ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 反響音の響くHz 第2話スタートっ ( No.12 )
- 日時: 2011/02/10 15:38
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: fFMoervE)
そこは血の海と形容されてもおかしくないほど、残酷な絵図であった。
その中に立っている人の姿。その人物の手には長身の日本刀のようなものが握られていた。
鋭く、透き通るような透明感を醸し出し、いかにも切れ味の鋭そうなその刀は血でポタポタと真下を血の水溜りと化していた。
その人物は、男か女かは分からない。顔がハッキリと見えないのだ。それほどまでに薄暗い部屋の中だった。
その男の隣の方に倒れていたりするのは、自分の母の姿だとようやく理解できる。
だが、少年は自身が持っている血塗れの包丁の存在がよく分からなかった。
いや、それ以前にそれを持っているということすらも認識していなかったのだ。
「おい——」
そんな透き通るような声が少年の耳に届く。ビクリと体を大きく仰け反らせ、恐怖と共に震え出す。
その声は本当に男か女か判別のつかないよく分からない声だった。まるで歌っているかのような声。
刀を持つその人物が少年の方を振り向こうとしたその時——意識が、途切れた。
「うわああああッ!!」
驚きの声をあげて、春はベットから状態を起こした。
息切れがひどく、妙に背中が汗ばんでいる。
「ここは……」
見慣れたベット。見慣れた部屋の風景。ここは間違いなく自分の住んでいる高層マンションであった。
どうやって戻ってこれたのか、そして自分は昨日何があったのか。
額に手を置いてゆっくりと思い出してみる。
いつもどおり、仕事をし……いつもどおり、金を稼いだ。
そして、その後だ。いつもどおりの帰宅道を歩いていて——襲われた。
死ぬかと思った矢先に、謎の少女が現れて助けてくれた。
そこでその少女は自分の正体、といってもカリキュレーターということまではまだ未定だが、少なくとも園咲家を言い当てた。
その後のことから、よくは思い出せない。
「——Hz……」
という、単語。いや、人の名前なのだろうか?
探している、つもりはそれは人物に値するものなのだろうと考察する。
そして、その人物名を聞いてからの激しい頭痛……。そこで自らの意識が絶たれたのだと思い出す。
「あいつは……?」
ただ、あの現場には少女しかいなかったはずで、春の住所を知っているようにも見えない。
元々春のことを知っていた、というのもあるかもしれないがそれも無いに等しいだろう。
園咲家のバックがついている限り、春の正体は少なくともバレにくいはずである。
「一体何者なんだ」
そんな疑問が浮かびながらも、考えれば考えるほど余計なことまで考えてしまうために即座に考えるのをやめた。
そして、日課のようにもなっている冷蔵庫へと向かい、牛乳を取り出してコップに注ぐ。
一気に牛乳を飲み干して一息吐く。これで何とか平常心をもう一度保てたようなものだ。
あの少女のこととHzという自らの過去に関係するであるものは今は考えなくてもいいだろう。
——せめて、表の世界の時ぐらいは楽しませてくれ。そう心から思ったのだった。
ピンポーン。
その時、丁度良くインターホンが鳴り響いた。時刻を見ると、予定時刻とほぼ同時刻である。
どうせ相手はわかっているので素早く着替えることにする。
ピンポーン。
二度目のインターホン。二度目は少しおかしい。これはもしかすると、と考えを張り巡らせた後、想像した少女の顔をモニターで見た。
案の定、頬を膨らませて可愛く怒っているような様子だった。
そこで春は約束を思い出す。そういえば昨日、一緒に帰るとか何とか約束をしていたはずだ。
とはいっても春にも都合というものがあるのだが、それをクファが分かるはずもない。
「少しお待ちください」
と、モニターに映るクファへと呟くようにして言う。
モニターに映る少女は「むーッ!」と、ただただ頬を膨らませて左右の腕を上下に振るばかりであった。
「約束っ! すっぽかしたでしょっ!?」
クファが怒ったような顔で春の服裾を掴み、左右へと引っ張っている。対して力はないが……少々鬱陶しく感じる程度だろうか。
いつも通り、春はその手を優しく振りほどく。そしてまたクファはそれによって怒る。子ども扱いされたとまた思っているのだ。
こんな平凡な毎日。春にとって、この毎日はまさに安らぎの世界だった。
自分が能力に蝕まれない、いや、間接的に人を殺さなくて済む。そんな安堵感からもその世界は生み出されていた。
「今日は、自転車でいっくよーっ!」
クファが先ほどまでとはまるで違い、コロッと表情を満面の笑みへと変えて指を差す。
その先にあるのは言った通り、自転車が一台置かれてあった。
毎度のこと変わる登校方法だが、徒歩や自転車はもう慣れた。これがエスカレートしてくるととんでもないことになる。
一度、ヘリコプターか何かで登校した時はクファが怯えてヘリコプターから降りることが出来なかった。
そのおかげでヘリコプターからパラシュートで登校、などという怖すぎる登校方法は禁止とされた。
ちなみにその時はヘリコプターを地面につけてそのまま降りたようだ。
最初からその方法ですればいい、なんてことはクファの辞書にはないらしく、ヘリコプターで登校自体がなくなった。
それはそれで春は安堵するばかりなのだが。
春は丁重にエスコートし、クファを自転車の後ろに乗せる。ちゃんと安全面も配慮した自転車なそうでとりあえず大丈夫なようだ。
春はそういった安全面をしっかりと確認してから自分も続けて自転車に乗る。
前にクファが自転車登校で落ちそうになったりした時は本当に焦ったのだ。それがないようにちゃんと取っ手がついてあるが……。
クファはどうやら春の腰部分を持ちたいらしく、取っ手は肘つかえのような役目をするハメとなっている。
「さぁ、いっくよーっ!」
ゆっくりと、春はペダルをこぎ始めた。
「おっはよーっ!」
いつも通りのようにクファはクラスメイト達に挨拶を交わす。クラスメイト達もそれに合わせて挨拶を交わす。
いつも通りの平凡だ。大して変わったことなどない。
裏の世界では昨日少し、異変があったので表の世界にも影響が出ていないか心配なところが春にはあったが——心配しなくてよさそうだ。
「あれー? ニーはー?」
クファがキョロキョロと周りを見渡しながら楓の姿を探す。
「あぁ、楓なら何か斎条に呼ばれてどこか行ったぜー?」
と、近くにいた男子クラスメイトが教えてくれる。
そういえば五十嵐の姿もないことに気付く。ということは……今日は十人十色の集会か何かだろうかとすぐに思い当たる。
「クファお嬢様。十人十色の集会が行われているようなので、行きましょう」
「むー……そうだねー」
クファは悩むようにして口元に人差し指を置き、数秒後に満面の笑みを見せて頷いた。
春はクファと共に教室を出て、旧校舎へと向かう。
この学園は新しく校舎を作ったばかりで、旧校舎が二つほどある。それだけ敷地も広いわけなのだが。
旧校舎が取り壊される予定はなく、その原因は移動教室等が旧校舎には多いからだそうだ。そのために取り壊しは当分先になるらしい。
旧校舎は、教室の数も多く配置しており、部室なんかにでもよく活用されている。
現に同好会ぐらいの存在である十人十色の部室的なものは旧校舎にある。正式な部室ではなく、勝手に使っているというのもある。
しかし、前記で記した通りに教室の数が多いためか、なかなか見つからない。それに合鍵は何故か司が所持している。
どこで手に入れたかは秘密らしいが、どうせ部室を作るためにこっそり盗んできたと判断するのが妥当だろう。
今までバレていないのはこれだけ広い校舎内を捜索するのが面倒臭いという教師側のこともあるからだそうだが。
春とクファは急ぐ様子もなく、歩いて十人十色の仮部室へと到着する。一応はノックして入ることになっているのでそれに従い、ドアの取っ手を掴む。
春が扉を開き、目の前に飛び込んできたものを見張る。
一瞬、目が疑った。
「お前——!」
思わず、声をあげてしまった。
——何で? そんな素朴な疑問が春の脳内を過ぎる。
そこに司の姿は無く——代わりに、昨日見た少女の姿があったのだから。
長い黒髪を揺らし、綺麗な顔立ちを見せ、見る人々を圧倒させるような美しさを放つその少女。
着ている服も昨日のように着物ではなく、ちゃんとこの学校指定のブレザーであった。
「何で……!?」
春はただその少女の無表情の顔を見て、驚愕することしか出来なかった。