ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 反響音の響くHz ( No.4 )
日時: 2011/02/07 21:34
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: fFMoervE)

温かい光によって目が眩む。
どうやら、今日もまた朝を迎えたようだ。
そのことが分かると不意に欠伸が出る。それは毎日の行動の一環にすぎない。

「ふぅ……」

大きなベッド、そしてソファ。何よりも広く寛大な部屋は少年一人に対してはかなり贅沢なものであった。
この少年——園咲 春(そのざき はじめ)は"あの事件"からかなりの年月が経ち、今では高校生として生活していた。
何一つ、不自由もなく。

寛大な部屋の中に当たり前かのように居座っている冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。
その傍にある食器棚を開けてガラスのコップを取り出すと牛乳をゆっくりと入れてゆっくりとそれを飲み干す。
それからまた冷蔵庫横にぶら下がっているティッシュを取り、それで口を拭いてゴミ箱に捨てた。
これも、毎日の日課のようなものだった。朝は毎度同じようなことをしている。
変わることといったら飲むものぐらいで、とりあえず起きたら喉を潤すことを徹底していた。

その後、服を着替えるために制服のある場所へと行く。
春がその服の扉を開けようとした時だった。

ピンポーン。

インターホンが鳴り響く。
ちなみにここは園咲家の別館といえる場所でらしく、ここで生活できるスペースがあるというのに食事をするのみの場として活用されているらしい。つまり春はこの高層ビルを一人暮らしということで借りていることになる。

「この時間帯は……」

時計をふと見るといつもどおりの時刻だと確認が取れる。
するとその後にインターホンによって見える相手の顔が傍にあったモニターに映し出され、音声が聞こえてきた。

『ハルーッ! 学校だよーッ!!』

元気の良い明るい少女の声と外見は外国の美少女のような外見を持つ女の子がモニターの奥にいた。
これは、いつものこととは言いにくい。

春はモニターに向けてなだめるような声で

「もう少しで準備できますので、待っていただけますか?」

そして毎度返ってくる少女からの答えは

『むーッ! ハルはいつも遅いっ!』

といって少女は小さく愛らしい頬を膨らませる。
少し栗色の髪をし、目は水色で、美形の美少女だという外見を醸し出す少女はまさしく外国風美少女といえるだろう。
その少女に春は苦笑して返すとすぐさま服を着替える。
あまりこの少女——園咲 クファニカお嬢様を不機嫌にさせるとマズいということは春が一番分かっている。

あまり髪などは寝癖が立たないタイプらしく、そのおかげで髪をセットなどする時間がなくなり、助かる。
適当に制服に着替えて外へと急いで出る。

「お待たせしま——ッ!」

そこで、春はたまにクファニカことクファに抱きつかれるのである。

「ちょっ、お嬢様?」
「遅かったからこれぐらい、いーでしょ?」

それも身長が小さいためにまるで小学生、中学生のように思える。
とても同い年として高校に通うとは思えないほどに、だ。
そんなこともあって、力もそれぐらいしかないようで簡単に手を解かせる。

「では、行きましょうか」
「むーッ! また子供扱いーっ!」

何故かクファはこの一連の動作を子ども扱いと認識し、怒ってくる。外見など、色々なことを気にしているのだろうが。
これはこれで可愛いと思っている春は適当に相槌を打って促した後、高層ビルのエレベーターへと乗り込む。
ちなみにこの高層ビルも園咲家の所有であるためにエレベーターは優先エレベーターという特注のものを使える。
これも全て園咲家の力うえのことである。

「今日は早く帰っちゃダメだよー?」

エレベーターで降りる最中にクファが春に聞いてくる。

「いえ……今日も、お仕事があるんです」

春がそういうと再び頬を膨らます。またお決まりの「むーッ!」を言うのだろうと容易に考えられた。

「ふぅ……仕方ないですね。今日は本家の方にも顔を出さないといけないので、少しだけですよ?」

途端に顔色を変えてクファは喜びの笑顔と共に歌を歌いだす。まるで幼稚園児のようである。

「今日はハルと一緒に遊園地〜♪」
「え!? お嬢様、遊園地行くなんて一言も言ってないですよっ!?」

そんなこんなでエレベーターがようやく一階へと着く。
こうやってちゃんと口ずさんでいるだけの歌までをも耳をすまさなければならない。
でないと後から「行こうって言ったじゃないよ〜!」というふうに妙にズレたテンポで怒ってくるからである。
かれこれ何年も園咲家のクファ専属使用人を任されていてこその気付ける落とし穴である。

ようやく日の照らされる地面へと出たかと思うと急に体がだるくなってくる。
今の季節は夏。セミがさっきからミンミンとうるさい。

「うー……うーるーさーいーッ!」

クファも春と同じような考えのようで耳を押さえて難しそうな顔をした。
これもまた、毎年のことだと春は耳栓を学校指定カバンから取り出して優しくクファの耳につけてあげた。

「んーっ! いらないのーっ!」

だが、こんな時もある。

「セミの鳴き声、うるさくないのですか?」
「ハルとお話しながら登校したいからやだーッ!」

と言って綺麗に整った小顔を縦横無尽に振りまくる。
クファは元から頑固でこういってはもう聞かないのだ。

「分かりました。それでは、本当に頭が痛くなったら言ってくださいね?」

春の言葉に頷いて返すクファ。
ちなみにクファははじめのことをハルと呼ぶ。そう『春』と書いて『はじめ』と呼ぶことに抵抗があるようなのだ。
春にしてはどうでもいいことに入るのだが、クファにとっては死活問題ぐらいらしい。
妙に感性がズレているのも、クファの魅力の一つだといえるのだが。

普通ならば、リムジンか何かの迎えが来て、それに乗り込んで学校へと行くのが普通なのだが
今日のクファの気分により、その登校方法は様々だ。
その中でも今日は徒歩の日みたいで、春と一緒に並んで登校するのが今日の登校方法らしい。
とはいっても春の住み込んでいるこの高層ビルから学校までもさほど遠くはない。
なのですぐにでも着けるはずなのだが……。

「お嬢様、大丈夫ですか?」
「はぅ〜〜……」

クファは体力がなく、すぐにでもへたりこんでしまうのである。
ゆえに、仕方なく春が背中へとクファを誘っておんぶする形になってしまう。
それが夏だと、これが非常に多い。

「そういえば……春ッ!? 私のことはクファって呼びなさいって言ったでしょうよ〜!」

可愛らしい声で唸るようにして怒っているクファ。
ポンポンと肩を叩いてくるが肩叩きのようで別に構わない。

「ダメですってば。僕は貴方様の使用人ですよ? そんなことしたら奥様方に怒られるどころか、クビにされますよ」
「むーッ! 私がいいって言ってるんだからいいんだよぅ〜!」

そうは言うが、立場というものがある。
それも、春にとってはこの立場は命に代えても守らなければならない立場であった。
セミの鳴き声を憂鬱に聞きながら暑苦しい熱風が吹き、その中でほんのり温かいクファの体温が混ざる。
春にとって、今のようなことが普段の生活である。
こんな、他愛の無いことが。

「さ、つきましたよ」

大きく立派で、綺麗な校舎の並ぶ学校はまさに芸能人が通うかのような学校であった。
お嬢様、お坊ちゃま学校であることは間違いないといえるほどの外見であるが、
普通に勉強さえすれば誰でも入学可能。
だが、この内装や外見の素晴らしさなどからして絶大な人気を誇る学園であることは間違いは無い。
外見だけでなく、生徒も芸能人などはこの中に普通に存在するのだから。

「むーッ! このままがいーいっ!」
「いや、ダメですよ。僕が怒られます。ていうか……その他の皆さんからも怒られますから」
「むーッ!」

頬を膨らませながらでも、背中から降りてくれたクファは少々不機嫌になりつつも校門を通っていった。
ため息を一つ吐いて、春もすぐさまその後を追いかけていった。



これが、自分の偽り。
そう、全て偽りなんだ。
作り上げた、俺だけのストーリー。
誰にも、邪魔などさせない。

そして俺は、アイツを——。