ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- ■19—現実を直視する青年のラングエッジ。 ( No.104 )
- 日時: 2011/04/29 18:38
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
- 参照: 子・作・りしまURYYYYYYYYYYYYYYYYY
天城の先制攻撃は、カピバラをミンチにするには十分過ぎる威力だった。なぜなら天城は敵へ向ける情けなどという感情は持っていないからだ。それは他にも恋慕であり同情であり。……さすがに全く、という訳でもないだろうが、現実主義者で綺麗ごとが大嫌いな天城に友情だの愛だのといった人間味溢れる精神があるのかは不明である。
彼の性格上、敵つまりカピバラへの攻撃は一切手加減を加えていないもの。全力を出したわけではないとしても、明らかにカピバラが痛手を負うような攻撃をしたのだ。だから、自然と天城の脳内にはカピバラが肉片となった姿が浮かんでいた。
■19—現実を直視する青年のラングエッジ。
「捨て台詞、だって? ……ほんと、動物のほざくことなんて現実味のないことばかりだよ。そもそもボクにとって、ボク以外の人間の存在や言葉なんてただの価値観の押し付けにしかならないんだけど……」
空気という透明の世界の中に、さらに無色で象られた立方体が浮かんでいる——無数の立方体はまるで自分達の存在を誇示するかのように鈍く光っている。立方体はほのかに白い煙を纏い、さらにそれが無数にあるためか、部屋全体が白く霞んでいる。
「というか、ボクにとって君みたいな考えを持つ生き物は吐き気がするんだ。正義——それは自分の欲望を具現化したものかい? 守る——誰かを犠牲にして得られる自己満足のことかい? どれも違うだろう。君達の言ってることは、現実を見てはいないんだよ」
黒いコートの内側には武器を隠しているのか、微かな風では揺れもしない。天城の銀色のロングヘアーをさっとかきあげて、口角を吊り上げた。表情には皮肉の二文字が窺える。
「……ねえ、聞いているかい?」
「聴いとるぞ」
「ッ!?」
間髪いれずに、天城の耳に男性の低い声が届いた。思わず戦闘態勢をとる天城。厳しい顔つきになった天城は白く霞んだ部屋の向こう——カピバラが座っていたテーブルがあった場所を睨んだ。もうもうと立ち込める白煙は薄い冷たさを孕み、背筋をぞくりとさせる。
————と、次の瞬間。
「残念じゃったのう、天城西院」
まず初めに——ぬとり、という粘着音が書斎内に響いた。
白いもやで視界を邪魔されているせいか、何がそのような音をたてているのかは分からない。とにかくぬとりという——何か柔らかく変形しやすいものを床に滑らせたような、妙な音がしたのだ。
(何だ……この音。ゼラチン質みたいな、妙に質感がある音だ……例えていうなら、スライムを床に落としたような……)
やがて立ち込めていた冷気がじょじょに失せ、奇妙な音の正体を少しずつ明かしてゆく。うすら寒いものを感じたのか、天城の朱色の瞳が警戒の光を宿す。
くすくすと微かな笑いが書斎に散らばっていく。嘲るようなその笑い声は、まぎれもなく件のカピバラのもの。カピバラはいたずらしてしまった子供をさとすような、叱るような物言いで言葉を続けた。
「アンタは、及第点じゃ」
天城は、その光景を目にしたとき——自分の根本にある常識という柱にひびが入っていくのを感じた。
「何だい……その、紅の……君の体にまとわりついている、それは——?」
天城の視界に映っていたのは決してカビパラではなく、なかなかに凛々しい顔つきをした男性——しかし全裸——侵島零区だった。だが全裸という点をひいても、零区は異様な風体をしていた。
紅。一言で表すならばその一文字。
スライムの質感に似た紅の物体が、自分の大きな肢体をまるで蛇のように零区に絡ませている——そんな光景が天城に紅という印象を強く与えていた。目も鼻もましてや心臓なんて微塵も無い、透き通った深紅のそれ。生きている、見ている者にそんな錯覚を与える物体だ。
「……あぁ、そうじゃのう。アンタはまだこの『ブラッディ・ガール』とはお初じゃったの。失敬、失敬。
初対面だというのに、華々しい会話をこなせ、なんて難儀な話やねぇ?」
「君の質問に答える義理にはボクには無い。それよりさっさとボクの質問に答えてくれないかい?
君の質問から得られる答えの価値とボクから君への質問から得られる答えのそれは、だいぶ違うんだよ。もしかしたら、僕の勝ちに大きく関わってくるかもしれないしね」
「ふほほ、勝敗は戦う前からすでについている——さて、誰の言葉じゃったかのう。有名な偉人さんではない気もするがのう」
ふぉふぉふぉ、とこもったような零区の笑いが耳障りな音となって天城に届く。一糸纏わぬ姿を曝け出したままの零区はにたにたと笑っている。あくまでも自分の『コード』の能力についての情報を与えるつもりはないようだ。戦いを行う者として、相手に情報を出来るだけ与えないという常識は一応兼ねているということだろうか。
「君がボクの質問に答えないのなら、じゃあボクはもう一度君に素敵な天国をプレゼントするよ————『Air±2012』」
——まぁ、それが君にとって天国かどうかは知らないけどね。僕は死後の世界なんていう妄想に興味はないから。
補足するように小さく呟くと、天城は片手を掲げた。唇を歪めて、さらに片方の手も同様に掲げる。やがて、天城の整った唇から、小さく『コード』の能力をさらに強力なものにしようと言葉の断片が吐かれていく。