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Re: 反響音の響くHz 参照100突破! 第1話完! ( No.11 )
日時: 2011/02/07 21:41
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: fFMoervE)

音が、聞こえる。
音は空気を振動させ、全てに広がる音波のように人へと伝わっていく。
着物を着こなし、見た目だけで和風を感じさせる外見。それに合わせたかのように綺麗な顔立ちに幼げさを少し見える少女。
目の前にある茶碗の中に抹茶がゆっくりと円状の波を一定のリズムで広がっていた。
その様子を少女は無表情で見入っていた。正座を崩すこともなくその礼儀正しい振る舞いで。
明かりは月の明かりのみとしているのか、かなり暗い。
和室の障子を全開に開けているのは暑いからということではない。わざと月の明かりを部屋の中に差し込ませるためである。

「ふぅ……」

小さなため息をその小さな口から漏らして少女は地面も何も"揺れていない"というのに振動している抹茶を見つめた後に茶碗を手に取る。
そして、そのままゆっくりと小さな口につけて飲む。
数秒ばかり経つと、口から茶碗を外した。
月光が彼女を彩る。ふと彼女はその月光の放つ元、月を見上げた。
——あぁ、そうか。今日の月は

「満月、ですか」

真ん丸く黄色に光るその月を見上げ、少女は無表情にただ眺めるのみ。
少女の銀色の髪が、ふわりとどこからともなくやってきた風によって煌びやかに靡く。
そして少女は、ゆっくりと立ち上がった。
——聞こえた音に連れられて。






「答えろ、お前は何者だ」

鞘に入った大太刀を片手で持ち、長い黒髪を揺らしながら存在感をひしひしと放っている少女が春の目の前に立ち、睨みつけている。
春は腰が抜けたように地面へと尻餅をついている状態のまま、動けなかった。言葉すらも出ないのだ。
——まるで、刃を突きつけられているような感じ。
春にとってそんな感覚が感じ取れたのは初めてのことであった。

「俺は……春だ」

何とか搾り出すかのようにして声を発した春。だが、少女の態度は変わらない。

「苗字は?」

苗字は出来る限り春にとっては言いたくないことである。
園咲家にとっても春の存在は伏せておきたい事柄であり、春もそれは好ましく思わない。
カリキュレーターとして裏社会で名は少しばかり知れているが、それを表社会に影響させたくはない。
裏と表は、背中合わせの世界でないといけないのだ。

「苗字は、いえない」

断固としてそれは言わないことを突き通すことにする。
睨みつけるようにして春は少女を見つめる。
少女はその春の行動、目を透き通る自身の目で数秒間見た後、目を閉じた。

「……推測からして、お前は園咲家の人間だろうな」
「なっ……!」

見事にこの少女は春の苗字を当てたのである。
いくら有名な家柄だとはいえ、この見た目ごく一般の男子高校生の振る舞いが園咲家だという確証はどこにもないはずだった。

「その様子は図星らしいな」
「………」

答えるわけにはいかない。自分の口から言うと本当に"自分の苗字"のようで仕方がなくなってくる。
鼻でふっと笑うと少女は春から背中を向けた。その時に舞うようにして揺らめく黒髪が何とも綺麗であった。

「確証は特にない。だが、普通一般人が銃を持った男に襲われるか?」

少女が背中を向いたことによって何らかの重圧が解けたように春は立ち上がれた。
腰や所々砂埃のついたズボンや服などを払うと面倒臭そうに春は反論する。

「通り魔かもしれないだろ? 最近物騒だからなぁ……」

と、人事のように春は言った。
——園咲家の人間とバレたとしても、カリキュレーターとはバレない。
そんな安心感もあった余裕の反論だった。

「——バカを言うな」
「え?」

しかし、少女から帰ってきたのは罵声であった。
目の前で気絶している襲ってきた男を指差して少女は言う。無表情で。

「こいつの格好をよく見てみろ」

暗くてよく分からなかったし、それにいきなり襲われたこともあってよく格好を判断していなかったことに春は今更ながら気付く。
そして、再びよく見てみるとその男の格好は小奇麗なスーツだった。

「人を殺そうとする奴がわざわざ動きにくそうなスーツを着用して来るのか?」
「——っ」

春は返事に困った。
それはこの少女の言っていることが正しいわけだからだ。
そして、そのスーツが何を意味するのか。

「この男が仮にずっと暗殺を狙っていたものとすれば……お前のことを見張るだろうな。そして薄暗い人混みの少ないところに行く」

春は黙って少女の言葉一つ一つを聞いていた。
ただし、顔を真剣に強張らせながら。

「このスーツ姿の格好からして、この男はこの姿でないと入れない場所でお前を監視していたことになる」

少女の言いたいことはひしひしと伝わってくる。少女は得意気になったような表情ではないが声の強さを強くして続ける。

「つまり、だ。お前のスーツは……そうだな、その手に持っている小包の中にでもスーツは入っているんだろうな」

無表情の顔からニヤリと急に顔を笑みへと歪ませて少女は春の方へと振り返る。
この小包の中には金と——スーツも押し込むような形で入っていた。そのためかなり小包は膨れていた。

「スーツだけでそんなにパンパンにならない。中身は金とスーツ……賭け場関係だと見えるな」

少女はどんどん春のアリバイを解いていく。それは悪寒さえも感じさせるほどの的確力だった。

「この付近での賭け場で噂されているのは……園咲家だからな」

つまり、春の様子と襲ってきた男の様子から計算して園咲という苗字柄に当てはまったということだった。

「クックック……ハハハハハハッ!!」

不意に春の口から笑いが漏れた。
そのまま連続的に高笑いへと繋がる。その不信感に無表情、無言で少女は春を眺めている。

「あぁ、そうだよ。俺は園咲家の人間だ」

春は笑い声を止めて、園咲家だと認めた。不敵に笑う笑みを浮かべて。

「得意気に話してくれたが、それが何の関係がある?」

春はオーバーなように両手を大きく広げてリアクションを取る。
少女はただ無言、だが手だけは動いた。

「——ならば、お前に聞きたいことがある」
「——ッ!?」

それは一瞬の間であった。
少女は何mも春と距離があったというのに一瞬の内にして刀を抜き放ち、春の首元ギリギリのところで刀を寸止めしたのである。

「答えなければお前はここで死ぬ」
「な……」

耳元で囁かれるかのようにして少女の口から放たれたその言葉はとてつもなく恐ろしいものに見えた。
刀身は透き通るように綺麗なゆったりとした弧を描き、春の喉元ギリギリで停止している。
少しでも力を前に押し倒せばすぐさま春の頭は血飛沫をあげて宙へ飛ぶことになるだろう。

「いいか? 一回だけ問う。——Hz(ヘルツ)という人間を知っているか?」
「Hz……? ——ぐぁっ……!」

Hz、その名を聞いただけで春の頭に激痛が走った。
これまでにない激しい痛みに春は倒れこみそうになる。少女は刀を後ろに退かせ、鞘へと納めた。

「おい。大丈夫か?」

少女が声を出して春に問うが春は痛みに悶えるばかりで返事はない。
春は前のめりになるかのようにして頭を抱えながら、膝から崩れ落ちる。

(何だ……ッ!? この、感じは……!)

何かが、春の真っ白な脳内に流れ込んでくる。
それは誰かの声と聞き覚えのある声。交互に混じり合い、それはやがて遠くなる。 
その混じり合う言葉と言葉、そして音楽がそれに連なる。
それはまるで交響曲のように春の頭に響いていく。
それらが途切れた後、急に目眩が起きて目の前が真っ暗になる。
気絶するというより、強制的に脳の働きを遮断されたかのようにして春の意識はそこで途切れたのだった。


——始まりの音色が響く時、交響曲は演奏を始める。