ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■02—カピバランデブー・ナイト ( No.3 )
日時: 2011/04/29 18:26
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
参照: お好み焼きは生地と肉が無いのが好きなんだ、アタイ。

 「うほほほほほほほっ! あれが『マザー』とやらか! ふぬぬ、中々に扇情的なボディを持っているのぉ、なあ遊(あそび)、りー子!」
 「……………………あ、クッパ出てきた」
 「あんなでかい機械相手に扇情的もエロも何もないっスよ師匠、後、服着てくださいっス」

 夜でも眠ることを知らない都市、実験都市(シミュレーションシティ)。地下なのに、まるで地上を思わせる空は、今は地上の暦のプログラム通りに、濃紺で塗りつぶされていた。初めてこの都市に来た者には、あれが一つ一つのパネルだということには気がつかないだろう。
 都市を暗闇が支配する中、とあるビルの屋上で、3人の男女の声が風に乗って聞こえてくる。びゅうびゅうと冷たい風が吹く屋上で、3人の男女は騒々しい会話を行っていた。……主に、男の方が。


 
 ■02—カピバランデブー・ナイト



 「てゆーか師匠、何で裸なんスか? いつもみたいにいれば良いものを……あっちの方が可愛くて好きっスよ私」

 とあるビルの屋上。後1歩であの世行き——というほどぎりぎりなビルの淵に、危険だというのになぜか男が立っていた。男は、短く切ってある茶髪と、不潔な印象を与えることない顎鬚をたくわえてある。鋭い瞳の奥には愉快さを秘めており、背が高くほど良い筋肉がついた体つきは、一目で武闘派だと分かる。それに足して、爽やかそうな雰囲気——————まぁ、それらも全て、彼が全裸なためか、意味を成していない。
 男は堂々とした様子で己の体を夜風に晒していた。下着も靴もつけず。……そのせいで、男の整った顔立ちは残念という一言で片付けられてしまっている。

 「誰も見てないからなぁ!」
 「……いや……私が——まぁ良いっス、くすん」

 1人男の対話の相手をする少女は、諦めた表情で肩を落とした。普通の女子ならこんな全裸の男を前にすれば携帯を取り出して「……あ、警察ですか?」と言うはずだが、少女は平然とした姿だ。恥ずかしさや戸惑いを一切見せていない。
 少女は、茶色いセミロングの髪を耳にかけると、もう1度男の方を見た。何でこれが私の師匠なのか……とでも言いたげだ。少女の顔は適度な可愛さをもっているのだが、道で会っても気にしないような、そんな平凡さを兼ねている。しかも服装はセーラー服に学ランというどこにでもありそうなものなので、一層彼女の平凡さを引き立てている。

 「……………………あ、キノコげっつ」
 「あーそーびー! 遊は何でこんな状況でも余裕でゲーム中っスか、どんだけゲーム好きっスかこのゲーマー遊!」
 「……………………りー子、うっぜー」

 屋上のベンチの横で隠れるように座っている短髪少女が、苛立ちのこもった視線を、りー子と呼んだ少女に向けた。薄暗い中で携帯ゲーム機を両手で持っている少女は、ゲーム機の光を視界いっぱいに受け止めているせいか、ややホラーちっくな顔になっている。
 ゲームをしている少女の目の下には、深い深い隈があった。一睡もしていないのか、はたまた癖がついているのか、彼女の美麗な顔をその隈だけが台無しにしていた。少女はぶかぶかのジャージとミニスカート、ニーソックスという出で立ちで、だらしなさが溢れている。

 「……………………てか、ここのボス強すぎ」
 「あーもー、遊はいい加減ゲームをやめるっス! 後、師匠はさっさと服着るか元の姿になるかどっちかにしてくださいっス! はーやーくー!」
 「いや、こっちが本来の姿———ーまぁ良いわ」

 自動車の細かな光を目で追っていた男は、とんっと屋上の真ん中辺りへと戻った。そして、どこか消化しきれていないような表情で、ため息をつきつつ、頭を掻く。
 と、次の瞬間。

 「あー……この姿、楽だけど手足短くなるから嫌なんよなぁ……」

 男の姿が、変化した。すっぽんぽんだったただの変態の姿が、じょじょに小さく、そして丸っこいフォルムになると————なんと、男がたっていた位置には、ふさふさとした毛並みのカピバラがいた。
 カピバラは短い手足で2、3歩のそのそと歩くと、やがてころんと腹を向けて床へと転がる。男がカピバラに変化したのを、これまた少女2人は特に驚いたこともなく(特に遊)、りー子は安心したように息をついた。

 「ふー、これで見苦しくないっス」
 「……見苦しいって、アレ俺の本体なんやけど、りー子!」

 カピバラはさっきの男の声で、人間の言葉を喋った。これはつまり、男がカピバラになったということだろうか。見た目的には、日吉が『マザー』という機械と同等に話しているぐらい、可笑しな光景である。

 「……………………なー、師匠。ほんとに『ある』の?」

 ふと、遊は口を開いた。遊の言葉に、カピバラとりー子の表情が固まる。先ほどとは違う、真剣味がある表情だ(カピバラはあいにくのっぺりとした顔だったが)。

 「あるさ」

 カピバラは、目を細めると人間が作る笑みによく似た笑い方をして、可笑しな風貌のまま、一言とだけはっきりと言った。遊はその言葉を真顔で受け止めると、またゲーム機の画面へと視線を戻した。りー子はにっこりと微笑んで、夜の実験都市を見つめた。
 そしてカビパラは————真っ直ぐ向いて、言う。……その視線の先に、『マザー』を携えて。

 「あそこにあるはずだ。……実験都市(シミュレーションシティ)、都市伝説——————『希望のヴィーナス』が」

 かちゃかちゃ、かちゃかちゃ、と。
 遊のゲーム機のボタンを押す音が、夜の実験都市の音に掻き消されて、消えた。