう。
それは仕方ないことだ。しかし……。

「あの女……」

信号の色が変わるのを待っている間に目が合ったあの女。
あの顔はどういうわけだか驚愕、とまではいかないが驚いたような顔をしていた。
あの女とは初対面のはずだというのに。

(気になる……が、そんなことはもうどうでもいい)

少女は頭からつい先ほどの出来事を忘れた。咄嗟に隠れるようにして逃げ去った自分を悔いることも忘れた。
ただ、待つのみ。
——ゲーム開始の合図を。
少女は、空に薄っすらと浮かぶ月を見上げて——笑った。






日が暮れたのかどうかすらも分からない地下の賭け場は——騒然としていた。
それもたった一人の男子高校生に、である。
ニヤリと表情を歪ませ、テーブルに足を置くその偉そうな態度の男子高校生は膝をつきながら目の前の男を見る。

「も、もう金が……っ!」

男の顔は焦りに焦っていた。
額からは多量の脂汗が流れ落ち、中年太りの男は気が狂っているのかと聞きたいほど目が泳いでいる。
その男は男子高校生——春がここに来た時に大勝ちしていた男であった。
だが、今では目の前にあった大量のチップが全て春の手元にある。

「金がない? そんなことないでしょう」

春は右腕の人差し指ですっと男の腕元やつけているアクセサリーを順にさしていく。

「それら全て、賭けれるでしょう。スーツも高級そうですが……それは貴方のそのひどい汗がついているのでいりません」
「ひ、ひぃっ! お、お前っ! 着ぐるみ全部剥がそうっていうんじゃ……っ!」

中年太りの男は耐えかねて悲鳴をあげた。確かにアクセサリー類はどれも本物のダイヤやらとかなりの金額がついていることが分かる。

「ははっ、当たり前だ。貴方は最初に言った。こんな小僧が今乗っているワシに敵うのか、と」
「ひ、ひぃ……っ!」

中年太りの男は春の冷たい言葉に身を震わせた。
周りにいる者は関わらないようにできるだけ目を配らせないようにする。だが、この春の放つ威圧感だけは避けられない。
春はゆっくりと腰をあげて中年太りの男に指を差す。

「いいか? アクセサリー類だけじゃない。賭けるものなんていくらでもあるんだ。例えば……お前の臓器、とかな」
「な、な……ッ!」

男は思わず椅子から転げ落ちてしまう。だが周りには春の連れて来たと思える黒服の輩が道を塞いだ。
男は、逃げられない状況にあったのだ。

「死にたくなければ、勝つしかない。——さぁ、やりましょうか」
「ひ——ッ!」

既に男の目には希望という光など全く見えない、闇の中であった。






全てが終わった後に、あまりに自分の描いたシナリオは残酷すぎたか、と少し反省をする。
金はほとんど全て黒服の奴等——園咲家の輩に渡しておく。これでとりあえず今日のノルマは終了した。

「ひ、ひぃっ! た、助けてくれぇ〜〜ッ!」

春の後ろからは悲鳴が聞こえてくる。それはあの中年太りの男の声であった。
あの男はこの後、どこで何をされるのかなど知ったことではないという物言いでその場を春は後にした。

自分の金が詰まっている袋を抱きかかえ、着ているスーツを学生服に戻す。
こうしておかなければ道端で同級生などに会った時、対応に困るということもあった。
さらに、帰る時は徒歩で帰るようにもした。自分を知っている人間には夜にバイトをしていると告げてある。
それがどんなバイトかは詳しくは告げていないが、表向きの世界から見るに正当なバイトであることは確かではある。
場所を調べられたりしたらマズいのでそういう関係のものをやっているとだけは告げている。
後は園咲家の"隠し"で春のバイト先は闇のまた闇となっている。
といってもあの学園の奴等は人のバイトを捜索するような奴等は知り合いではいない。
ゆえに安心しても言いと言いきれるほどである。

誰にも見つからないように園咲家秘密の出入り口から外へと出る。
その後、近くの自動販売機で一つコーヒー缶を買ってから歩き出した。

現在の時刻は夕方からとっくに夜へと変貌しているがさほど今回描いたシナリオは短い短編の残酷な事柄だったので時刻はまだ浅い。
月が今日は大きく見え、それを眺めながら春はコーヒーを一口飲む。
そしてため息。やっと今日の"仕事"が終わったと安堵していることもある。

「あ……そういえば」

安堵し、表向きの自分へと変わった後に不意に思い出した。
それは帰り、クファと共に帰るという約束である。
すっぽかしたことによってまた明日怒ってくるだろうと安易に予想がつく。また司に礼を言っておかなければならない。
そんな表向きのことを考えている時間はこの帰宅ぐらい。帰れば早速メールをチェックして"あいつ"の尻尾を探す。
春は毎日表と裏の逆転生活をずっと園咲家に拾われ、このカリキュレーターの能力が開花してから送っている。
頭の中で物語を計測し、それを行う過程を実際に表現する。様々な計算が頭でパターンとして何度も再現されていく。
そんな奇妙な能力はこの賭け事の仕事において絶対的力を持っていた。

(もし、神がいたとしてこの力を授けたのならば、俺はその神を呪うべきだろうか?)

神がいたとするならば、何故"あの時"助けてはくれなかったのだろうか。
これが運命なのだとすると、とても皮肉なものに思えてしまう。
この能力をもっと活用すれば、現代に存在するほどの神的存在になれるのではないかとも思う。
何故だか笑みすらも浮かんでくる。この能力には感謝したい。
春は復讐心こそが自分の生甲斐と錯覚を感じ始めていた。

(とにかく、帰って風呂にでも——)

帰宅道へと繋がる曲がり角を曲がったその時だった。
後ろから、足音が小刻みに聞こえてくる。

「ッ!?」

後ろを素早く振り返ると——そこにいたのは黒いパーカーを着て、手に銃を持っている男だった。
手に、凶器——
そのことが瞬時に春の脳内を過ぎる。男は既に黒く月によって光る銃を構えていた。
この帰宅道は出来るだけ知り合いと会わないために人気のないところを歩いている。
そのために、ここには今春と目の前で凶器を持つ男ぐらいしかいないと分かる。

男が、ゆっくりと春に狙いを定めてロックオンを開始する。
頭の中で春は必死にどうすべきかを計算しようとしたが、遅かった。

男は叫び声をあげて銃を放った。
乾いた音が一つ、誰もいない路地に響かせる。
春は目を閉じた。もう、何も出来ないと悟ったのかどうかもわからない。
そして、その次に目の前でものすごい衝撃音が聞こえた。

「……?」

自分は死んだのか? いや、まだ生きているはずだと感じ取る。
地面に手を触れている感触がありありとあるのだ。どうやら自分は知らず内に尻餅をついてしまっていたようだ。
だが、そんな痛みも感じない。暗闇しか、見えない。少し経つとそれは目を閉じているからだと分かる。
ゆっくりと、春は目を開けた。
目の前にいたのは——浴衣姿という変わった格好をしている綺麗な女の子が大太刀を持ち、悠然とその場にいたのだ。

銃を持っていた男は震えながら今まさに春と同じように震えながら地面に尻餅をついて少女を見ている。
春はよく少女の足元の方を見ると、銃弾が真っ二つに分かれて煙が出ていた。

「まさか……! 銃弾を切った……のか……?」

信じられなかった。目の前の光景がまさに異端といえた。
春がそう呟いた後、少女は素早く男の元へと走っていく。
男は震えながら、叫び声をあげながら銃を連発して放つ。だが、少女は驚くべきことに全く避けもしない。
それは銃弾が全て真っ直ぐ飛んでいなかった。震えていることで弾筋が乱れているのだ。
その間にも少女は男の元へと駆け寄っている。

「来るなぁぁぁぁッ!!」

男は渾身の力を込めて少女に向かって銃を放った——が、少女はそれをいとも簡単に避けてしまう。
そしてそのまま避けた勢いに任せて飛躍し、男の手元から伸びている銃を真っ二つに切り裂いた。
そのまま逆刀で峰打ちを男に食らわした。男はガクリと頭をうな垂れさせる。
それは、一瞬の出来事であった。

春は目の前で起こった一瞬の出来事をただただ呆然と見ていた。

「……おい」

そんな春に不意に声をかけた大太刀の少女の声に驚く。

「な、なんだっ!?」

ゆっくりとそのまま少女は大太刀を鞘へと戻して告げる。そして、長い黒髪を一気に掻き揚げる。
それは、とても美しく春には見えた。
その少女は無表情に、ゆっくりと口を開いて言い放った。


「——お前は、何者だ」


反響音が遂に、震動した。