ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■05—ここで彼の話をしようと誰かは言う ( No.10 )
日時: 2011/04/10 16:21
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
参照: ねるねるねるね! ねるねるねるね! ねるねるねるね!

 ここでもう1度彼について説明しよう。
 最残日吉(さいざんひよし)は、実験都市中枢機関重要機『マザー』の清掃員である。高校1年生でもある彼は、学校で勉学に励むと共に一般人が立ち入ることの出来ない『マザー』で、清掃のアルバイトをしている。そんな彼は、ずば抜けた特技も趣味もない一介の高校生だ。少しクセのある黒髪も、眠たげに見える瞳も、172センチの身長も。数学が他の教科よりも好きという点以外には、他の高校生たちとはこれといった変わりはない。
 ——————そして、最後に言い直すべきことがある。
 普通の人ならば、東京とこの実験都市に出入りする時に個人の能力である『コード』を取得できるのだが、最残日吉は『コード』を得ることが出来ていない。そう、確かに日吉は『コード』を得ることが出来ていないのだ。
 …………『マザー』が管理している、『コード』は。



 ■05—ここで彼の話をしようと誰かは言う



 「『コード』っつーのは、訳わかんねー数字の羅列、数式、記号で出来てる。オーケー?」


 ばきっ、どこっ。
 たかがモップ、されどモップ。男は、完全になめていた青年とその清掃道具によって、昏倒していく。日吉は慣れた様子で相棒であるモップを振り回し、4人目の男(マスク付)の腹を打ち据えた。


 「まぁ、何でそんな数字のおかげで超能力が手に入るかっつーのは知らないけどよ…………とにかく俺には、『マザー』も管理出来ていないような、変な『コード』を手に入れちまってるらしいんだわ」


 平坦な口調で、男達に話しかける。日吉の言葉は完全に独り言の領域に達しており、残る男2人もろくに話なんて聞いちゃいない。日吉のモップ攻撃から避けるのに必死だ。実は、男2人は電撃と透視という2つの『コード』を持っているのだが——————なぜか、目の前の青年にはそれが効かない。自分達の攻撃が当たらないのかが理解不能ならしく、完全に慌てていた。


 「普通、『コード』って奴は『マザー』が目次化してプログラムとして管理してんだけどよー。何でか俺が自分の『コード』について調べようとして『マザー』に触れると、『マザー』の方がエラー起こしちまうっていう何それ超常現象、みっ、たい、なあッ!」


 言葉を途切れさせつつ、日吉がモップでバットを振るようにスイングをする。がきいんッ! と、モップの柄の金属部分が、透視の男の顎にクリティカルヒットした。白目をむいて倒れた男は、びくびくと痙攣しながら地に沈む。それを見て、「ひいっ」と小さく叫び、電撃の男が後ずさりした。


 「…………た、たふけて……」

 
 ろくに呂律が回っていなくても、電撃の男は必死に懇願した。自身の使える『コード』も忘れて。形勢逆転。今この場に相応しい言葉はそれだった。電撃の男は震える両手を礼儀正しく地面につけて、正座をする。そして、これまた震える口で「助けてください」と、日吉に告げた。

 
 「あー良いよ? 助けてやるよ?」


 それに対して。
 日吉は何の感情もこめていない言葉を送った。いや違う。言葉の意味には、十分過ぎる程の敵への甘さが加えられている。だが違うのだ、明らかに。その言葉には————彼、最残日吉の甘さと同時に、十分な冷酷さが含まれていて。


 「……だけど、俺は清掃員だからな。この『マザー』を綺麗にして、埃も塵も露も何一つ残さずに、綺麗にする清掃員」


 それを理解した男は、ただ圧倒した。加えて、恐怖した。自分が今対面しているこの青年は、自分より年下でありながら、自分以上のものを抱えていると。男が、気絶したままの仲間を見ながら考える。(……お前等みたいに殴られてたら、良かったのに)


 「だから、お前のことを————」


 尻餅をついた男の頭上に、モップが掲げられる。男はモップを大きく振りかぶった日吉を見て、次にくる衝撃に目を閉じた。あぁ、俺もやられるのか、と。
 ……最後に男が聞いたのは、たった一言。


 「————掃除するわ」


 終わりの言葉を吐くと、頭上にあったモップは半円の軌跡を描いて男の頭へと叩き込まれた。げふぅ、と男の二酸化炭素が吐き出される。
 日吉は自分が潰した男達に踵を返す。すっかり日が昇り、近くにある時計の短い針は、8時を示していた。周囲のうっそうとした重い雰囲気は姿を消し、そこには1日の始まりを表すような明るさがあった。
 そんな中、日吉は空を見上げ、ぼんやりと呟いた。

 
 「…………あー数学の課題やってねー…………」


 実験都市(シミュレーションシティ)と彼の朝は、こうして始まる。