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Re: 反響音の響くHz ( No.9 )
日時: 2011/02/07 21:37
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: fFMoervE)

いつもどおりの騒々しい昼飯も終わり、午後からの授業も終えて帰宅となる。
といっても、その前に部活動というものがあるのだが春と五十嵐、ソファに司は何も部活動はしていない。
その代わりだが、司を筆頭とした集団が作られている。それがあの昼飯の面子である。まあ、二人ほど少なかったが。
活動名というか集団名は、十人十色じゅうにんといろと呼ぶ。
何ともそれぞれ別々の個人能力の高いこの学校にふさわしい名前だろうと司が言いだしたのである。
正直、春たちは活動名などどうでもよかったためにそれで確定してしまった。
もっとも、五十嵐がアホな案を出していたり、クファが可愛らしい案を出していたりもしたがそれらは横暴な司によって消滅させられた。
といっても、消滅させられるほど両方しょうもないものというか、なんというか微妙なものではあったが。

春は最後の授業が終わって放課後に突入すると携帯のメールをすぐさま確認した。
すると、そこに新着メールが届いていたことに気付き、すぐさま決定ボタンを押す。
内容を目だけで確認するとすぐに携帯を閉じてポケットにしまった。

「春ーっ! 一緒に帰ろうぜ〜っ!」

丁度いいタイミングに五十嵐が声を投げかけてきた。
今日は十人十色の活動はなく、フリーなために五十嵐が共に帰るように申し出てきたのだと分かる。
活動がある日は必ず司はここの教室に来る。違うクラスだが終わる時間がおかしくないかと思うほど早いのだ。
とはいっても、春だけ特別に途中抜けることを許されている。詳しく事情は皆には話していない。話してはいけないことなのだ。

「おーすまん。俺は先に帰るわ」
「Whyッ!?」

ものすごい速度で体をねじれさせて春を凝視する。視点がどこに定まっているのかも定かではない。

「お前、今ものすげぇ面白い格好になってんの気づけよ」
「春がわけわからんこと言うからだろっ!?」

大袈裟に両手を広げて言う五十嵐。
その五十嵐にため息を吐いて春は五十嵐に向けて指を差す。

「あのね。新学期になって忘れたかもしれんが、俺はバイトがあるんだよ。バ、イ、ト」
「いっ! だっ! ぐっ!」

最後のバイトと言う部分だけ指先で額をつついてやったら、ものの見事に声を発してくれた。
額を押さえながら五十嵐が唸って春を見る。

「くぅ〜〜……ッ! このリア充がっ!」

春が「いや、使い方間違ってるから」とかいう前に五十嵐は教室から凄まじい勢いで出て行った。
バイトしている=リア充という方式は五十嵐ぐらいなのだろうと春はため息をもう一回吐いた。
——俺は、普通じゃない。
それは一番よく分かっていることだった。

「行くか……」

堅く拳を握り締めて、俯く。
次に顔を上げた瞬間、春は微笑みを浮かべていた。それは単なる微笑みではない。
——狂気の感じられる微笑みであった。






園崎家。それはここらの企業の中で最も勢力があると見ても過言ではないほどの大企業であった。
その勢力の広さはここらだけでは収まりきれず、全国へと勢力を拡大していっている。
表社会だけでは今の企業はつぶれてしまうようなこの世の中。裏社会をも生き延びていく企業のみが生き残る。
そのためには様々な利益を取る必要と、名誉がいる。
そんな時代の中、園咲家はものすごい"拾い者"をしてしまったといわざるを得ない。

その者は当初見た時はゴミのようなものだった。クファがその姿を見つけたこともあり、あの性格上助けるハメになったが。
適当な理由をつけて外へと放り出そうとしたのだが、その拾い者には扱いやすい感情があったのだ。
それは——復讐心であった。
これほどまでに扱いやすいものはない。それは今までの経験上ではそう物語っている。
この感情はそれだけを目指している。ゆえに騙すということはしない。逆にそれが出来るいい環境を整えてやれば、金になる。
だが、それだけではなかった。
その拾い者には、ある"能力"があったのだった。
どうやら復讐心ゆえに開花した能力なのだろう。そのおかげで園咲家は多額の金と名誉を得ることが出来たのだった。
——全てはたった一人の"少年"から。

「奥様。春殿がお見えになられました」

女中らしき女が広い和室の奥に腰を下ろしながら正座している女に頭を下げながら言った。
園咲家には"男がいない"といわれる。つまり、全てを従えているのはこの奥に居座る女、園咲 紀(そのざき きの)。彼女こそがこの大企業を支える核たる人物と言って良いだろう。
見た目は穏やかそうな感じだが、園咲家のためならば何でもやってのける鬼とも呼ばれる園咲家の主君であった。

「中へ通せ」
「かしこまりました」

女中は頭を下げるとそのまま下がっていく。そして入れ替わりに姿を現したのは春の姿だった。
その表情は真剣そのものである。だが、それは全て復讐のため。それが滲み出ているからこそ、紀は笑みを浮かべてしまう。

「よく来たな」
「……ご無沙汰しております。奥様」

使用人、という立場からして奥様という呼び方である。春はこの待遇を維持するためにやっていることだと紀は思い込んでいた。
だからこそそんな呼び方にも気にせずに「座れ」とただ一言命令するような形で告げる。

「……失礼します」

ゆっくりと腰を下げて地面に尻をつけた。
その様子を数秒伺ってから唐突に紀から話を持ちかけてきた。

「最近、お前のことを嗅ぎ回っている奴がいるそうだ」
「俺のことを……? ですか?」

紀は話しながら酒の入った瓶を盃についでいく。その後に「お前もいるか?」と春に聞くが丁重に「これから仕事なので」と断った。

「そういえばお前はまだ未成年か」

言った後に結局ついだ酒を紀が飲み干す。その様子をじっと冷静な顔をして春は見ていた。
この紀という女は本当に女なのかと思うほど豪快で鬼のような性格である。
ゆえに飲みっぷりも豪快なものであった。

「……それで、俺を探ってるという奴等は一体?」

本題の方を聞いてみる。早くしないと仕事に間に合わないということもあるからだ。
紀はじっと春の顔を見つめながら口を開いた。

「正体は不明だ。しかし、お前の復讐相手が何か関わっているかもしれん」
「何っ!?」

目の色を変えて春が前のめりになる。これだけ復讐の心を帯びている。その姿を見るだけでも笑みが浮かんできてしまう。
——この男は本当に扱いやすい。一つ復讐関連のことをいえばすぐに食いついてくる。
その感情がどれだけ金になることか。利益として浮くことが出来るか。考えただけでも笑みが止まらない。

「まぁ、まだ確証は得ていない。それに命を狙われる可能性もある。明日ぐらいにボディーガードをつけてやる」
「……分かり、ました。話はそれだけですよね?」

春は早々にも立ち去ろうとする。紀にはそれを引きとめようという気すら起こらない。
あれは自分で尻尾を掴むだろう。それぐらいの"シナリオ"ぐらいは書けるはずだ。
春が立ち去った後、すぐさま"とある相手"へと電話をかけていた。

「私だ。……あぁ。今"カリキュレーター"をそっちに向かわせた。……あぁ、宜しく頼んだぞ」

電話を切ると腹から笑いが込み上げてきた。
それは猛烈に勢いを増し、広い和室全体を紀の笑い声で響かせていた。






春の"仕事"は何のためにあるのか。
園咲家からしたら利益でしかないが、春から見ると生活に"生甲斐"までもが手に入るといっていいだろう。
生甲斐、それはもちろん復讐のことであった。
あの事件はうろ覚えではあるが、復讐相手だけは何故かハッキリと覚えているのだ。
大切なものを、大好きなものを全て消え去っていった男。

春はとある地下の賭け場に到着していた。
ちゃんと正装にも着替えて、見た目では高校生とはとても思えないほどの風格がでていた。
そんな風格よりも、何かが纏っているようにも見えたが。
その纏っているものは言葉では表しきれない何か。それが春の身に纏っていた。

春はテーブルに突っ伏している人や、勝ち誇っている顔をして勇ましくチップを並べている人などを見定めて言う。


「僕も、参加してよろしいですか?」


冷たい、だが冷静、なおかつ笑みまでも浮かべながら春は本当の姿を見せる。
急に纏っていたものが唸りをあげて動き始める。

この賭け場においての絶対的の勝利を見せる"シナリオ"。
それを計算尽くす能力。つまりはシナリオを計算する能力。


その姿は既に、表の世界の春の姿ではなかった。
冷血な、復讐を誓う、計算者——カリキュレーターといわれるべき存在であった。