ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■07—誕生日プレゼント ( No.15 )
日時: 2011/01/19 22:56
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: zi/NirI0)
参照: ねるねるねるね! ねるねるねるね! ねるねるねるね!

 帝見成果は7年前に、『マザー』研究班主任として、また帝見会社社長として、この実験都市から消えた。
 実験中の、最中に。『マザー』についての実験中に、何か原因不明のエラーが発生したらしい。それに成果は巻き込まれたのだ。後にこの事故は、誰かの故意によるものとして警察に捜査されるわけになるのだが————7年を経た今でも、その真実は誰にも分かっていない。
 ……勿論、娘である杏子にも。



 ■07—誕生日プレゼント



 解明聡は、7年前までは『マザー』研究班副主任だった。だが今では副ではなく、主任として働いている。理由は明確だ。何しろ、主任である帝見成果はもう亡くなっているのだから。
 博識で頭の回転が速く、同じ研究班の皆から慕われていた成果。解明は、自分が今主任の立場にいるという事実を感じる度に、常に彼の面影を思い出していた。違う、思い出していたのではない、思い出してしまうのだ。
 杏子の3歳の誕生日の、1日前の話。その日に、成果は研究班……自分達と共に、『コード』に関わる重大な実験をしたらしい。らしい、というのは解明はその日は非番だったからだ。だから、成果が死んだことも、実験が失敗に終わったことも。解明は次の日の————杏子の誕生日を祝おうと、『マザー』に向った先で聞いた。


 (…………杏子は、結局泣かなかったわね)


 解明は彼と共に居た自分を振り返りながら、杏子についても考える。杏子は成果と紫宵散罪の娘の間に出来た子だ。解明はまだ独身な為か(解明自身はとても魅力的なのだが)、自分の周囲にいる幼い杏子を、まるで自分の子のように感じていた。それは成果がいない今でも変わらない。
 杏子には成果がいないということに加算して、母親であった紫宵散罪の娘もいない。母親は杏子を生んで、何か病気を患ってしまい亡くなった、ということだけは聞いている。それ以上のことは、成果は話そうとはしなかったのだ。


 (結局、杏子への誕生日プレゼントを渡せないまま、アンタは逝っちゃったのよね成果)


 皮肉めいた言葉を、天の上にいるであろう成果に投げかける。解明はどっちかというとオカルトや宗教的なことはあまり信じていないが、何となく、彼の娘を前にしていると、何だって信じられる気持ちになる。不思議ね、と杏子の苦しげな顔を見た。


 「……杏子」
 「な、なぁに、あきら?」


 戸惑う瞳の少女に、穏やかな顔をみせて。解明は、彼女が幸せに過ごせる誕生日を、提案する。少女の瞳の奥底に、彼の父親を感じつつ。


 「今年の誕生日は、日吉と一緒に3人で、ケーキ食べにいこうか。ちゃんと、3人で」


 自分の経営するアパートに住む、とある青年のことを考えて、解明はくすりと笑みを洩らす。ああ、彼も一緒ならば、今年の誕生日はより楽しいものかもしれない。杏子もつられるように、暗い表情を明るくしてゆく。俯きがちだった視線は、すっかり解明へと縫いとめられていた。


 「うん! いっしょに、ね!」


 
 ——————だけど、運命はそう甘くない。
 

 「解明主任」


 ノックもせずに、副主任である緑崎鷹臣(みどりざきたかおみ)が、部屋に入ってきた。普段ならば温和そうに笑んでいる顔には、今は焦ったような、困ったような苦しげな色が見える。解明はすぐに仕事へとスイッチを切り替えると、緊張感を保った声色で問うた。


 「何かしら、緑崎? 私は今休み中————」
 「————主任、すみません。お客様です」


 主任に会いたい、と。苛々とした様子の解明に申し訳なさそうに、緑崎はそう告げて頭を下げた。仕事に忠実、解明に忠実という2つの長所を持つ彼が、解明の休み時間中に部屋に入ってくるほどだということだ。解明は怒鳴りたい気持ちを抑えて、軽い舌打ちをする。仕事の話は、杏子の前ではしたくない、といった風体だ。
 とにかく、解明は声を荒げて緑崎に言った。


 「誰なの、私に会いたい人って」
 「そ、それがですね……」


 言うのを躊躇っているのか、緑崎はもごもごと口内で言葉を弄んでいる。早くしなさい、と一喝したいのをこらえて(杏子がいるから)解明はさっきよりも強い口調で緑崎の先を促した。
 ようやく緑崎は決心がついたのか、視線を宙へと泳がしながらも言葉を紡ぐ。


 「…………あの、えっと、」
 「何、簡単なことよ」


 第三者の声。声を合図にして、杏子と解明そして緑崎の3人はばっと扉を振り返った。2人の話についていけず、目を白黒させていた杏子でさえも、突然の介入者に驚いて声を出ていないようで。解明はぎりりと憎しみたっぷりの視線を第三者に向け、緑崎は「ああだから待っていて欲しいとアレだけ……」とおろおろと行き場の無い両手を動かしている。
 形はどうであれ、とにかく3人は突如現れた訪問者に対して驚いたのだ。


 「『希望のヴィーナス』の在り処について、なんやけどのう?」


 しかしカピバラは、そんな3人の様子など気にも留めていなかった。