ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- ■12—『マザー』襲撃・舞台A ( No.49 )
- 日時: 2011/03/29 14:27
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
- 参照: ねるねるねるね! ねるねるねるね! ねるねるねるね!
————同刻、『マザー』内東エリア4階にて。
ルージュをひいた唇が歪曲する。白衣を着た女が立っているのは『マザー』内東エリア4階表廊下だ。『マザー』自体が巨大なせいか、それを保有している帝見会社の敷地はさらに広い。会社ではこの敷地を東西南北に分け、『マザー』本体がある場所を中央と定めている。
女が立ち尽くしているのは東エリアの中でもほとんど人気のない4階廊下だ。女以外には誰もおらず、冷えた空気が辺りを占めていた。だがひんやりとした雰囲気とは反対に、女————解明聡(かいめいあきら)の表情は酷く焦っているようだった。
「来たの……?」
金属質の廊下は解明の呟きを跳ね返す。自分以外の姿が見当たらないことを確認して、解明は天井を見上げた。視線の先には、赤く点滅し派手な音を繰り返すブザー。ブザーからは、耳が痛くなるような音と共に、解明にとってよく知る人物の声が流れていた。
『緊急、緊急、侵入者発見、マザー施設内に侵入者です』
『マザー』の言っていることを何度も脳内で反芻すると、解明は走り出した。
……彼女の上司が残した、1人娘を守るために。
■12—『マザー』襲撃・舞台A
少女がいたのは、前にカピバラを招いた客室の隣にある広い実験場だった。
実験場といっても、機械らしい機械は何もない。グラウンド半分ほどの広さの金属の床を取り囲み、これまた金属で出来た高い壁。それに色とりどりの何本ものコードや細かな装置が這い、取り付けてあるだけだ。温かみなんて欠片も感じられない。
中心にボブヘアーの少女は座り込んでいた。少女がいるこの実験場は、昔少女の父親が亡くなった場所である。少女にとっては、ここは彼の墓とも考えられるだろう。少女は父親のことを思い出して何か考えているのか、先程からずっと鳴り響いているブザー音に、反応すらしていなかった。
そこへ、1つの足音が。
「杏子ッ!」
「わぁう!! ……な、なんだ……あきらだよぅ……」
ポニーテールに長身、いつもの白衣。自分の友人、解明聡だった。杏子は足音の主が分かるとほっと胸を撫で下ろす。しかしその安堵も束の間、すぐにブザー音に気付いて、解明に質問を浴びせかけた。
「えぇ!? 何この音、すごくうるさいよっ? てか何であきらがここにっ? 何で『マザー』はきんきゅうって言ってるのっ」
「説明は後よ、良いから早く、安全なところへ行くわよ!」
解明の切羽詰った様子にただならぬ何かを感じたようだ。それ以上は何も問わず杏子はこくこくと頷くと、解明の手を握った。そして立ち上がった瞬間、走り出す! しかし、解明と杏子の歩幅は大人と子どもなので、やはり差というものがある。解明はどうしても自分より後ろを走ることになる杏子を見て、歯がゆい思いでいっぱいになった。
(このままじゃ、後ろから襲われたら杏子が……!)そう考えた解明は、杏子に告げる。
「杏子、先に『マザー』中央にある本体の中にいなさい。……あの中なら、セキュリティは万全で安全だから」
「そんな、……あきらはっ、あきらはどうするのっ!?」
あまりにも甘い甘い少女の声。杏子の心配気な声に、一瞬だけ解明の決意が揺らぎそうになったが————解明は苦い苦い現実を打破するために、ただ笑う。
「……絶対、後で行くから大丈夫よ。さぁ、早く」
杏子が落ち着けるように、解明は目を細めて笑う。「う、うん……わかった」泣きそうな顔で返答する杏子。少女は立ち上がり、実験場の出口へと向かっていく。時折、杏子は困ったように、ちらちらとこちらを振り返っている。が、やがて小さな足音を響かせて実験場から出て行った。
その姿を見送り、ふぅ……と解明は息をついた。安心したからだ。しかしまた、冷えた空気を体内に取り入れる。そして一旦、自分の頭の中にある甘さを二酸化炭素と共に吐き出した。一連の行動を行うと、解明はあのカピバラに見せたような、冷酷で残忍な薄い笑みを浮かべて、“実験場の入り口”に向かって叫んだ。
「来なさいよ、侵入者っ! ……あの子はもう、いないわよ?」
無音。静寂が保たれた中で、解明は歌うように、だが憎憎しげに言い放つ。
「それとも、こう言った方が良いかしら?」
入り口から、怪しく笑いつつ出てきた——————
「緑崎鷹臣ッ!!」
——————部下であったはずの、男を見つめて。