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■10—日吉的メランコリー ( No.26 )
日時: 2011/01/23 16:17
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: zi/NirI0)
参照: ねるねるねるね! ねるねるねるね! ねるねるねるね!

 午後8時。『マザー』正面にて。
 辺りは薄暗く、空には濃紺のカーテンが引かれている。どうやら地上は新月のようだ。実験都市の空も地上に反映されて、今日は月が見えない。
 『マザー』のロビーから漏れる光に照らされながら、日吉は物思いに耽っていた。昔の……自分が成果に、初めて息子だと言われたときのことだ。


 『日吉、君は今日から僕の息子だよ』
 『むすこ? ぼく、せいかのむすこじゃないのに?』
 『それでも君は息子なんだよ。……親子になるのに、血のつながりなんて関係ないんだよ、日吉』


 ふぅん、と。当時はただ理解できず頷いていたけれど。今の日吉なら、彼の手を素直に掴むことが出来るだろうか。日吉はそこで、彼の娘の顔を思い浮かべた。無邪気に笑う杏子のように、成果と親子になれるのだろうかと。


 (……そんなの、無理だ)


 青年は自分で答えを出すと、夜の空を見上げた。もう、アイツははいないのに、と唇を小さく歪める。
 日吉は生温い空気を全身で感じながら、ひたすらに床をモップで拭く。数時間前に聞いたカピバラの話も、一緒に拭うかのように。



 ■10—日吉的メランコリー



 「……あの、襲撃されるって話以前に聞かせてもらって良いスか?」


 ————数時間前。客室の中で。
 カピバラの声を遮って、日吉は軽く手を挙げた。自分の質問が質問して良いのか、カピバラに求めているようだ。どうぞ、と隣に居るりー子が反応したので、日吉は軽く礼を述べた。
 初めて会ったカピバラは、侵島零区(おかしじまれいく)と名乗った。カピバラが何で喋ってんだよオイ、てか名前あんのかオイと思ったが、日吉が真っ先に聞いたのは、


 「何で、俺を呼んだんスか?」


 という、特に何でもないようなことだった。だが、日吉には何故自分が呼ばれたのかが理解出来なかったらしく、怪訝そうな顔つき。カピバラはもふもふと体を揺らしながら、簡潔に理由を述べた。


 「君は、『希望のヴィーナス』の中身に深く関わっとるんじゃないかと思ってのぉ」
 「……関わる、ねぇ……何でっスか?」
 「君が清掃員だからやよ」


 テーブルに置いてある紅茶の匂いを楽しもうと、ひふひふとカピバラの小さな鼻を動かされる。関西弁なのか爺言葉なの微妙なところだが、妙にねちっこい話し方をするカピバラには、紅茶を嗜むという常識を持っているようだ。安物じゃの、と小さく笑った。その笑いに反応した解明が額に青筋を浮かべたことは言うまでもないが。


 「この『マザー』はただでさえ、地上の人間、『希望のヴィーナス』を狙う人々、紫宵散罪の技術を盗もうとする人々……数えたらキリが無いほどに、多数の人間から狙われておる」
 「……知ってるよ」


 痛い程に、な。そう、自分への嘲りを洩らす。視線が横に逸れ、横顔には困ったような呆れたような色が現れていた。今はカッターシャツに青いシャツ、スラックスといういかにも学生というような出で立ちの彼だが、『マザー』清掃員としての貫禄が滲み出ている(ように思える)。


 「俺はただの身内だからだよ、多分。金稼ぐのにもってこいの場所だからなココ。……後、『マザー』に会えるし」
 「そんな簡単に、ここの清掃を任せられる訳ないじゃろうが最残日吉」


 カピバラは、今までとは違う声色で彼の言葉を叱咤した。日吉が質問したぐらいから、またゲームに熱中していた遊でさえも、カピバラの空気の変化を察知したようだ。冷たい視線が2人に向けられている。


 「ここにいる者は分からんけどのう、ここは相当厄介なところなんや。金を稼ぐ? 何を言っとる、そんな適当な考えで、人並みの感情と思考を持つ『マザー』が簡単に股を開く訳なかろうが羨ましい」
 「……師匠、頼むから真面目な話の時はネタは控えてくださいっス本当。お姉さんの視線がさっきからこっちに向ってきて痛いのなんのっス……!」


 りー子が殴りたい衝動を抑えつつ、ぎろりと隣にいる師匠(であるはずのカビパラ)に目をむく。カピバラはりー子の睨みに臆することなく、平然と話を続けた。……さっきまでの生温さなど、全てを捨てた温度を保って。


 「良い加減に俺の言いたいことが分かれ、最残日吉。お前には分かっているんだろうが、俺がお前の何を求めているのか、お前が隠しているのは何か。……俺らはお前等の敵じゃねぇってことも分かってるだろうが?」
 「何、言ってんのか分からねーっスねオニテンジクネズミ様……」
 「和名で呼ぶな最残日吉」


 自分のことを和名で呼んだのが気に入らなかったせいか、カピバラはぎっと細い目を吊りあがらせた。あまりにも厳しい視線に、日吉はぐっと押し黙る。解明は険悪なムードの2人の間に入るか否か迷っているようで、心配そうに日吉の横顔を見ていた。


 「……良いか、これだけはゆうておくぞ?」


 それは、絶対に起こるべき出来事だ。カピバラは先にそう告げると、解明と日吉の2人に向かって自分の持てる限りの情報を吐いた。


 「3日後に何者かが————きっと『希望のヴィーナス』を強制的に奪おうとする何らかのチームが、ここを襲撃する。これは変えられず、曲げられない絶対的な事実じゃ。予言とでも言ってくれれば良い。……俺たちは、帝見成果に貸しがあるんでのぅ」
 「貸し? 何のっスか師匠?」


 りー子は知らなかったようで、カピバラに顔を向ける。カピバラは自分の弟子に何も言わず、自分の言うべきことだけを淡々と述べていく。


 「だから、俺達はそのチームから『希望のヴィーナス』を守りに……いや、『マザー』本体から渡してもらいにきたんや。だが、ここの絶対的な権力を持っている目の前のお嬢さんは、それを知らないときてる」


 だからだよ、最残日吉————カピバラは、何度も彼の名を繰り返す。まるで、お前の隠している事実を話せとでも攻め立てるかのように。日吉は答えない。ただただ、辛そうな、迷っているような表情で、言葉を聞き流す。


 「じゃから、俺らはここに問いに来た。正しくは最残日吉、お前にのぅ。俺らの目的は『希望のヴィーナス』の受け渡し、またパスワードの解除」


 そして、話が終わりが見えてきた頃に、カピバラは愉快気に笑った。今までの笑いを全てまとめたような、最後の笑みを。カピバラは少女2人と客室から出るときに、言葉と問いを同時に日吉へと投げつけた。


 「なぁ、お前は何を知ってるんだよ? 最残日吉」

■10—日吉的メランコリー ( No.27 )
日時: 2011/01/23 16:15
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: zi/NirI0)
参照: ねるねるねるね! ねるねるねるね! ねるねるねるね!

 (…………言える訳ねぇだろが、あのカピバラ野郎)


 目の前に相対すべき者が居なくなった今、日吉は心中でそう罵る。暗い夜道の中、青年は唇を噛み締めて、自分を拾ってくれた成果について考える。優しそうな成果、苦笑いをする成果、泣きそうな成果。……杏子が生まれる前から、ずっと一緒に居た彼は、少なくとも日吉にとっては素敵な人物だ。
 ……なのに、杏子の誕生日である3日後に、彼が作った“例のもの”のせいで『マザー』の襲撃にまで発展するなんて……!
 

 「……なぁ成果、お前は何てタイミングで消えちまったんだよ……」


 青年は、呆然とした様子で彼を責めた。
 もうこの世にいないはずの、彼を。