ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- ■09—物語は、加速してゆく ( No.20 )
- 日時: 2011/01/23 01:11
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: zi/NirI0)
- 参照: ねるねるねるね! ねるねるねるね! ねるねるねるね!
「……私はどうやら、選択を見誤ったようね」
解明は、誰に言うでもなく呟いた。ソファーに深く腰掛けて、両手は膝の辺りでぎゅっとかたく重ねられている。周囲から解明の表情は窺えないが、声色から、同様しているのがわかった。日吉は頭を垂れたままの解明をただぼんやりと見つめている。こんな彼女を見るのは、初めてなのだろうか。
「日吉や杏子には、こういうことを話したくなかったのに……」
唇から零れていくのは、隣に座る青年と、今どこかで遊んでいるだろう少女への懺悔に似た何か。彼女の姿はあまりにも弱弱しい。日吉は視線を解明から外すと、ズボンのポケットに手を入れた。中には携帯。つるつるとした表面を撫で、日吉はふうと息をついた。
「……俺もだよ、解明さん」
■09—物語は、加速してゆく
50畳程の部屋の中には、一つのガラステーブルを挟んで、いかにも高級そうな革製の赤いソファーが2つ置かれている。壁際には本棚が所狭しに並べられ、中には悪趣味な漫画からマニアックな知識しか詰め込まれていない専門書まで、隙間が無いほど入れられている。これは、解明聡と帝見杏子がティータイムを行っていたときとは、何ら変わりはみえない。
しかし、部屋の中にいる人物が変わったことにより、雰囲気は緊迫したものへと変わっていた。解明聡と最残日吉は、今テーブルの向こう側に、カビパラとりー子、遊も前にしていた。
「早速だけど」
さっきの失態を振り切るように、解明が視線を鋭くして、カビパラに向き直る。カビパラはソファーの上でおとなしく座っており、両サイドの少女2人も解明の話に本腰を入れたようだ。
「『希望のヴィーナス』は実在するわ」
————解明が言い放った一言から、話は始まった。微かに、日吉が口元を引き締める。視線は空中をうろうろと彷徨っていて、表情は落ち着いているのに、どこか焦っているようだ。りー子は名も知らない青年が、何でそんなに焦っているのか気になった。
が、りー子は先に、別の疑問を解決しておくことにした。
「……あの、それなんスけど、お姉さん」
「解明で良いわ。で、何かしらお嬢さん?」
妖艶に笑まれた(本人はそういう気はないだろうが)せいで、何となく言葉につまる。少女はりー子で良いっスよと小さく笑うと、1つの疑問を口にした。
「あのっスね、えーっと……『希望のヴィーナス』って、具体的にどんなものなんスか? 何が出来るんスか?」
「分からないわ」
りー子の質問が一刀両断された。うぐっ、とセミロングの髪を盛大に揺らして、りー子は仰け反った。あっさり言いすぎだとでも思ったらしく、話すのに少し戸惑っている。
対して解明は、自分の答えを正々堂々言い放つと、さらに言葉を続けた。カピバラに向かって、だったのだが。最早りー子に興味はないようである。
「貴方が欲しいと思っているものはあるわ、ちゃんと。でも、それを渡すことは出来ない。なぜなら、『希望のヴィーナス』は帝見成果が『マザー』に厳重保管をして、私たちでも取り出せない状況にあるから」
遊がゲームボタンを連打する手を休めた。きっと顔をあげ、解明の話に「はぁ?」と不愉快そうに眉をしかめる。折角ここまで来てそれとか何それ訳わかんないんだけど、と解明への悪口を口内で弄んでいる。
負のオーラを流し始める遊。師匠であるカピバラは、彼女をまぁまぁとたしなめ、小さな鼻をひくつかせた。
「……厳重保管、とな? どういうことかの」
「パスワードよ」
「ぱすわーど?」
「そう、パスワード」
解明は頷くと、手元にあった書類の裏にボールペンで何かを書き始める。横にいる日吉がそれを覗き込み、またそれかというように苦い顔をした。書き終わると、解明はその書類を体躯の小さなカビパラに見えるようにと、テーブルの上のカップを避けて広げた。カビパラ、りー子、遊の3人は、つられたように書類を覗き込む。
「何スか、このアルファベット?」
解明が書き込んだ紙面には、縦に3つのアルファベットが書かれてあった。一番上から、大文字のH、A、L。それらの横には空欄が、4つ、3つ、3つずつ並んでいる。確かに、誰が見てもりー子のような反応をせざるを得ないだろう。
「この、合わせて8個の空欄の中にどれかアルファベットを入れるシステムになってるのよ。しかも、全部きっちり当てはまらなきゃ『マザー』は少しもセキュリティを緩めちゃくれないの」
「……『マザー』は、『希望のヴィーナス』について理解しておるのか? 中身や、効能について……まぁ、機械やから何とも言えんがの」
「自分の中にあるものについては、理解はしてるわ。だけど————」
————何も話さねーよ、『マザー』は。だって、『マザー』は成果の友人だったから。
そこで、ようやく日吉は2人の話に介入してきた。日吉はソファーの手すりに頬杖をついた姿勢のまま、自身の友人である『彼女』について語り始める。
「アイツは成果と仲良かったからな、俺と一緒で。昔、紫宵なんたらが『コード』を生まれたばかりの『マザー』に入れてこき使ってた頃、唯一優しくしてたのが成果だから」
後は、成果に拾われるまでずっと独りだった俺と、俺の母親代わりの解明さん、娘である杏子だと思うけど————しばらく『マザー』について口を動かしていたが、やがて(……まー解明さんは、昔かなりツンツンしてたけどね)と考えて口を閉じた。当の解明は日吉が言葉を止めたことに疑問符を浮かべている。
カピバラは日吉の顔を眺めて、ふむと小さな手を口元に寄せた。
「つまり、『マザー』は『希望のヴィーナス』の中身や作用を知っていると同時に体内に隠し持っているという訳か。また、『マザー』はそれを守るために厳重なセキュリティをしている、と」
「まぁ、こっちの持っている情報はそのぐらいね」
要点を綺麗にまとめたカピバラに、解明が簡単に返事をする。カピバラは満足げに鼻を鳴らすと、ぽてっと四肢をソファーへと投げ出した。楽な格好になったようだ。カピバラは口角を吊り上げると、解明に視線を寄越した。
「……じゃあ、今度は俺らの話を聞いてもらおうかのぉ」
隣に座っているりー子と遊の表情が、真摯なものへと変わる。解明は気分を入れ替えて表情を固くした。日吉はいまだに、目の前のカピバラや解明が話している内容について、現実味を感じられずにいた。
そう、カビパラがとある一言を告げるまでは。
「ここ————『マザー』が、3日後に何者かに襲撃されるという話なんじゃがのう」
この一言から、物語は緩やかに速さを増して行く。