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Re: 反響音の響くHz ( No.8 )
日時: 2011/02/07 21:36
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: fFMoervE)

静かな授業とは違い、昼にもなると学生たちは一気に騒ぎ出す。
授業とこういった休み時間との切り替えの良さからして携帯等の持込は構わないことになっている。
とはいっても携帯をカチカチといじるものはこの学園では少ない。
それは今の学生という身分を心から楽しんでいるのかどうかは全くの謎だが大抵の学生はそんなことより周りの者と話すことを優先する。
だがしかし、春だけはそれとは全く異なって休みの時間となるとすぐさま携帯を取り出してメールを確認する。
この携帯も本人が買ったものではなく、園咲家から買い与えられたものなのだがそれは"仕事上必要なもの"であるからだった。
ゆえに、このメールの確認も仕事上必要な、重要な事柄なのであった。

「またお前は携帯いじくってんのかよっ!」
「うぉっ!」

そんな春の事情も知らずに五十嵐が突撃ともいえるようなのしかかりを春に決め込む。
正直、鬱陶しいことこのうえない。春は素早く携帯を閉じて自分のズボンのポケットにへと突っ込んだ。
そしてもがくようにして五十嵐をどかそうとするが、スポーツもやっていないというのにこの無駄な筋肉が邪魔をする。
かなりの力でのしかかられているためにどかせるのには結構体力も、力も必要であった。
その間に五十嵐はだんだんと顔を綻ばせてニヤリと微笑んだ。

「お前にもついに彼女が出来たのかー?」
「バカなこというなよっ! それより邪魔だっ! 早くここから——!」

何とか五十嵐をどかせようと必死になっていた矢先、春の目の前に飛び込んできたのは、ソファの泣き顔だった。
この事件を起こした当の本人である五十嵐はというと、空気を読んだのか春の上からとっくに退いていた。
さらには春の方を向いて笑顔で右手の親指を立てて向けてきていた。腹が立つことこのうえなかったが今は言っている場合ではない。

「ハル……彼女作ったらダメってあれだけぇ……」
「いやいやいやっ! 勘違いしてますよっ! ソファお嬢様!」

春が必死に濡れ衣を打開しようと呼び止めたがソファがこのような状態になってしまったらもう遅い。

「ハルのバカァア〜〜ッ!!」
「お、お嬢様ーーッ!!」

ものすごい速度でソファは頬を赤くして涙を流しながら教室を出て行った。そして春はガックリと机にうな垂れる。
春の肩へと不意に手が置かれる。どうせこの手の持ち主は分かっているので春は顔を上げようともしない。どころか震えが止まらない。

「まあ、気にするなっ! 春にも彼女の一人や二人ぐらい……」
「うるせぇっ! お前のせいでソファお嬢様がまた泣かれてしまわれたじゃないかっ!」

と、春が怒って立ち上がり、詰め寄ったとしても五十嵐はまるで平気な顔をするどころか、笑顔である。
五十嵐はこういうことに関して全く怒り返さないし、ただ笑って平然としている。
それが何の意味になるかは追求するだけ無駄で、疲れるために誰も行っていない。
ただ、この笑顔を見ているとどこか怒る気が失せるので不思議なものである。

「はっはっはっ! 春はソファのことになると妙に敬語になるから面白いよなーっ!」
「高笑いしている場合かよ……ソファお嬢様を探さないと」

そう言って半分呆れて春は教室を出た。
広く長い廊下に階段がズラリと。外側には螺旋階段までもがある。非常口用と外側用とで分かれているようだ。
どこに逃げ去ってしまったのか。もう大体見当はついているために普通にその場所へと行けばいいわけだが。

「ん、春か」

そこで不意に隣の方から声をかけられた。
それは冷静な男の声であった。その声はイメージする声の持ち主とピッタリ印象が重なるほどの見た目であった。
誰でもつけたら賢く見えそうな眼鏡。そして凛々しい表情に冷静な声がとても似合っていた。

「おぉ、修史しゅうじか。どうしたんだ?」

修史と春に呼ばれた凛々しい顔をした男子学生は眼鏡を右手の人差し指でクイッと上にあげたかと思うと急に顔を強張らせた。

「春……どうしたんだ、じゃないだろう……!」

このパターンを春は何度経験しているだろうか。もう2年の付き合いにはなるのだからすぐに分かった。

「クファをまた泣かせただろうっ! お前がしっかりしていろと何度言ったら分かるんだっ!」

そのクールな見た目を崩してまで怒るこの男、神谷 修史(かみや しゅうじ)は弓道とクファに関わることならば興味津々だった。
普通にしていればクールで冷静、それにその見た目イメージ通りに勉強も出来るしスポーツ、弓道もかなりの腕前である。
しかし、ただ一つ残念なことはちょっとロリコン好きということであった。これは自分では自覚していないらしいが。
告白も、もちろん多くされるのだが断り方はいつも決まって「俺は小さい子にしか興味ない」というのでロリコンと思われても仕方ない。
フラれた方のショックはあまりなく、逆に引いたらしいが。

「今回も俺じゃなくて、五十嵐に責任があるんだけどな」

春は後ろの2−2の教室をチラッと見て五十嵐が中にいることを修史に示す。
修史はその春の様子に従って2−2を覗く。今もまだ高笑いしているのだろう。アイツの笑い声が教室内から聞こえる。
周りの者はうるさいというよりもう聞き慣れた感じで食事をしていた。

「またアイツは……」

と、言って修史は頭を抱えてはため息を吐いた。
こんな行動がなかなかに様になってかなり格好良く見えるのから不思議で仕方がない。

「今から屋上行くんだけど、修史も行くか?」

クファの毎回逃げる場所は屋上と決まっているために春が修史に提案を持ちかけた。
もちろん、修史もこのことは理解しているので容易に頷く。

「まてまてーっ! 俺を忘れるんじゃないやいっ!」

教室内から猛烈なスピードにて廊下へと駆けて来たのは案の定、五十嵐であった。
教室内からのため息が一斉に聞こえる。五十嵐のおかげで教室の雰囲気が一気に憂鬱色となったのだろう。

「分かったから、少し落ち着けよ」

春がそうなだめてから一同は屋上へと向かって行った。






春たちが屋上につくと、いつもどおりの面々が揃っていた。
その中には予想通りクファの姿もあり、今は涙どころか満開の笑顔を咲かしながら、菓子パンをひたすらかじっていた。

「遅いっ!」

ピピ〜〜〜〜ッ!!

と、どこからか声が聞こえたかと思いきやホイッスルの後が次に続いた。
こんな子供っぽい真似をするのは春には一人しか思い浮かばなかった。

つかさか……」

春のポツリと呟いた言葉には多少の面倒そうな感じが滲み出ていた。あの五十嵐でさえもそのような表情をしている。

「新学期早々遅れるなとあれほど言ったわよね?」

美しいプロモーションを描き、体の凹凸がしっかりとしているその美少女は綺麗な赤い長い髪をかきあげて風に揺らがせる。
その格好が可愛いというより、美人に近く、さらには格好がとても良かった。
この赤髪の少女こそ、斎条 司(さいじょう つかさ)。簡潔に言うと春たちのリーダー的存在であった。

「遅れるって言っても3分前じゃないか」

春が言ってみるがそれは無駄だとは分かる。だが返事をしないとさらにマズいのだ。

「5分前集合が普通でしょうが。私の主観的理論だけどね」

無理に難しい言葉を使うのは司の特性である。リーダーシップの感じを出したいとかで無理して使うのだ。
皆そのことが分かっているので何も言わないが。

「えーと、これでメンバー全員揃ったっけ?」

司がふっと傍にいた楓に話しかけると首を横に振って否定を表した。

「まだだよー。千鶴ちゃんとかきてないよー」
「燕ちゃんもだよー」
「あ、そういえばそうね」

いきなり、リーダーシップ性が疑われるような発言等だがメンバーはこれを黙認している。
何故かといわれるとそれはもちろん、この先命がどうなるか未知の領域であるからである。

「そういえば今日、千鶴と燕は休むとか言ってたな」

それを修史が言うと司は「あ、そうなの?」と、まるで他人事のようにして言う。
本当にリーダーシップはあるつもりなのだ。本人は。
だからしてそれを春たちは期待の眼差しで見守りたい……のである。

たかだか屋上にきて昼飯を食べるぐらいで昼休みが15〜20分は過ぎてしまった。
もうハッキリ言って時間がなさすぎるぐらいだ。

「はい、じゃあ後から来た男子は急いで食え。出来なかったら胃の中のもの全部リバースさせるから」

(横暴すぎる……)

後から来たものには鉄槌を。それが司流の極道らしい(使い方が間違っているが本人が言うので黙認だそうだ)。