ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

*1章『ヴィーナスはけして等しく彼らに微笑まない』 ( No.2 )
日時: 2011/03/29 14:29
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
参照: お好み焼きは生地と肉が無いのが好きなんだ、アタイ。

 最残日吉(さいざんひよし)は、実験都市中枢機関重要機『マザー』の清掃員である。高校1年生でもある彼は、学校で勉学に励むと共に一般人が立ち入ることの出来ない『マザー』で、清掃のアルバイトをしている。
 そんな彼は、ずば抜けた特技も趣味もない一介の高校生だ。少しクセのある黒髪も、眠たげに見える瞳も、172センチの身長も。数学が他の教科よりも好きという点以外には、他の高校生たちとはこれといった変わりはない。
 だが。あえていうならば。
 ……彼は、『コード』を得ることが出来ていないのだった。



 *1章『ヴィーナスはけして等しく彼らに微笑まない』
   ■01—最残日吉について



 「なぁマザー。どっか痒いとことかねーの?」
 
 モップを片手に、水色のつなぎを着た青年が、背後を振り返った。青年——最残日吉がいる部屋は、実に機械的な部屋だった。床や壁は全て何か金属のようなもので出来ていて、窓一つない。それを補うようにか、はたまたそうでないのかは分からない。が、彼の振り向いた先には、巨大な機械があった。一戸建ての家が二戸分、そのまま機械になった程の大きさだ。プラスチックに似た材質の表面には、いくつものボタンやパネル、レバーがついており、その機械が精密であるということが一目瞭然である。
 青年は自分しかいない空間で、誰かに笑い、言葉をかけた。正確には、自分の後ろにある、その大きな機械にだが。

 『ないですよ、日吉。だって、貴方がいつも綺麗にしてくれますからねー』

 初めてこの光景を見た人間なら唖然とするだろう。
 何しろ、青年の後ろの機械『マザー』は————滑らかに女性の声を発したのだから。よく見ると、大きな体に見合う大型のスピーカーが2個ついてある。そこから女性の音声は流れているようだ。

 「そっか、んじゃ俺、今日は帰るわ。……今日、先生から課題がわんさか出てさー。時間ねーし、バイトあるし、さっさと帰りたいんだわ」
 『ふふ、そうですか。じゃあ早くお帰りなさい。私は貴方が宿題を忘れると思うと胸が痛いですよ、機械なのに』

 『マザー』から発せられた冗談に、青年は苦笑する。そんなこと言うなよとでも言いたげな顔で。青年はモップや雑巾などの掃除用具を一まとめにすると、扉へと向かった。
 途中でも、“友人である”『マザー』との会話は欠かさない。

 「お前さー、やっぱ人間型のボディにしてもらったら? そっちの方が動きやすそうだし、俺もお前がどんな体か見てみたい」
 『日吉が見たいのは、パーフェクトボディのお姉さんではないでしょうか? ほら、この前コンビニで買っていた巨乳のSM教————』
 「うぎゃあああああ!? 何で俺が買ってた聖なる教科書を貴方様がお知りになってるんですかあ!?」

 人間と話すかのような口調の青年は、ドアの横に設置された、指紋で開く形式の鍵に向かって、人差し指を向ける。数秒で、すぐにパネルに認証完了という文字が表示され、ドアが音もなく開いた。
 青年はそこで部屋の中を振り返り、人懐こい笑みを浮かべ、言う。

 「じゃーな、マザー。また明日なー」
 『それでは、日吉、さようなら。また明日ですね』

 『マザー』の言葉を最後に、青年は振り返らず、片手を振って部屋を出た。どうやら、明日もバイトがあるらしい。
 話す友達がいなくなった『マザー』は、ライトが消えた部屋の中で小さな息を吐く。女性独自の艶やかな吐息が、スピーカーから響いた。

 『……ふぅ……それじゃあまた仕事に戻りましょうか……』

 最後にはただ、静寂が部屋を包み込んだ。