ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■19—現実を直視する青年のラングエッジ。 ( No.109 )
日時: 2011/07/07 22:49
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
参照: 誰かが見てくれてることを、願って。

「……空気の固体化を設定……二酸化炭素窒素酸素全ての濃度固定。仮定プログラム実行、二酸化炭素の濃度に変化有。補正、予定プログラムと同状況————実践を行う」

 両手の内側に、白い球を生み出してゆく天城。周囲の空気をも巻き込み球体は少しずつ大きく変化し——やがて、バレーボール程の大きさになる。零区はほぉ、と感嘆なのか馬鹿にしているのかよく分からない息をつき、攻撃も仕掛けずに眺めていた。
 ——そんな余裕も、今の内だ。
 天城は、全裸の男へと苛立ちを含んだ朱の視線を向け……両腕を掲げ、言葉と攻撃を放つ!

「……Cold Water、ver.4——窒息しろ」

 呟かれた言葉と友に、天城の出現させた球体が爆発的に膨張する。
 球体はさらに加速させつつ、零区の息の根を止めるためにと彼の元へ飛んで行く。
 球体を目の当たりにし、零区が驚いたというような表情を象る。彼にとっての『ブラッディ・ガール』である赤いスライムがざわりと波打つ。正直、見る者を不快にさせる動きだ。

「ッ、気持ち悪い代物、だなッ!」

 赤い生体に怖気づいたのか、天城の攻撃に一瞬の迷いが過ぎる。
 だがその迷いが、余計に気持ち悪さと零区をを潰そうと攻撃に力が入ったようだ。
 球体は、零区の身体を包み込もうと中央から割れるように広がった。どうやら、球体にした“液体の空気”をそのまま頭部にぶつけ、零区の息を止めるようだ。

「こーるどうぉーたー……ばーじょんふぉー、のぉ……」

 零区が天城の言葉を反芻する。
 その間にも、驚きにより固まったままの彼の身体は、銀髪の青年の攻撃によって分厚い空気の壁に包まれる。足元、次に胴体、そして首へ……と、じょじょに赤いスライムと全裸の男が白により見えなくなっていく。
 冷気を放つ白は、一切の情を見せない。ただ死を焦らさせるように、彼の身体を少しずつ凍らせ——零区の表情を曇らせていき————やがて。

「…………っ、はぁ……」

 天城が重い息を吐いた。額には薄っすらと汗をかいている。
 目の前に、先ほどまで自分と言葉を交わしていた男は、白煙を纏い氷と化していた。氷漬けにされた零区は、もう冗談など言える状況ではない。白に覆われた表情は、果たして恐怖で青ざめているのだろうか。

(厄介な相手だった、な)

 厄介とは精神的か肉体的か。きっと前者の方だろう。天城は冷ややかな笑みを浮かべ、動かない氷解を前にして自分の勝利を噛み締めた。くくっ、と喉から微かな笑いが零れる。

「……ほら、見なよ。結局そうして口では大きなことを言ってたって、結局は及第点であるボクに負けてるじゃないか」

 息をつき、天城は酷な評価を零区に与えた。
 黒のコートと銀の長髪を翻し、敗者となった男を後にする。

「さよなら、侵島れい————むぐっ」

 だが、天城は別れの言葉を紡ぐことが出来なかった。
 なぜなら……

「ッ、これは……」

 一本の赤いリボンが、口元に絡みついたからだ。天城は次に来るであろう攻撃を察し、リボンが伸びた先へと振り返った。リボンは血のように赤く、そして長く。
 ……まるで、さっきの『ブラッディ・ガール』が天城との別れかを惜しむかのように。
 リボンは、氷漬けになった零区の足元から伸びていた。

「こンの……カピバラがァッ!」

 リボンを振り切ると同時に、大きく左足を零区へと踏み込む!
 小さく唇を動かし『コード』の数式を脳内で構築する。すると天城の両手には凍りで出来たクナイが現れる。
 天城はクナイの刃先を零区に向け、姿勢を低くし、冷たき刃を放った!

「死ね——この偽善者ッ!!」

 悪意と友に放たれた氷の区内。クナイは勢いも切っ先も、人間を殺すのに十分過ぎる殺傷力を持っている。クナイは天城の手により、物凄いスピードで零区へと。
 しかし零区は動かない、いや、男の死体は動けない!
 やがて獲物へと到達したクナイは、一瞬で氷付けの死体を粉々に——

「冷たいのぅ、天城西院」

 ——静かな書斎の中で、零区の淡々とした言葉が、天城の耳に届いた。

「お主の及第点は、取り消せそうにないのぉ」
「なッ……!?」

 驚愕した天城は、閉口した。
 天城の中性的な顔立ちが、恐怖で歪むのに誰が気付いただろうか。自分の喉の奥から掠れた息が出てくるのに気付き、同様に焦りにも気付く。
 普段の天城なら敵の言葉になんて構わず、攻撃の手を休めないのだが。

(目の前が、赤色に……ッ)

 ————視界が、赤に塗りつぶされる。
 我に返った天城は、自分が攻撃したのではなく、“されていた”ことをようやく理解した。
 その奇妙な世界を目の当たりにし、荒い息をつく。背中に何か冷たいものが流れ、肌があわ立つのを感じる。天城が恐怖をふつふつと知っていく最中にも、彼の視界は紅一色で彩られていく。

(やっぱり……)
「気味、悪い……ッ……!」

 天城の搾り出すような声は、眼前の紅に包まれた。